作戦会議
ウェイルは助人になったアムステリアを連れて自室へと戻ることに。
道中、アムステリアは片時もウェイルの腕から離れることはなかった。
「……腕を離せ、歩きづらい」
「い・や・だ♪」
「俺はさっさと戻りたいんだよ!」
またも他の鑑定士からの黄色い視線が心に刺さる。
「いやん、ウェイルに誘われてる! もう脱いだ方がいいかしら?」
「……黙ってついてこいよ……」
常にマイペースなアムステリアに嘆息が止まらない。
「言葉はいらないってことね! そうよね! 私たちは心で繋がっているものね!」
「…………」
こんなアムステリアであるが、彼女の力は侮ることは出来ない。
知識、腕力、鑑定眼。
全てにおいて他のプロ鑑定士を圧倒しているのだ。
元『不完全』である故に贋作にも詳しい。
こいつ以上に頼もしい助人など考えられないほどだ。
「さあ、早く体も繋がりましょう!」
……これさえなければ。
自室に戻ると、部屋の状態に呆然としてしまった。
本は散乱し、紙がそこら中に散らばっている。
水が零れ、ベッドもぐしゃぐしゃになっていた。
埃舞うその部屋の中心には、例の二人の姿があった。
「ハハハハハ♪ いくよ! サラー!!」
「イデッ! てめえ! よくもやってくれたな!! オラァ!!」
「グフッ!」
――楽しげに枕を投げて遊ぶフレスとサラーがいたのだった。
ウェイル達が帰ってきたことに気づいていないのか、枕投げは激しさを増す。
「アハハハハ! それ♪」
「く、ぜったい、ゆるさない……グエッ!」
「やったぁ! クリーンヒット~!!」
そんな二人を目の前に、ウェイルは背後から感じる殺気に身を震わせていた。
「……ねぇ、ウェイル? これは一体どういうこと?」
「……ま、枕投げしているな。二人が」
「……ウェイル。私は確かに青い髪の方の娘は知っているわ。でもね……」
徐々に大きくなる心を握りつぶすかのような激しい気配。
「……でもね……?」
思わずしてしまう復唱に、アムステリアは目を見開くと――
「どうして娘がもう一人増えてるのよーーーー!!!」
アムステリアの怒号が飛ぶ。
「あの赤い娘は誰!?」
「く、苦しい!! アムステリア! 離せ!!」
がっしりと首を掴まれたウェイルは、そのまま宙に持ち上げられた。
(……な、なんっつー力だ……!!)
「ウェイル。私言ったわよね? もし変なことしてたら潰すって」
「してない! 俺は何もしてない!!」
「本当?」
アムステリアは首を掴んだまま上目遣いでウェイルに問う。
「ほ、本当だ!!」
(とにかく一刻も早く首を離して貰わねば、俺の命が危ない!!)
「本当に本当?」
あまりに疑り深いアムステリアに、限界を迎えつつあったウェイルは最終手段を取った。
苦しい中必死に笑みを作り出すと、こう囁くのだ。
「……本当に何もしてないよ。えーと、その、……お、俺はアムステリア一筋だから!!」
拘束解除のキーワードを発した瞬間、アムステリアの顔がトマトのように真っ赤になる。
頭から煙さえ見えかねないほどの赤面っぷりを発揮したアムステリアは、掴んでいた手を離すと、今度はウェイルを抱きしめた。
「んもう! 本当に可愛いんだから!!」
何度も唇を奪ってきたのだった。
部屋では枕投げ戦争が続けられ、その隣では一方的な寵愛が行われている我が部屋。
(……もう、どうにでもなれ……)
――●○●○●○――
――しばらくして。
「ニャハハハ!! お部屋めちゃくちゃになっちゃったね!」
「お前の責任だ、フレス! 急に枕投げしようとか言いだすから!」
「サラーだってノリノリだったじゃない!」
「それは……。お、お前の遊びに付き合ってやっただけだ!」
「そういうことにしとくよ! ハハハハハ――――――――って、ウェイル!? 帰ってきてた!? ……あれ!? テリアさんも一緒なの!?」
「テリアいうな! 小娘が!!」
「ひゃい!!」
ついに気づいたのだった。
どうにかアムステリアの寵愛から抜け出したウェイルがそこに仁王立ちしていた。
「フレス……。お前よくも部屋をめちゃくちゃにしてくれたな……」
「そ、そう? 元々こんな感じだったような……?」
「その手にある枕はなんだ?」
「これは……えっと……。そうだ! 泥棒が入ってきたんだよ! だからこれで撃退――」
「……夕飯抜きだ」
「ひゃああああ!! ごめんなさい! ウェイル! ボクが悪かったよ! 許して!!!」
夕飯には勝てないフレスであった。
「サラー、お前もだからな」
「わ、私もか!?」
「当然だ」
「うう……どうして私がこんな目に……」
「全くサラーはわんぱくなんだから♪」
「てめーが言うな! フレス!!」
―●○●○●○――
二人には罰として部屋の掃除をさせた後、ウェイルは本題を切り出した。
「現状はおおよそ把握できた。そしてサラー、お前に言わなければならないことがある」
ウェイルはイレイズとサラーのことを嘘偽りなくサグマールに話したことを、サラーに伝えた。
「……あまり好ましくはないが……仕方ないだろう」
サラーはいい顔はしなかったが、了承してくれた。
「だがこれでプロ鑑定士協会はお前たちのことを全面的にサポートできる。お前たちが『不完全』の被害者だと分かった以上な」
「そうか……。ならば話して正解だったのかな。ありがとう、ウェイル」
サラーの顔に一筋の安堵が垣間見えた。
『不完全』時代のことがサラーにとって重石になっていたのかもしれない。少しでも楽になってくれたらと思う。
「さて、ここからが本題だ。今ここマリアステルでは二つの問題に直面している。一つは治安局の行動。これはサラーの話からイレイズを捜していると見て間違いない。フロリアの奴がホラを吹き回っているんだろう」
――フロリア。
王都ヴェクトルビアで出会ったメイドで、アレス国王の信頼を一身に受けていた女。
しかし、その真の姿は『不完全』が送り込んでいた潜入捜査員であった。
その彼女が今回の事件にも絡んできている。
(……準備……か。おそらくは今回の件の為にだろうな……)
彼女はヴェクトルビアで『龍殺し』という魔獣を召喚し使役していた。
『不完全』はサラーが龍だということを知っている。おそらくそれに対抗する力として魔獣を召喚したのだ。
サラー達が襲われた時も龍殺しが絡んでいたのだろう。
「俺の予想ではイレイズはクルパーカーに向かっている。不完全の連中がイレイズを嵌めたのは、イレイズをクルパーカーに辿り着けなくするためだ。サラマンドラという危険分子も排除でき、同時にクルパーカーを統率する者を失わせる。『不完全』の狙いはまさにそれだ。だからこそイレイズは何としてもクルパーカーへと辿りつこうとするはず」
「……私もそう思う。『不完全』時代からイレイズはレイリゴアと接触して戦う準備をしてきた。何としてもクルパーカーへと向かうはずだ」
サラーの同意を得て、ウェイルがもう一つの問題を挙げる。
「そしてもう一つ。競売禁止措置だ。これはプロ鑑定士協会、世界競売協会双方が合意したときに発令できる措置だが、プロ鑑定士協会は今回の発令には一切関与していない。それどころか世界競売協会の方もいまいち要領を掴んでいない模様なんだ」
「……え? つまりどういうことなの?」
フレスが訊く。
「つまりな。この禁止措置も何らかの手段を用いて『不完全』が勝手に発令したという可能性が高いんだ」
「目的は?」
「プロ鑑定士の目をそちらに釘付けにすることだろう。現に今、他の鑑定士はこの問題にてんてこまいしているよ」
抗議に押し寄せる人の数はどんどんと増えている。多くの鑑定士を割き、対応に当たっているのが現状だ。
「つまりこの二つ問題は、『不完全』が仕組んだ罠だったってことさ。クルパーカーをより安全に襲うことが出来るようにするためにな」
サラーの顔が赤くなり、歯の軋む音がする。
「……くそ……!! 私たちはまんまと踊らされていたのか……!! イレイズ……!!」
彼女の憤る姿に、ウェイルは同情する。
『不完全』という連中は、とにかく失敗率を0に近づける方法をとる。
その方法のためなら、奴らはどんなに外道なことでも顔色ひとつ変えることなく行う。
奴らの興味は成功するという一点のみなのだ。
「サラー……」
フレスも心配そうな視線を投げかけていた。
「フレス、サラー、よく聞いてくれ。俺たちはこれから二手に分かれて、この問題について同時に処理を行う」
「二手に……分かれるの……?」
分かれる、と聞いてフレスが不安そうな瞳を向けてくる。
イレイズとサラーの二の舞になるのが怖いのかもしれない。
だからこそウェイルは優しく答えてあげた。
「そうだよ、フレス。クルパーカーへと向かう組と、世界競売協会へ向かう組に分かれる。時間がないからな。心配するな、現地で落ち合うから」
「……うん。なら、いいよ」
安堵するフレスと対照的にサラーは冷静だった。
「クルパーカーに向かうのは判るとして、どうして競売協会に? すぐに全員でクルパーカーへ向かう方がよいのではないか?」
「奴らは競売協会から偽の禁止措置発令を行ったんだ。そしてまだそいつらは競売協会に残っている可能性が高い。そいつらから今回の計画を聞き出したいところなんだ」
「そう。だからウェイルと私が乗り込もうってわけ」
「無理だ。奴らは絶対に口を割らない。私達の時もそうだった。口を割るなら自爆する。奴らはそんな連中なんだ!」
ウェイルとアムステリアに、サラーが異を唱えた。しかしアムステリアはどこ吹く風で言い返す。
「そう。としたら奴ら、『過激派』の連中ね。とすると今回の首謀者にも心当たりがあるわ」
アムステリアの発言に、サラーが目を丸くする。
「……何故、心当たりがあるんだ!?」
アムステリアの代わりにウェイルが答える。
「サラー。このアムステリアは元『不完全』だ。しかもお前達よりもずっと内部情報に詳しい。こいつからしてみれば、不完全の誰が、どういう手口で、どうするつもりなのか、と言うことを、見るだけでおおよそ検討を付けることが出来る。だからこそ競売協会に潜入することには意味がある」
アムステリアの最大の強みは、内部に詳しいということだ。
手口や手段に対して詳しいということは、逆にその対策方法についても詳しいということ。
「……そうか。お前も『不完全』だったのか。判った。ウェイルの提案通りに行こう」
サラーが了承し、ウェイルは組を分けた。
ウェイルが提案した組み合わせは、ウェイル&アムステリアの競売協会行き組、そしてフレス、サラーのクルパーカー行き組だ。
「クルパーカーではサラーがいなければどうしようもないだろう。サラー、クルパーカーにはお前の話を信じてくれる奴はいるのか?」
「……当然だ。私はずっとイレイズと共にいたからな。イレイズがやろうとしていることだって検討はつくし、協力者にも心当たりがある」
「そうか。ならさっさと行ってイレイズの到着を待ってやれ。フレス、お前がサポートするんだ」
「うん、分かったよ」
「サグマールの見込みでは元々競売禁止措置の解除はおよそ三十六時間掛かるらしい。つまり『不完全』がクルパーカーに攻め入るのは三十六時間以内という可能性が高い。だがサグマールが手を打ち、実際には十時間以内になった。つまりプロ鑑定士協会は本来より二十六時間以上も早く増援に向かえる。だから行くなら急いだ方がいい。だからフレスをお前に付けた」
サグマールは競売禁止措置を解除してすぐ、クルパーカーへ鑑定士を向けると約束した。
クルパーカーまでは汽車でおよそ四時間。奴らが行動する前に間に合う可能性は高い。
「……ボクが元に戻ればいいんだね?」
「そうだ。龍の速さならクルパーカーまではどのくらい掛かる?」
「……一時間以内には飛べる」
その問いにはサラーが答えた。
「よし、十分だ。早速行動を開始するぞ」
四人は最低限の準備を整えると、屋上の天空墓地へと向かった。