開戦
クルパーカーという都市は、主に大きな都市が東西南北に四つ点在している。
今、フレス達がいる護衛軍本部は南地区。クルパーカーで最も人口が多い。
したがって南地区はどうしても死守せねばならない。
そのためにイレイズは大胆にも東地区全てをおとりに使ったのだ。
東地区に住まう者は、一人残らず北、西地区へと移動させ、いざという時に備えるように指示していた。
そもそもクルパーカーは面積の割に住まう人間は少ない。
民族自体が少ないということもあるが、問題はそれだけではない。
住民の流出が大きな問題となっていたのだ。
あるものはヴェクトルビアやマリアステルのような大都市に憧れ、あるものは『不完全』に対する恐怖により、クルパーカーから転居する者は例年後を絶たない。
幸か不幸か他地区の人間を受け入れることは十分に可能だったのだ。
「元々住民の少ない東地区を攻撃されても、我々の被害は最小限に済みます。また、この作戦には情報戦と言う観点で見れば、非常に有利になるのです。何せ本来、北、東、西からの三方向を監視しなければならなかったところを、二つまで絞り込むことが出来るのですから。人員をより多く投入できることから、個々の守備も強化できます。空に上がる煙を見れば、敵がどの方向から攻めてくるかも、すぐに判ることが出来ます。これは増援を送るうえで非常に有利です」
「全て同時に攻めてきた場合はどうするんだ?」
「その可能性はなくはありません。しかし、限りなくゼロでしょう。何故なら『不完全』が我が国を全制圧するためには人員が不足し過ぎています。彼らは個人個人としてみれば非常に脅威ですが、数で勝負すればこちらに分がありますら。攻めてくるとしても、ここ南地区は最後になるでしょう」
バルバードの指摘は、概ね当たっていた。
贋作士集団『不完全』は、少数精鋭のグループである。
クルパーカーという都市は非常に広大だ。
それら全てを同時に攻撃することは困難に違いないのだ。
「敵は神獣を使ってくるよ? ボク達は本来の力が使えないし、たぶん奴らは『龍殺し』を使ってくる。兵力は大丈夫なの?」
フレスの心配事は魔獣――『龍殺し』。
王都ヴェクトルビアで、その厄介さを嫌と言うほど味わった。
ウェイルの根性、アレスの意地。そしてフロリアの起点がなければ、フレスは死んでいたかもしれない。
『龍殺し』の存在は、すでにサラーに話してある。
もっともサラー自身も『龍殺し』に殺されかけたばかりだ。
「……確かに魔獣は脅威です。ですが我が軍にも神獣使いはおりますから。兵力に問題はありません」
バルバードが胸を叩き、自信を持って言う。
「我々の情報によれば、『不完全』の連中は、北、西地区にすでに潜入している模様です。奴らが攻撃に出た瞬間、我々も仕掛けます」
『不完全』の数はおよそ三十。
それに対しクルパーカー護衛軍の数は、なんと八千。
「ここ南地区には四千。残りの二つに二千ずつ兵士を配置しております。かたや相手は数十。魔獣を含めても、武力は兵士数に換算してもおよそ一千人分程度と見込まれております。兵力には問題はありません」
圧倒的な数の差である。
バルバードは馬鹿な男じゃない。如何に勢力で上回っているとはいえ、油断はない。
だからこそ兵士数一千人分の武力と読んでいる相手に、その倍以上の勢力で構えているのだ。
だがしかし、こちらが有利と言う認識は、少なからず覚えているのも事実である。
本人は自覚していないかもしれないが、『問題ない』という台詞が出てくる時点で、警戒する気持ちが多少薄れていると判る。
そのことを台詞や表情から読み取ったサラーとフレスは、互いに顔を見合わせていた。
「サラー、どう思う……?」
「……問題ないわけないだろう……」
「だよね。ボク達は本来の力を出せないし……。急いでウェイル達と合流しないと……!!」
「バルバードめ……。数なんて意味を為さないということに気付かないとは……」
「ボク、嫌な予感がするんだけど……」
「珍しく同感だ」
不可解な不安を拭い去ることは出来そうになかった。
二人がコソコソ言い合っていた時、突如部屋の扉が開いた。
「何事だ!?」
「報告いたします!! 北地区、西地区の方角から煙が上がっております! 至急、増援に向かいましょう!!」
慌ただしく入ってきた男が叫ぶ。
「ついに動き始めたか……!! いいか!! 奴らは必ず北、西区で止めるぞ!! 全軍!! 住民を守れる最低限の兵力、およそ二千を南地区に残し、残りは一千毎北、西へと向かえ!!」
バルバードの号令が下され、すぐさま増援が派遣されていった。
各千人を派遣すれば、兵力はそれぞれ三千。
『不完全』は両方向から攻めてきている。勢力を丁度半分に分けているとすれば、各武力としては五百前後。
圧倒的人数差で押しきれる。
当初の作戦通りの展開になっている。
「この戦、必ず勝利できる!!」
兵の士気高揚のためのバルバードの号令。
兵士の数や武力の計算。
バルバードの計算は非常に正確であった。
実は『不完全』の武力。
魔獣、神器、全て用いても、人数換算で、バルバードの予想通り千人程度の力しか持ってはいなかった。
――ただ一人の例外を除いて。
『数なんて意味を為さないということに気付かないとは……』
サラーの言った意味。
それは間もなく、バルバードは痛感することになる。
部族都市クルパーカーの歴史上最大の戦争が、ついに始まった。