双子の妹 ルミナステリア
「…………ふふっ、流石お姉さま。すぐに私って判ったのね?」
ルミナステリアと呼ばれた女は、ご機嫌そうにアムステリアを見つめていた。
「当たり前でしょう? そんな趣味の悪い香水なんかつけて」
対するアムステリアの顔は険しい。
まるで喧嘩でもしてきたような、そんな顔。
「趣味が悪いなんて、お姉さまはアロマに疎いのね? これは一本四十万ハクロアは下らない、サクスィル産の最高級香水なのよ?」
「あいにく私は香水なんかには興味なくてね」
「そうなの? だからその歳で男の一つも出来ないのかしら?」
「男ならいるに決まっているじゃない? ねぇ? ウェイル?」
「…………え?」
突然話を振られたもんだから、言葉に詰まる。
大体、今の今まで臨戦態勢だったはずだ
まさかこんな世間話が行われるとは思ってもみなかった。
(世間話と言うより、これはどちらかというと――)
「そうなの? お姉さま。その男、キョトンとしてるけど。本当にお姉さまの男なの?」
「照れているだけよ! 全くあんたは昔から私をからかってばかりで……!!」
「……昔から……?」
「ああ、そうか。ウェイルは知らなかったわね。この憎たらしい女は私の妹で、ルミナステリアっていうの」
「そうなのよ~、よろしく♪」
軽くウィンクを飛ばしてくるルミナステリアと呼ばれた女。
「アムステリア、このルミナステリアって奴が、ここの連中を……」
「ええ、間違いないわ。彼らの死体からかすかにだけど、ルミナステリアの香水の匂いがしたから」
「あらあら。お姉さまってやっぱり鼻がいいのね。まるで犬みたい!」
「……殺すわよ? ルミナステリア」
「お生憎。こっちもその気だから♪」
ウェイルには感じ取れていた。
平和な姉妹喧嘩に見えるこの光景だが、飛び交う殺気は半端なものではない。
「ルミナステリア。あんたがここにいるってことは、今回の黒幕は"イング"ね?」
「さあ? 私には何の事だか?」
しらばっくれるルミナステリアにアムステリアの視線が鋭くなる。
「あんたら過激派がクルパーカーを襲う実行犯ね? イングはどこ!?」
「だから私は知らない設定なの。答えるわけないでしょ?」
「アムステリア、イングってのは……?」
「……詳しくは後で。ウェイル。下がっていて。こいつは私の獲物だから」
アムステリアの声が緊迫する。
「あらあら、男の前だからって強気ねぇ、お姉さま」
対するルミナステリアも歪んだ笑みをさらに強めた。
アムステリアがナイフを取り出し、ルミナステリアへと投げつける。
「手癖が悪いのは昔からね♪」
それを読んでいたのか、軽々と躱すルミナステリア。
「それはお互い様でしょう?」
そう返すアムステリアの手には、一本のナイフが握られていた。
そこから血が流れ出す。
「……一瞬で投げ返していたのか……!?」
挙動が早すぎて、ウェイルの目では追うことすら出来なかった。
ルミナステリアは、アムステリアのナイフを避けたと同時に、ナイフを投げ返していたのだ。
「ルミナス。ここで奪った全ての指を渡しなさい」
「嫌よ。これをイング様に献上すれば、もっと私の目的に近づけるんだから」
「いい加減、目を覚ましなさい!! イングにそんな力なんてないわ!!」
「あるわよ。イング様ならきっと、ね」
その時、ウェイルはアムステリアの姉っぽさを窺うことが出来た。
(……アムステリアが、ルミナステリアに何かを呼びかけている……?)
普段のアムステリアからは想像も出来ない、縋るような目をしていたのだ。
「どうしても私の言うことが聞けない?」
「ええ。私はお姉さまを信じてはいないから」
そう切って捨てるルミナス。アムステリアの顔がどっと暗くなったのをウェイルは見た。
「そう。じゃあもうあんたには死んでもらうわ」
「奇遇ね。私もそう思っていたところ」
二人は再びナイフを取り出し、互いに刃先を向け合った。
いつ戦闘が始まるか、ウェイルは固唾を飲んで見守る。
たった一瞬の間だったが、それは何時間にも感じられるほど長かった。
静寂を切ったのはルミナステリア。
「……でも残念。私、もう行かなきゃいけないから。ここでの目的も済んだし、そろそろ作戦も開始しないとね」
ナイフを下げるルミナステリア。
打って変わって弛緩する空気。
しかしアムステリアだけはルミナステリアを見据えたままだ。
ルミナステリアは、一歩下がると、胸元から香水を取り出した。
(あの香水……。まさか……!!)
アムステリアが何かに気付く。
「お姉さま。会えて嬉しかったわ? 出来ることなら、また会いましょう?」
その瞬間、アムステリアが叫んだ。
「ウェイル!! 部屋から出るわよ!!」
「なっ!? どうしたんだ!?」
「あのバカ、香水じゃなくてガスを噴射する気よ!!」
「何だって!?」
「あらあら。私の行動は丸わかりってわけ? それじゃね、お姉さま♪」
ルミナステリアはバイバイと手を振ると、香水瓶のボタンを押した。
そのガスは一気に部屋中へと広がる。
ウェイル達は呼吸しないように手で口を押えながら、どうにか会議室から脱出することが出来たのだった。
――●○●○●○――
二人は会議室から脱出した後、すぐさま屋上へと目指した。
目的は達した。つまりもうこそこそとする必要はなくなった。
正体を隠すためのローブは羽織ったものの、階段を利用することはない。
「あったわ、ウェイル!」
「よし、吹き抜けを目指すぞ!!」
プロ鑑定士協会同様、世界競売協会でも移動手段は神器に頼っている。
ならば必ずあると思っていた神器がこれだ。
アムステリアの見つけてきた重力杖。
杖から出ている光の方向に重力の働くその杖の力は、もっぱら広範囲の移動手段に使われていた。
二人はこの神器を用い、屋上まで飛翔、無事プロ鑑定士協会へと帰還する事に成功した。




