さいきょうの助人
ウェイルはサグマールに嘘偽りなく全て話した。
話を聞いたサグマールは驚いてはいたものの、イレイズの生い立ちについては全てを知らぬ訳でもなかったようだ。
「クルパーカーのことは聞いたことがあるぞ。長年プロ鑑定士をやっていれば『不完全』のことは嫌でも耳に入ってくるからな。しかし、まさかその王子が『不完全』に……」
「イレイズは民を人質に取られていたからな。どれほどの苦痛を伴っていたのか想像もつかないよ……」
「……判った。ウェイル。お前の話が本当であるなら今回の騒動、間違いなく裏で『不完全』が絡んでいる」
「おそらくプロ鑑定士や治安局を別のことで目を逸らさせておいて、その間にクルパーカーに攻め入ろうという魂胆だ。裏切り者で邪魔な存在となるイレイズを始末しながら治安局の注意を逸らしている。やり方があくど過ぎるが一石二鳥な方法だ」
「同感だ。全くもって嫌らしいやり方だ。奴ららしいと言えばそれまでだが。……だとすれば早急に手を打たねばな。おい、電信を打つ。用意してくれ」
サグマールが席を立ち、秘書に命じて電信の準備をし始めた。
「電信? 一体どこに打つつもりだ?」
「治安局だ。……何、安心しろ。お前の友人を売る気はない。もう一度禁止措置解除の要求をするだけだ。とても三十六時間なんて悠長に構えられんだろう? これからすぐにでもクルパーカーが攻撃されるともしれんのに」
サグマールはウェイルの話を聞いた後、一つだけ約束してくれた。
――『我々プロ鑑定士協会は、贋作組織に対して断固たる行動を示す。その発端が何であれ、その理由が何であれ。そしてお前の友が――誰であれ』と。
これはつまり『不完全』に対して、徹底的に戦いを挑むということだ。
戦場になるのは、おそらく――部族都市『クルパーカー』。
(――サグマールが味方についた。……最強の助っ人が来た)
電信を打ち終わり、再びサグマールが椅子に腰を掛けた。
「さて、これで十時間以内には禁止措置は解除されるはずだ。そうすれば動ける鑑定士の数は増える。クルパーカーに向かう準備をしなければな。おい、戦闘用の神器の準備をしておけ」
エリクの代わりに入ったのであろう秘書に、事細かく指示をするサグマール。
そんな彼を見て、ウェイルはふと疑問に思った。
「なぁ、サグマール。どうして信じてくれたんだ? こんな――嘘かもしれない話を――」
どうしてサグマールはこんな眉唾かも知れない俺の話を、ここまで信じてくれているのか、と。
証拠も何もない話に対して、サグマールは働きすぎている。もしこの話がガセであれば、話を大きくしたサグマールの責任になりかねない。
ウェイルの問いかけは、ウェイル自身もっともだと思っていた。
しかし、サグマールの返答は至極単純なものだった。
「俺がお前を信じているからだ。ウェイル」
「――え……?」
「言葉のままの意味だよ。俺はな、今まで仕事で色んな人間を見てきた。だからこそ判るんだよな。匂いって奴が。こいつは信頼しても損をしない、いやむしろ得にさえなり得る。そんな人間の匂いがな。俺はそれをお前さんから感じ取っただけだ」
「何言ってんだ? そんなに俺は信頼できる人間なのか!?」
自分から質問しておいて、こんな言い草はあんまりだとも思ったが、ウェイルは訊かずにはいられなかった。
「信頼できる人間だよ」
サグマールはきっぱりと、そしてはっきりと断言した。
「そりゃ昔のお前はぶっきらぼうで掴みづらい所もあったが……、いやそれは今もだがな。なんていうか、ウェイル、今のお前さんは自分では気付いていないかもしれないが、必死だよな?」
「……必死?」
「そうだ。必死なんだ。話を聞けばそのイレイズって奴、ただの知り合いなんだろう? 普通『不完全』が相手となれば、誰だって放っておくもんだ。命は惜しいからな」
「何言ってんだ? プロ鑑定士なら『不完全』が絡んでいるなら動くのは当然だろう?」
「そう思っているのはウェイル、お前だけだ。見てみろ、部屋から一歩も出ずに部屋に籠りきって鑑定だけしている連中を。……まあ籠っているから見れるわけないか」
サグマールはニヤリと笑みを浮かべ、そして言った。
「そんなただの知り合いの為に必死になるお前の為に、俺が必死になる。別におかしいことはないだろうよ?」
ウェイルに返す言葉はなかった。
ただただ、ありがたかった。
「……感謝するよ、サグマール」
「礼は事件が解決してからしてもらおうか。まあ貸し一つってところか?」
「ああ。しっかりと借りておくよ」
「さて、話を本題に戻そう。治安局、プロ鑑定士協会は俺の方が何とかする。しかしもう一つだけどうにかしなければならないところがあるだろう?」
「……世界競売協会か」
「そうだ。内情を調査せねばなるまい」
現状の中で一番内情を把握できていない場所がここなのだ。
それに今回の禁止措置発令の提案元でもある。
「さっきも話した通り、禁止措置についての発令は、いつの間にか勝手に決まっていた。それはおかしい。普通なら内部の人間全てに通達していたはずだ。つまり――」
「禁止措置を不審な方法で発令させた人物が、まだいる可能性があるってことか」
「そういうことだ」
世界競売協会で行われる重要な会議は、協会内の重役十二名で行われている。
競売に携わる者の上に立つ人間だ。無論バカではない。
常日頃から景気や協会に不満を持つ者から命を狙われている。
彼らの回りにはボディーガードだっているだろうし、本人も護身術程度は学んでいるだろう。
つまり禁止措置を無理やり発令までこじつけた連中は、彼らよりも武力が勝っているということだ。
「もし不審者がまだいて、顔を合わせたら間違いなく戦闘になる」
「判っているさ。だから俺が行く」
サグマールが頷く。だがノリ気とはいかないようだった。
「俺はお前さんの実力を信じている。だが相手は『不完全』の可能性が非常に高い。ならば一人で行くのはまずい」
「心配するな。俺の弟子、知っているだろ? そいつを連れて行く」
「まだ少女じゃないか……」
「あいつは大丈夫さ」
(俺よりも強いからな)
ボソリと呟いた声はサグマールには届かなかった。
「だがな――」
「話は聞かせてもらったわ!」
躊躇うサグマールの声を遮るかのごとく、大声が響き渡った。
その声と共に、部屋の扉は勢いよくぶっ飛び、跡形もなく粉砕される。
とっさに身構えようとするも、時すでに遅し。
伸びる手はウェイルの逃げ道を塞ぎこみ、そのまま唇までも塞ぎこまれた。
「んんん(はなせ)~~~」
ウェイルの必死の叫びは発音されることなく、「ん」の音に変り果てる。
「……はぁ……」
背後にはサグマールの深いため息。
そして目の前には――
「ぷはぁ、最近よく会うわね、ウェイル!!」
糸垂れる唾液を官能的に舐めまわす、アムステリアがそこにいた。
「ア、アムステリア!? どうしてここに!? ……ってか、いきなり何をする!!」
「いきなりの方が嬉しいでしょ?」
「……苦しいだけだ……」
「私が嬉しいのよ♪」
「……そうですか……」
流石はアムステリア。どこまでも自分中心な論理展開だった。
「ここには偶然仕事で来てたの。『不完全』作の新しい贋作が見つかったから、その報告にね。そしたら偶然ウェイルの匂いがして、辿ってみれば声が聞こえてきたのよ」
「……匂いって……」
もしかして自分は匂うのか、思わず匂いを確かめてしまう。
「ウェイルよ。アムステリアの鼻は常人レベルじゃないんだ。気にしなくていいぞ?」
「そうなのか……よかった」
「……あの小娘の匂いもするけどな……!!」
アムステリアの額には血管が浮かぶ。握る拳はギリギリと軋んでいた。
「ウェイル。あの小娘と変なことしてないでしょうね? もししていたら……」
「してない、してない!! だからもう拳を解け!」
「そ、良かった♪ ウェイルは私のものなんだからね! そこんとこ忘れないでね?」
「…………あ、ああ…………」
(殺されるかと思った……。――ん? 待てよ? 今の台詞、おかしくなかったか?)
――と、ウェイルがそんなことを思っている間に話は元の話題に。
「サグマール。私がウェイルについて行ってあげるわ。私なら文句ないでしょ?」
「ああ。ワシには何も文句はない。お前さんの実力は判っているしな。……まあ本人に文句があるかもしれんが……」
(……よせ、サグマール。こっちに視線を向けるな……!!)
と脳内で反論しても無駄だということは嫌と言うほど経験している。
「…………ウェイル? もしかして私に文句あるの?」
アムステリアはとびっきりの笑顔だった。
でもウェイルは知っている。その笑顔は本当の顔の上に張り付けてあるだけの仮面だということを。
仮面制作師としても有名なマブリュアでもこれほど畏怖を感じさせる仮面を作れなかったに違いない。
(……だめだ……!! この仮面を外させるのは自殺行為に等しい……!!)
そう考えると自然に漏れた、この言葉。
「文句などありません。是非共に来ていただきたい」
「んもーう!! ウェイルったら健気ね!! 大丈夫よ! お姉さんが守ってあげるからね!!」
またもや抱きつかれる。いい加減振りほどくのが馬鹿らしく思えてきた。
「アムステリア、ウェイルを頼むぞ?」
「任せておいて! さぁウェイル、時間がないんでしょ? さっさと競売協会に乗り込むわよ!」
「…………」
――最強の助っ人と共に、最凶の助っ人も同手に入った瞬間だった。
「ウェイル。一つだけいいか?」
部屋を出ていく間際、ウェイルは一人サグマールに呼び止められた。
「どうした?」
「いや、その、な。確かに俺はお前を信じているから今回の話にも真剣に対応した」
「それについては感謝しているよ、サグマール」
自分の上司がサグマールで良かった、と心底思えたほどに。
「だがな、実はもう一つ、お前を信じるに値した要素があるんだ」
「もう一つ……?」
なんだろうか、ウェイルに心当たりはない。
「屋上で見たよ。赤い髪の女の子をな――」
「――!」
(サラーの奴、姿を見られていたのか……!!)
「あの子、真珠胎児の時にいた女の子だったろ? だからこそ、ウェイルの話を鵜呑みに出来た。あの子なんだろ? お前を必死にさせた原因は」
サグマールの心を見抜く力は凄すぎだ。それこそまさに神器でも使っているかのように。
ウェイルは無言を通した。
それをサグマールが肯定ととるか否定ととるかは定かではない。
「……まあ話はそれだけだ。ちゃっちゃと肩付けてきてくれ」
「……ああ」
追及しないサグマールの優しさに、今日は感謝のしっぱなしだなとウェイルは思った。
もしかすると一生掛かっても返しきれない恩を、サグマールから受けていた。
だから去り際に一言だけ呟いた。
「……ありがとうな」
その後、ウェイルはアムステリアと共に、電信を打ちに行った。
――信頼できる、もう一人の仲間へ。