陰謀の交差
「――……はい。それでは予定通りにお願いします」
「……任せておいてください。これも我等の責務。強大な悪と戦うひとつの方法ですから」
部屋の窓から望める、この都市の風景。
忙しそうに人々が行き来し、至る所から商売する声が聞こえ、活気あふれる町並みを伺えるこの部屋は地上百メートルを超える巨大な塔の一室である。
煌びやかな装飾のなされたこの部屋にはとても似合わない、暗い表情の二人の男が会談をしていた。
「……しかし、この方法は諸刃の剣。下手をすれば殺されてしまいますよ……?」
「私なら大丈夫です。逃げ切る自信はありますし……。何よりもあの連中の目を欺くのであればこの程度はやってのけないと」
「そうですか……。それで奴らの計画はいつ、始まるのですか……?」
「おそらくは今晩かと。奴らの動きは常に見張っていますし、その時が来たらすぐに伺いますので。心配なさらないで下さい。貴方の身の安全は保障いたします」
「……しかし不安だ……。いえ、私の身のことではないのです。私が目覚めるまで、貴方が無事でいられるかどうか――イレイズさん……」
「さっきも言った通り大丈夫ですよ。私には心強い味方がいますからね。それでは手筈通りにお願いします」
イレイズはそう言うと、男に一度会釈した後、部屋から出て行った。
その後ろ姿に男は頭を垂れつつ、深く嘆息を漏らしてしまう。
「……ついに奴等との全面戦争の時、か。我々は一体、生き残れるのだろうか……?」
つい男が漏らした本音。
それはこれから起こる大陸全土を巻き込んだ紛争の幕開けとなる呟きだった。
――●○●○●○――
「準備は終わったようだね?」
古びた古城に、またしても男の声が響いていた。
「はい。龍に対抗する戦力、龍殺しは揃えて参りました」
暗闇から姿を現すフードを被った者。
「流石だね。今まで潜入、お疲れ様」
玉座の男が労いの声を掛けると、その者はフードを取り、男を見据えた。
「……ありがとうございます」
その者――フロリアは男に会釈し、その場に跪く。
その仕草を満足げに見下した男は、手に持ったグラスを傾け、少しばかり喉を潤すと盛大に高笑いを上げた。
「あっはっははははははは!!! ……ふう。愉快だなぁ……。全てが順調だからさ。さて、フロリア。いよいよクルパーカーの連中を滅ぼす時が来たね。僕、この時が楽しみで楽しみで仕方なかったんだよ!」
男は無邪気に、そして狂ったように言葉を紡ぐ。
「はははは!! ああ、早く殺したいなぁ……♪ あの肉を切り裂くときの感覚、音、絶叫、血飛沫!! 後に残る躯。全てが芸術的だよね……? それにコレクションも増やしておきたいし!!」
男の視線が部屋の奥に向けられる。
そこには壁に掛けられるようにいくつかの人間がいた。
よく見ると胸が動いている。死体ではない。
だが生きているともいえない。
彼らはこの状態で、何年もここに展示されているのだ。
男の絶叫に近い言葉に沈黙を突き通すフロリア。
そして男はフロリアにとある指示を下した。
「フロリア。まずは邪魔な不穏分子、イレイズを始末してきて? そしたらのんびりとダイヤモンドヘッドの回収に向かおう? 兵は僕が用意しておくからさ」
「『穏健派』の連中はどういたしますか?」
「今奴らはそれどころじゃないさ。何せあのヴェクトルビアで一大事件が起こったのだから」
「……と、申しますと……?」
「フロリア、君のおかげだよ。今『穏健派』の連中はクルパーカーのことなんてどうでもいいのさ。君がヴェクトルビアで事件を起こしてくれたおかげで奴らは別のことで頭が一杯になってしまったのさ」
「…………私には難しいようです」
「なに、時期に判るよ。それよりも目先のこと。頼むよ?」
「はい」
男の不気味とも思える微笑に、フロリアは瞬時に頷いた。
「じゃあ行ってきてね♪ 殺し方は何でもいいよ? すぐに殺さずともいいし……。そうだなぁ……。どうせならなるべく面白い殺し方でお願いね?」
「はい」
フロリアは男に視線を向けることなく姿を消した。
男は玉座から立ち上がると、自慢のコレクションの前に行き、呟いた。
「……また新しいコレクションが増えそうだね……。ねぇ、ニーズヘッグ……?」
男が返答を求めたのは何の気配すらない虚空。
当然返答はなかったが、男の顔は満足そうに唇をつり上げると、歪な笑みを浮かばせたのだった。