嵌められたイレイズ
マリアステルでの事件の後、私とイレイズは『不完全』から脱退、戦うことを決意した。
私達が裏切ったという情報は即座に『不完全』側に伝わるだろう、とイレイズは漏らしていた。
けれどイレイズの表情を明るかった。まるで憑き物が取れたかのように、いきいきとしていたんだ。
これから戦う敵は強大。属していた以上、それは重々承知の上だし、私だって楽な戦いにはならないであろうことは理解していた。
それでもイレイズは言っていた。
――「戦って死ねるなら本望だよ」って。
その時、こそっと「君を巻き込むのは申し訳ないけど……」と呟いていたことを私が聞いていたなんてイレイズは知らない。
私は、私のことを案ずるその言葉に、嬉しさと同時に腹立たしさを感じていた。
私は言ったはずだ。これから先、ずっとイレイズと共にいると。
それは生きていても死んでいても同じだ。
だから腹いせにイレイズの頬っぺたを抓ってやった。
イレイズは頭上に?マークを浮かべていた。
でもそんなイレイズを見るのはとても面白かった。
――●○●○●○――
その日、私とイレイズは治安局本部のある都市『ファランクシア』に訪れていた。
地理的には王都ヴェクトルビアと競売都市マリアステルの間のほぼ中央に存在する都市だ。
目的は治安局本部、相手は治安局総責任者、名をレイリゴア・ユネン・クルパーカー。
イレイズの知り合いだということもあり、私達はよくここへ足を運んでいた。
レイリゴアはイレイズの事情を全て知っていた。
そして約束してくれた。時が来れば力になると。
私達が『不完全』を脱退した今こそ、その時だとイレイズはレイリゴアに協力を申し出たんだ。
レイリゴアはすぐに了承して力になってくれた。
しばらくの間私達を匿ってくれたし、クルパーカーとも連絡して情報収集にあたってくれた。
そして先日クルパーカー側から戦いの準備が出来たと報告が入った。
だから私達は計画を実行に移すことにしたんだ。
イレイズの計画。それは『不完全』がクルパーカーに攻め入る前に治安局員を国内各地に配置し、攻め入ってきたところを一斉検挙するというものだった。
計画は秘密裏に進められた。
何せ治安局は基本的に事件が起こった後、行動を起こす組織なのだ。
だからもしかしたら犯罪が起こるかもしれない、なんて予測めいたものではとても動かすことは出来ないのだそうだ。
だからこそ私達と事情を知るレイリゴアを含む一部の人間だけで計画され、その日もその計画の真っ最中だった。
――そして事件は起きた。
私とイレイズ、そしてレイリゴアの三人が密談しているときに奴らが現れたんだ。
数は三人。一人は巨大な魔獣を連れていた。
『不完全』はどこからか私達がここに匿われているという情報を掴み、襲撃しに来たんだ。
私はもちろんイレイズも戦った。
龍の姿になるわけにはいかなかった。
いかにレイリゴアでも私が龍だとは伝えていなかったし、何よりここは治安局本部だ。
私の力でこの建物自体に被害を与えるわけにはいかない。
幸い敵の操る魔獣は大したことなく、この姿のままでも十分余裕な相手だった。
それよりも敵の操る神器が厄介で、私も少々てこずってしまった。
それでも戦況は圧倒的にこちらが有利だった。
「――クッ……! 強い……!!」
「もう逃げられん。神器を置いて投降しろ。さすれば命までは取らない」
私は手で業炎を操り、奴らの気力ごと焼き尽くした。
「誰の差し金ですか?」
イレイズの問いは虚空に消える。誰一人として答える気はなかったようだ。それどころかイレイズに対してせせら笑いを浴びせる。
「――死ね。ダイヤモンドヘッドにしか価値のない部族の没落王家風情が――」
返答の代わりに返ってきたのは、彼にもっとも言ってはならない言葉。
「……そうですか。私も民を守らねばならない立場。残念ですが貴方方には死んでもらいます」
イレイズの部族をけなす言葉。イレイズにとって全てと言っても過言ではない民を侮辱された。
彼らは自ら逆鱗に手を伸ばしたのだ。
イレイズが拳を握り締め、私も炎を増大させる。
「私の民を侮辱した罪、死をもって償いなさい――!!」
ダイヤと化した拳を不完全の一人に叩き付けるイレイズ。
耳障りな音が響き、鮮血が飛ぶ。
人が一人死んだのだ。
イレイズの表情に変化はない。
知らない人が見ればぞっとする表情だが、私には理解できた。
イレイズは覚悟を決めているのだ。一族を救う為にならば、何だってしてやると。己の命を懸ける覚悟だと。
イレイズの本気を見て、残った二人も覚悟を決めたようだ。
しかし私達はここで大きな勘違いをしてしまった。
彼らの覚悟、それは私達と戦う覚悟が出来たのだ、と――。
だが実際は違った。
彼らの取った行動、それは――自爆だった。
小さな瓶を取り出したかと思うと、彼らはそれを足元に叩き付けた。
それが爆発物だと瞬時に理解した私達はとっさ身を退く。
「裏切り者のイレイズ。本部はお前にもっとも苦痛な死を与え――」
最後の言葉は爆発音に遮られた。
建物全体が揺れるほどの衝撃が走る。
幸いあまり火力のある爆発物ではなかったらしく、私やイレイズに怪我はなかった。
「レイリゴア! 大丈夫ですか!?」
イレイズが叫んでいた。見るとレイリゴアが負傷したようだ。
私は急いで彼の元へ寄り添い、治療を試みる。
その時だった。
「やった♪ 計画通り♪」
若い女性の声が部屋に響く。
爆発によって充満した煙の中から一人だけ女性が現れたのだ。
「誰だ!?」
私はとっさに炎を出して、彼女に向けた。
「誰って、そうだね。名乗ってもいいかな? 私はね。フロリアっていうんだよ?」
「……フロリア……。私は聞いたことない……」
『不完全』にいたころでも聞いたことのない名前だった。
「そりゃそうかもね! だって私、今までずっと潜入任務してたし♪」
愛想よく疑問を打ち消し、笑顔を作る彼女だが、その背後には笑えない物体がいた。
「……デーモン……!!」
赤く目を光らせる悪魔が彼女に従っていたのだ。
「面白いくらい上手にことが進んじゃった。さて、私はもう一仕事しないとね。後はよろしくね」
フロリアはデーモンに指示を送ると、その場で服を脱ぎ始めた。
「……!? 何をしているんだ!?」
イレイズの怒号。それに対してフロリアは冗談じみた目線を送り返すだけだった。
「イレイズ、デーモンが来るぞ!!」
「……そうですね。まずはこちらから……!!」
私は炎を手繰り、巨大な火炎弾にしてデーモンに打ち放った。
イレイズも拳を握り、デーモンへ突っ込む。
私の炎で怯んだ隙に、イレイズの拳を打ち込んで――
「グルオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
デーモンの咆哮が部屋を包んだ。
その声に私は戦慄を覚える。
――炎が効いていないだと……!?
私の打ち放った火炎弾は確かにデーモンに命中した。
だが奴は軽い火傷一つ負ってはいなかった。
そこで私は気がつく。
「イレイズ、ダメだ!!」
私が見たのはイレイズが殴られ飛ばされる光景だった。
「――イレイズ!!」
「ぐっ……。大丈夫、私は平気です。それよりもあの悪魔、サラーの炎が効いてない……!!」
「クソッ、もう一発!!」
先ほどよりも巨大な炎を編み出し、渾身の力で打ち放つ。
「今度こそ――――!?」
だが私の期待は粉々に粉砕された。
炎の後には全く効いた様子もないデーモンが仁王立ちしていたのだ。
「イレイズ、こいつ、元に姿に戻らないと……!!」
――倒せない。
今の私ではこいつを倒すことは出来ないと判断し、私は急いでイレイズのところへと駆け寄った。
いや、駆け寄ろうとした。
その時だった。
私はデーモンに捕まってしまった。
必死にもがいて、炎も出そうとした。
でもダメだった。
まず力が出ない。
そして炎も出ない。
最後は――声も出なかった。
全身から力が抜け落ちて、強制的に失神させられるような感覚に陥る。
「サラー!!」
イレイズの声だけがハッキリと脳内で反響していた。
「さ~って。お着替え終了!!」
フロリアはどこで手に入れたのか、いつの間にか治安局員のローブを羽織っていた。
「お仕事お仕事♪ それではイレイズさん。楽しい逃亡生活を送ってくださいね! それでは!」
そう言ってフロリアは部屋から飛び出すと、大声で叫び始めた。
「――誰か来て!! レイリゴアさんが襲われている!! 犯人がまだ中に!!」
薄れていく意識の中、イレイズの声が聞こえる。
「サラー。どうやら私達は嵌められるようです。ですから貴方だけでも逃げてください。そしてこのことを――そうだ。ウェイルさんとフレスちゃんにだけ伝えてください。電信の使い方は判りますね?」
イレイズは自らが殺した不完全の死体を弄って、やはり持っていた爆発する瓶を取り出した。
「ここからは別行動です。私は治安局から逃げないといけません。ですから貴方はウェイルさん達と共にクルパーカーへと向かってください。あの方達は必ず力になってくれます。ですから――」
「……う、ぐ……イレ……イズ……」
最後に見たのはイレイズの笑顔だった。
「信じています。親愛なる君――サラマンドラよ――!!」
デーモンに投げつけられる小瓶。
小瓶がデーモンに当たるまでの刹那。
私はイレイズの笑顔だけに目を奪われていた。
轟音と共に爆発が起こる。
爆発の衝撃で壁は破壊され、私はデーモンの腕から吹き飛ばされる。
そして私は――空へと投げ出された。