ダイヤモンドヘッド
「イング様。全ての準備が終わりました」
そう跪いたのはフロリアだった。
そして彼女の前に立っていたのは、今回の首謀者である、この男――イング。
「そうかい。それじゃあ行こうか。早くダイヤモンドヘッドが欲しいんだ♪」
イングは、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供の用に、柔和な笑みを携えていた。
「予定では治安局、プロ鑑定士協会どちらも足止めをするつもりでしたが……、思ったよりプロ鑑定士協会の手が早く、禁止措置の解除が早まってしまいました。したがってそちらの方の足止めには失敗してしまった模様です」
「そうなの? でも大丈夫そうだね。厄介な治安局とイレイズの足止めがメインで、鑑定士の方はおまけだったんでしょ?」
「その通りです。治安局の介入がない以上、武力的な観点では全くの支障はありません。イレイズもいないのでサラマンドラも脅威ではありません」
「クルパーカーへの仕掛けも完璧?」
「無論です」
フロリアの返事に、イングは満足そうに頷いた。
「なら準備万全だね。フロリア、皆の指示をお願い」
「承知いたしました。イング様はいかがなされますか?」
「ん? ああ、後から行くよ。先に行ってて」
「はい」
報告を終えたフロリアが闇へと消える。
(もし治安局が出てきても、こっちには切り札があるからね♪)
イングはクスクスと小笑いをして、闇へと視線を送り、そして語りかけた。
「さぁ、行こう?」
「…………ん…………」
現れたのは一人の少女。
紫色をしたボサボサの髪を、指でクルクルいじっている。
その瞳色は深い紫色で、そして虚ろであった。
「…………いく…………」
――●○●○●○――
「これは一体どういうことだ!?」
一足早くクルパーカーへ入ったサラー達だが、そこで聞かされた現状に唖然としていた。
「東地区が制圧されただと!?」
「……はい。『不完全』の連中が急に攻めてきまして……。我々が対応する前には、もうすでに……」
サラーが怒鳴っている相手とは、クルパーカー王家直属護衛軍隊長、バルバードである。
イレイズとレイリゴアのクルパーカー奪還作戦の中核を担っていた人物だ。
大柄で肌は黒く、額に切り傷のある威厳ある男であり、イレイズからの信頼も厚い。
だがそのバルバードが、今はサラーに頭を下げていた。
「すまない……サラー殿。我々の力不足が原因です。……しかし――」
「そんなことは判っている!」
「しかしサラー殿! これは――」
「……くそっ!! 次はどこを攻めるつもりなんだ……!!」
「ちょっと、サラー!! 落ち着いてよ!!」
怒りの形相に顔を染めるサラーを、なんとかフレスが宥めた。
「今怒る暇なんてないよ!!」
サラーの怒りを理解できないわけではないが、今は怒っても仕方ない。
「…………くっ!!」
サラーにもそれは判っていたのだろう。震える拳を握りしめ、必死に耐えていた。
「バルバードさん。今現状はどうなってるの?」
そんなサラーの代わりに、フレスが尋ねる。
「フレスさんはクルパーカーについてはあまり詳しくないでしょう? まずは我々が狙われる理由から説明いたします」
そしてバルバードは語り始めた。
――●○●○●○――
――部族都市クルパーカー。
そこの住民の八割以上はダイヤモンド族と呼ばれる民族の末裔である。
ダイヤモンド族は体の成分構造の一つである炭素が、他の人種に比べ、非常に濃い。
日常生活には全く支障のない、いわば生存中にはどの民族とも変わらない特徴であるが、問題は死んだときに発生する。
アレクアテナ大陸では人が死んだ際、土葬か火葬のどちらかを選択するのが一般的である。
このクルパーカー地方では火葬が好まれ、死者を送ってきた。
体の炭素成分が濃いダイヤモンド族の人間は、仮想の際、体を高温で熱することにより、その遺骨は結晶化、ダイヤモンド状になるのだ。
ダイヤモンド状になった頭蓋骨はダイヤモンドヘッドと呼ばれ、ダイヤモンド族はこれを先祖代々大切に祀り、大切に保管してきた。
しかし、ダイヤモンドヘッドは美しすぎた。
時の権力者や富裕層は、こぞってダイヤモンドヘッドを求めるようになったのだ。
人権上の問題や、ダイヤモンドヘッドの制作過程に危険性を感じたプロ鑑定士協会は、ダイヤモンドヘッドを売買禁止違法品として登録する。
しかし、違法品登録により、ダイヤモンドヘッドの希少性は上昇、さすれば当然積極的にダイヤモンドヘッドを狙ってくるものが現れる。
それが『不完全』だったのだ。
『不完全』は一度クルパーカーにダイヤモンドヘッドを売り渡すよう要求してきたことがある。
裏相場よりも高い値段だったが、ダイヤモンドヘッドは一族にとって誇りの象徴なのだ。
当然、彼らはそんな話を一蹴する。
そのこと対し『不完全』は、意外に冷静に引き下がった。
――しかし、それは交渉することを諦めたに過ぎない。
交渉が出来ないと判断した『不完全』は無理やり奪う方法をとったのだ。
『不完全』はクルパーカーに夜襲をかけ、見せしめにと町一つを崩壊させたのである。
強力な神器を操る『不完全』に、クルパーカーを守る護衛軍は、何も為す術なく敗れた。
それでもダイヤモンドヘッドを出し渋る彼らに、『不完全』はとある提案を行う。
それはクルパーカーの次期王位継承権一位であるイレイズは人質として『不完全』に向かえることであった。
「しかし、イレイズ様は現状を打破すべく、治安局総責任者のレイリゴアと密会を重ね、『不完全』撲滅作戦を練っていたのです。しかしイレイズ様は中々実行には移せなかった」
『不完全』への反逆。
失敗すれば民族が滅ぼされる。
王の重責から、イレイズは計画実行を渋っていた。
無理もない。誰だって自分の責任で他人の命を預かる行動は、慎重になるものだ。
そして、それは何の因果なのか、ウェイル達との接触によりイレイズを決心させるに至ったのだ。
「イレイズ様は、ついに決心なされ、『不完全』を裏切り、我々の計画を実行なさりました」
そしてイレイズの行動は『不完全』に通じてしまう。
これにより『不完全』は裏切り者のイレイズを始末するという大義名分を掲げ、動くことが出来るようになったのだ。
無論、これも『不完全』は当初の計画通りである。
これが、これから始まる戦争の理由である。
「――これが『不完全』が我々を狙う理由なのです」
「……うん。前にウェイルから聞いたことあるよ……」
――フレスはよく知っていた。
いつの時代でも、人間は己の欲する物は何をしてでも手に入れてきたと。
「イレイズ様が我々を守ってくれたのです。我々が無力なばかりに……」
「そうだ! 人間はいつだって弱いんだ!! ……イレイズだって弱いんだ。いつも苦しそうに、私に隠れて涙を流していたんだ……!! …………それでも私には笑顔でいてくれたんだ。だから私はイレイズの為なら何でもすると誓ったんだ!!」
俯き、苦虫を噛みしめた様な顔で、サラーが言葉をはさんだ。
「だから私は戦う。イレイズを救うために……!」
「我々もサラー殿と同じ気持ちです。いつまでも黙っていることは出来ません。イレイズ様が立てた計画、イレイズ様はいなくても、我々にはこれを完遂させる義務があります!! サラー殿。確かに東地区は制圧されました。しかし、悲観なされないで下さい。これもイレイズ様の計画範囲内なのです!!」
「――えっ……?」
バルバードの言葉に、サラーが思わず顔を上げる。
「東地区はおとりだったのですよ。ですから被害者も出ていません」
「そうなのか!?」
「はい。ですからご安心ください。イレイズ様の立てた計画は、こうなのです」
バルバードは部下に地図を広げさせると、説明を始めた。
余談ですが、実際に骨をダイヤモンドに変えて大切にするという風習はあると聞いたことがあります。