欠片合わせ
「サグマール、状況を説明してくれ」
事態の収拾に努める為、忙しなく働く鑑定士を掻き分けながら、ウェイルはサグマールの元へ訪れていた。
「競売禁止規制なんて一体どうしたんだ!?」
「おお、ウェイルか。……まあ座ってくれ」
そんな状況下であるにもかかわらず、のほほんとした感じでサグマールは現れた。
「……サグマール。なんか余裕そうだな……」
「そうでもない。昨日まで対応に追われて大忙しかったんだ。今日は少しくらい休ませてもらおうと思っていてな」
大きな欠伸をするサグマール。徹夜で対応していたようだ。
「ここで何が起こったんだ? 教えてくれ」
「……よく聞け、ウェイル」
サグマールの眼つきが変わる。同時に内密な話であると察することが出来た。
思わずゴクリと喉が鳴る。
「……競売禁止措置がなされたことは知っているな?」
「……ああ、だが何故だ? 何か贋作でも出回ったのか?」
「贋作は普段から出回っているさ。だが今回の規制はそれが原因ではない」
「じゃあ何故?」
「それはだな……。その……」
「…………? どういうことだ?」
言葉を濁すサグマールの回答に、ウェイルは困惑する。
「……実はな。プロ鑑定士協会も把握しておらんのだ」
「……なんだと?」
サグマールの回答はそれこそあり得ないものだった。
そもそも競売禁止措置はプロ鑑定士協会、世界競売協会、そして治安局の認証がなければ行うことはできない。
それら三つの組織の内、一つでも反対が出れば執行されることはないのだ。
つまり今回の発令にはプロ鑑定士協会も賛成していることになる。
それであるのに、プロ鑑定士協会は今回の発令に関し一切把握していないという。
「そんなバカなことがあるか!?」
つい声を荒げてしまう。
それに対しサグマールは冷静だった。
「落ち着け、ウェイル。だから我々だって混乱しているんだ」
「落ち着いている場合か? 早急に解決しないとこの大陸は未曽有の損失を被ることになるぞ!?」
「無論分かっておる。だからワシは昨日から先程までずっと治安局と連絡を取り合っていたのだ。だがな、治安局は今、それどころではないみたいだ。ろくに話し合いにも応じてはもらえなんだ。詳しい内容は知らないが別に問題が起こったとかで……」
「…………ッ!!」
――治安局が取り合ってくれないのも無理はない。
彼らが今、最優先事項としているのはレイリゴア暗殺の首謀者であるイレイズの確保だからだ。
何せ治安局のトップが暗殺されたのだ。迂闊に情報を漏らすわけにはいかない。この失態は治安局の威信にも関わってくるからだ。
治安局全戦力を持って、必ずやイレイズを捕まえてやると躍起になっているはずだ。
このことをサグマールに伝えるか否か。
すぐに判断することは得策ではない。
サグマールはイレイズの顔を見ている。
事態の収束を早めるため、サグマールは治安局にイレイズのことを漏らす可能性だってあるのだ。
ウェイルはもう少しサグマールから話を聞き出すことにした。
「世界競売協会の方には連絡がついたのか?」
「……まあな。あちらさんも大変みたいだが、どうにかお偉方と会うことは出来た。そこでの話だが、確かに競売禁止措置は世界競売協会が発令を提案したらしい」
「……らしい? そのお偉方というのは何も知らなかったということか?」
「そういうことだ。いつの間にか会議で了承されていたという」
サグマールの話によると、そのお偉方はそれ以上のことは何一つ知らなかったという。
サグマールは仕事柄、人と関わることが非常に多い。これまでに色々な人間を見てきたという。言うなれば人間鑑定士と言っても過言ではない。
そんなサグマールだ。相手が何か情報を隠していないか、じっくりと観察したのだろう。だがその結果はどうにもシロだったようだ。
「一体誰がそんなことを……?」
「ワシにも分からんよ」
やれやれと苦笑いを浮かべ、首を横に振るサグマールだったが、その目だけは笑っていなかった。
「だが、今回の競売禁止措置についてプロ鑑定士協会は一切関与していない。つまりだ。この競売禁止措置は誰かが意図的に、何らかの手法を用いて無理やり発令させた。これはもはや間違いない。このまま見過ごすわけにはいくまい」
「具体的にはどうするつもりなんだ? 禁止措置の解除を要請するしかないだろう?」
「実はな、すでに禁止措置解除要請は行っている。治安局の承諾を得るのは時間が掛かるが、競売協会はすでに動き始めている。おそらく三十六時間以内には解除されるだろう」
流石はサグマール。手回しは非常に早かった。
「そうか。……しかし、誰が何の目的で……」
「さてな。こんなことをして得をする方法など、ワシには検討もつかん。市場を混乱させて、一体何をしでかすつもりなのか」
サグマールの台詞にピンとくるものがあった。
(――市場を混乱させる……?)
そしてこの情報を、サラーから聞いた話と照合させる。
(市場を混乱させれば一体どうなるのか……。それはもちろん鑑定士が事態の収拾にあたる)
プロ鑑定士協会前に集まった人だかりをどうにかするため、多くの鑑定士が時間を割かれている。
(そして治安局では、今イレイズを捜すために全精力を傾けている)
治安局に話が通じにくいのも全てはこのせいだ。このおかげで禁止措置解除に時間が掛かっている。
(……つまり今、プロ鑑定士と治安局、どちらも混乱状態にある。まるで足止めされているかのように……?)
ふつふつと湧き上がってくる解答への欠片。
嫌な予感に、冷や汗が止まらない。
(今、この二組織が混乱していて、最も嬉しいと思う者は――)
脳裏にイレイズの顔が浮かび上がり。
――最後のピースがはまった。
(――またも奴らか!!)
サラーは言っていた。
――「もう間も無く」と。
(奴らは今、動き出している!!)
ウェイルが確信に至ったとき、サグマールの視線が恐ろしく鋭いことに気がついた。
普段穏やかな人間ほど、真剣な時には恐ろしい。
今のサグマールはそんな言葉を体現していた。
「治安局、競売協会、そして鑑定士協会。この三大組織が同時に混乱の極みにある。ウェイルよ。これはどうも不審だとは思わないか?」
「……ああ、そうだな」
ウェイルはまだ迷っていた。
イレイズのこと、サラーのこと。そして『不完全』のことを話すかどうか。
心此処にあらずといったウェイルの返答に、サグマールの視線はさらに鋭さを増した。
「ウェイルよ。お前さん、もしかしてこの事態のことについて、何か知っているんじゃないのか?」
――心を覗き込まれているようだった。
「……サグマール。お前に話しておかなければいけないことがある」
ウェイルは覚悟した。
サグマールに全てを話すことを。
この話を聞いてサグマールがどう動くか判らない。
だがこの話は元々ウェイル一人でどうにかなる問題ではなかったのだ。
だからこそ賭けた。サグマールが味方になってくれるという可能性に、全てを。
「聞いてくれ。サグマール。この前の真珠胎児の事件の時、俺の仲間と紹介した奴のことを――」
ウェイルは嘘偽りなく話した。
イレイズの過去、生い立ち、そして現状を――