競売禁止措置
芸術大陸――『アレクアテナ』。
そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。
そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。
彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。
アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
――そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスベルグと共に、大陸中を旅していた。
――●○●○●○――
「……サラー、一体どうしたんだろ……?」
「……さぁな……」
王都ヴェクトルビアでの事件の後、二人宛に電信が届いた。
『話がある。マリアステルの一番高いところで待つ』と。
サラーは一体何を企んで二人に電信を送ったのかは定かではない。
だがウェイルにはこの電信には非常に大きい意味があると感じたのだ。
サラーの話とは、おそらくは『不完全』に絡みだ。
もしかしたらイレイズに何かあったのかもしれない。
考え出すとキリがなく、ただただウェイルは焦燥感に駆られる。
とにかく話を聞かねば始まらない。
マリアステルへ向かう汽車が、これほどまでに遅く感じたのは初めてだった。
――●○●○●○――
二人がマリアステルに到着したのは次の日の午後。
いつも活気あるマリアステルの駅周辺だが、今日ばかりは少し雰囲気が違っていた。
「ねぇねぇ、ウェイル。なんだかピリピリしてない……?」
「……ああ。いつもより治安局員の数が多いし、検問が行われているしな」
白のローブはとてもよく目立つ。
人通りの多いマリアステル駅は、その分事件も多い。それらの監視の為、いつも数人ほど常駐しているのだ。
しかし、これほどの数が監視に回っているなど前代未聞だ。
何か事件が起きたと言わんばかりに、行き交う人々を監視していた。
汽車から降りる人間は片っ端から検問を受け、その影響から駅は非常に混雑していた。
二人も今しがたチェックを受けたばかりである。
「何があったのかも教えてくれないし、一体全体どうなっているんだ……?」
「まあ検問も終わったんだからいいじゃない? それよりもサラーに会いに行こうよ!」
「……それもそうだな」
この騒ぎは気にはなるが、今は目先のことを考えよう。
サラーからの電信にあったマリアステルで一番高いところ。
それはおそらくプロ鑑定士協会の屋上にあるにある天空墓地のことだろう。
二人はとにかく急いでプロ鑑定士協会へ向かった。
その道中にも治安局員がいくらか配置されており、道行く人を監視していた。
(……本当に何があったんだ……?)
――●○●○●○――
プロ鑑定士協会に辿り着く。しかしそこにも人だかりが出来ていた。
「一体どうなってるんだ!!」
「説明しろ!!」
「納得いかんぞ!!」
多くの人が怒号を飛ばし、対処に当たっていた鑑定士に野次を飛ばしていた。
(こりゃ一体何事だ……? ……あれは!?)
その憤る人々の中に見知った顔を発見した。
「おい、ルーク!! お前こんなとこで何してんだよ!?」
「……ウェイルか……!?」
ルークは宗教都市サスデルセルでオークションハウスを経営するオークショニアで、ウェイルの古い友人である。
「ウェイル! これは一体どういうことなんだよ!? お前から説明してくれよ!!」
激しい形相で近寄るルークに、ウェイルは戸惑いを覚えた。
「おい、ルーク。この騒ぎは一体何なんだ!? 俺も仕事から帰ったばかりでこの状況に戸惑っているんだ。一体何が起きた?」
「何!? ウェイル、お前知らないのか!?」
「……ああ。治安局もやけにピリピリしているし、一体マリアステルで何が起こったんだ?」
ルークはしげしげとウェイルを見回していたが、ウェイルが本当に何も知らないことを察したのか、多少冷静になって現状を語ってくれた。
「……そうか。まあ仕事でマリアステルを離れていたんじゃ仕方ないか」
「ここの殺到している連中は一体誰なんだ?」
「俺の同業者で地方のオークションハウスを経営している連中だ。俺達は今朝方プロ鑑定士協会が配布した『一定期間競売禁止措置』について抗議しにきたんだ」
「競売禁止だと!?」
「ねぇ、ウェイル。禁止措置って何なの?」
「それはな――」
――競売禁止措置。
プロ鑑定士協会ならびに世界競売協会が実施する金融政策措置の中で、もっとも厳しい措置がこの競売禁止措置である。
文字通りこの措置が交付され解除される期間内、大陸全土で全ての競売行為が禁止される。
この条例は、贋作が横行した時代にその被害を縮小しようとして成立された条例で、全ての競売を一時的に停止させることが出来る。
この条例やプロ鑑定士協会の創立によって贋作は駆逐されたと言われたほどの強力な力を持つ措置で、これにより大陸は経済崩壊から救われた。
しかしその代償は非常に大きく、今日の経済に立て直すまで数年の期間を必要としたほどだ。
その影響は計り知れず、現在でも三日間競売禁止措置が制定されると、その被害総額は国一つが滅びるとさえ言われている。
そんな膨大な被害を真っ先に受けるのは当然オークションハウスだ。
反発する人間が出てきても何らおかしくない。
一通りフレスに説明すると、フレスはなにやら考え込み始めた。
「……だが協会がそんなことをするなんて考えられない。そもそも理由は何なんだ?」
「それが不明なんだよ!! とにかく今日から競売禁止だって電信が届いたんだ! だからこそ皆がこうやって抗議に来ているんだろ!?」
贋作も影を潜めた現代に競売禁止措置が取られることはあり得ない。ましてや経済混乱を抑えるはずのプロ鑑定士協会がこのようなことを行うとは正気の沙汰とは思えない。
「じゃあそこら中にいる治安局員は何なんだ!?」
「俺もそれは知らん! だが聞いた話によると治安局の方でも事件が起こったらしい! 一体この大陸はどうなるんだ!?」
――たった二日の間に発生した二つの事件。
(……何がどうなってるんだ……?)
「……ねぇ、ルークさん。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい? フレスちゃん」
ウェイルの隣で、黙った思慮に耽っていたフレスがルークに尋ねた。
「禁止措置って一体どういう時に出すの?」
「そりゃ……えっと……どういうときだっけ?」
言葉に詰まったルークがウェイルに助け舟を求めてくる。仕方がないと代わりにウェイルが答えた。
「……説明しただろ? 贋作が横行したときに――」
――そこでウェイルは気がついた。
「……贋作……。もしかして……」
三人に沈黙が訪れた。
皆、気がついたのだ。
この事件。もしかしたら『不完全』が関わっているのではないかと。
(だが一体何故だ……?)
ウェイルが不思議の思ったのはその動機だ。
もし『不完全』がこの事件を起こしたのであれば、その裏には何かある。
しかし今のウェイルにはその裏を考慮する為の材料が足りない。奴らが何をしでかそうとしているのか想像すらつかない。
「ウェイル。どうするの?」
「……とにかく情報収集が先だろうな……。サラーにも会わないといけないし」
この時点で推理するのは無理というものだ。目の前には抗議する人々で大変な状況だが、二人にもやることがある。そちらを優先するべきだ。
「ルーク。俺達から禁止措置解除を依頼してみる。だから少し待ってくれ」
「……頼む」
ルークと別れた二人は、密集する人々を押しのけ、もみくちゃになりつつも入場受付へ向かった。
この騒ぎで多少時間は掛かったものの、何とか入場許可を得ることが出来た。
前回の入場でトラウマになっていたフレスは、監査員の前を通り過ぎる度にビクついていたが、何とか無事入場手続きを終えたのだった。
「先に屋上へ行こう」
現状をサグマールから聞きたい気持ちはあったが、サラーのことも気になる。
二人が屋上へ辿り着くと、見知った影があった。
「……来てくれたのか……」
広い屋上でポツンと突っ立っていた小さな影。
赤い翼を羽ばたかせ、纏うローブを脱ぎ捨てた。
「サラー!! 会いたかったよ!!」
と言うが早いかフレスは飛びっきりの笑顔を浮かべサラーに飛びつくと、
「う~ん、やっぱりサラーの頬っぺたは気持ちいいなぁ~、スリスリ……」
と案の定、頬ずりを始める。
「ええい、フレス! だから邪魔だと何度言えば!」
なんだかんだ言って嬉しげな顔をするサラーも相変わらずで少し安心したウェイルだった。
懐かしい光景に苦笑を浮かべたウェイルだが、そこにあるべき姿が一人足りないことに気づく。
「……イレイズはどうした……?」
尋ねるウェイルだったが、イレイズがこの場にいないであろうことは予想できていた。
もしイレイズがいるのであれば、わざわざサラーが電信を送ってくる必要がない。
そもそもサラーは他人を呼びつけるような奴には到底思えない。
そう考えれば何かしらの事情があることを察することは容易である。
ウェイルに尋ねられたサラーは、フレスのことなんて気にしている場合じゃないとばかりに視線を地に落とした。
「……イレイズは……今いない……」
トーンの低い声からは落胆の色が伺えた。よく見れば着ている衣服も汚れ、所々破れている箇所だってある。
「一体、何があったんだ!?」
「……れた……」
「何だ?」
「……嵌められた! イレイズは『不完全』に嵌められたんだよ!!」
「すりすり……って、え!?」
「どういうことなんだ!?」
「私とイレイズは不完全と戦う為に治安局に行ったんだ。イレイズは治安局最高責任者レイリゴアとは以前から親交があって、不完全と戦う為に協力を求めた!」
「治安局最高責任者とだって!?」
――治安局最高責任者レイリゴア。大陸全土の治安を守る最高機関の、総責任者。
そんな人間にイレイズはコネがあるという。
「どうしてそんな人物とイレイズが繋がっている!?」
「レイリゴアはクルパーカー出身だ!」
「……そういうことか」
おそらくレイリゴアという人物はイレイズの状況をほぼ掌握しているのだろう。
レイリゴアにしても自分の故郷の王の依頼とあれば、喜んで動く気でいたのだろう。
「事件が起きたのは昨日だ。それは治安局が不完全に対してどう動くかという密談の時に起こった」
サラーはより詳しく説明を始めたのだった。