アムステリアの過去
屋上でのこと。
「アムステリア。詳しく話してくれないか?」
ウェイルが尋ねたのは、先程のルミナステリアとのやり取りのこと。
アムステリアにしては珍しく、少し躊躇っていたものの、少しずつ話を切り出してくれた。
「……私とルミナステリアは姉妹なのよ」
「ああ。今聞いたな」
思えば外見からしてそっくりな二人だった。
性格は多少差異があるものの、破天荒なところは瓜二つだ。
「私が姉で、奴が妹。私達姉妹は幼い頃に両親を亡くしたの。それで二人して路頭に迷っていた時、『不完全』に引き取られたの。『不完全』は私達にお金と寝床、食糧。そして居場所をくれたの。あの時のことは、脱退した今でも感謝しているわ。私達が野垂れ死なずに済んだにも『不完全』という組織のおかげ」
「……そうだったのか……」
ウェイルは今の話を聞いて、少し困惑していた。
『不完全』は悪だ。この大陸の経済を崩壊させかねない犯罪組織である。
そう心に刻んでいたのだ。
だが、目の前にいる彼女は、その憎むべき組織に命を救われている。
彼女自身、『不完全』に対する感情を、どうするべきか決めかねているようだ。
「私は彼らのやり方が気に食わなかったから脱退した。人の命を弄ぶようなことばかりしていたから。ルミナステリアだって嫌っていた。だからいつか二人で脱退しようって、決めていた」
アムステリアの表情が沈む。
「私達には、幼馴染がいたの」
突如話の内容がガラリと変わった。
ウェイルは少し不審に思ったが、そのまま無言を通すことにした。
「彼はリューリクって名前でね。とても可愛くて優しくて。私達が嫌な仕事で参ってる時も、いつも優しく励ましてくれて。私達二人が彼に惹かれるまで、そう時間は掛からなかったわ」
憂いた顔で遠い目をするアムステリアに、ウェイルは少し見惚れてしまう。
普段と違う表情だからか、いつものアムステリアらしさを感じなかったのだ。
「私達はどっちがリューリクの奥さんになるかいつも喧嘩していたの。でも決着はつかなかった。ううん。決着をつける意味が無くなっちゃったの」
アムステリアの表情が、再び沈んだ。彼女は絞り出すような声で語り続けた。
「リューリクは病で死んでしまったの。そこからかな。ルミナステリアが狂ってしまったのは」
空を見上げるアムステリアの顔に、水滴が落ちる
空は次第に暗くなり、雨がぽつぽつと降り始めた。
「彼女はね。死んだリューリクの死体を、墓地を掘り返して盗み出したのよ」
「…………っ!!」
アムステリアは淡々と語ってはいたが、その時彼女が味わった苦痛は想像すら出来ない。
彼女だって好きだった相手だ。そのリューリクという彼が死んだということだけでも辛い筈。
追い打ちを掛けるかのように妹が狂う。
彼女の心労はどれほどのものだっただろう。
「『不完全』にはたくさんのマニアがいてね。その中には死体収集愛好家もいるの。そいつは死体を操る神器を持っていて、ルミナステリアはそいつに縋った」
「リューリクを生き返らせてほしいってか……?」
「そうよ。そんなこと出来るはずもない。でもルミナステリアにはもうそれしかなかったの。それを信じるより他に生きる術がないほどに、ね。ウェイル、私の体の秘密、知ってるわよね?」
「……ああ。――心臓がないんだろ……?」
「ご明察。私には心臓がないの。ルミナステリアに盗まれたから」
「盗まれた……!?」
「そうよ。私の心臓はね……。もう判るでしょ?」
「……そのリューリクって奴の死体の中に、入っているのか……!?」
「ええ。私はルミナステリアに埋め込まれた神器の力で動いているだけ。本来ならとっくに死んでるわ。……もしかすると私自身、生きている死体ってことになるのかしらね」
あまりに重い皮肉。
本降りとなった雨がかき消すかのように、アムステリアは口を閉じた。
そんな彼女を――そっと抱きしめる。
ウェイルが彼女耳元で何やら囁いた。
それは雨音にかき消されたが、彼女にはしっかりと伝わったらしい。
雨に紛れて、一筋の涙が、彼女の頬を伝ったのだった。
――●○●○●○――
サグマールの元へ寄ると、彼はすでに戦闘の準備を終えていた。
「おお、ウェイル! 世界競売協会の方はどうだった?」
「重役全員が殺されていたよ……」
「……そうか」
予想はしていたこととはいえ、あまりに残酷な現実。
「……指はあったか?」
流石と言うべきか、サグマールもその危険性を認識していた。
「持ち去られたよ……。だが重要なことが判った」
「なんだ!?」
「敵は『不完全』過激派に間違いない。そうだな? アムステリア」
「間違いないわ。そして過激派を率いている黒幕、それは――イングよ」
「イングだと!?」
サグマールの目が丸くなる。
「知っているのか?」
「知っているも何も……。イングという名前は有名なんだ。コレクターの間ではな」
「何コレクターなんだ?」
「死体さ。死体収集愛好家。その道で知らぬものはいない。基本的に死体収集は違法品である場合が多くてな。プロ鑑定士協会でも監視の目を光らせていたのだ。だがそのイングが『不完全』だったとはな……」
「死体収集が趣味ってことはダイヤモンドヘッドを狙う理由になりえるか?」
「無論だ。死体、と言うよりは人体であれば愛好家の連中は何でも欲しがる。ダイヤモンドヘッドなど喉から手が出るほど欲しがるだろうよ」
「イングはコレクションの為なら何だってするとの噂よ。私も『不完全』にいた時見たことがあるけど、冷徹そうな目と柔和な言葉使いで気味が悪い男だった」
――イング。
実際に遭ったことはないが、頭の切れる男だとは思う。
何せこのマリアステルを混乱させ、その混乱に乗じて攻め入ろうと考える奴なのだ。
他にも何か仕掛けてくると思案するのが得策だ。
(……フレス達、大丈夫か……?)
思わず不安に駆られる。
「首謀者がイングだと判った以上、治安局に連絡を入れたのち指名手配させる。我々は急いでクルパーカーへと向かおう。汽車はすでに用意している。午後5時にここを出るぞ!!」
一度自室へ戻り、準備を整える。
「……これでいいか」
普段持ち歩く鑑定道具一式をバッグから出して、代わりに食料や武器を詰め込んだ。
その様子を見ていたアムステリアが、ボソリと気になることを呟き始めた。
「…………そういえば……」
「……? どうした? アムステリア」
「いや、依然イングを見た時のことなんだけど。イングは常に一人小さな少女を連れていたわ」
「……少女……?」
「……ええ。あまり詳しく見たわけではないけれどね。いつも無表情で、何考えているか全く掴めなかったわ。気味の悪い少女だった」
「……そうなのか……」
(……少女、か。……まさかな……)
ウェイル達は準備を整えた後、サグマール率いるプロ鑑定士達と共にクルパーカー行きの汽車へ乗り込んだのだった。