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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第三章 王都ヴェクトルビア編 『セルク・オリジン・ストーリー』
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真相

 ――事件解決の日の夜。


 多くの人員を失った王宮は、終始暗いムードに包まれていたが、


『ここで暗くなっても仕方ありません! 頑張ってもう一度再建しましょう!』


 と、メイド長であるフロリアの激励で、人々は少しだけ前向きに動き始めた。

 生き残った者の治療を終え、事の顛末を治安局に説明した後、アレスがウェイル達を宴に誘ってきた。

 気分じゃないと断ったウェイルだが、どうしても礼がしたいとのアレスの強い要望により、仕方なく酒の席に座っていた。

 

 ――鎮魂の宴。

 ヴェクトルビアでは悲しい事件や悲惨な出来事の後には、被害者の冥福を祈る宴を催す習慣がある。

 多くの家臣や国民を失ったアレスは、この鎮魂の宴を盛大に行うと宣言した。

 わずかに残った物資や人員をを総動員して開かれた宴は、黙祷から始まり、そして彼らの冥福を祝う酒がふるまわれた。

 宴と言えど、場を華やかにする音楽や歌などない。

 ただ死んでいった仲間のことを語らい、祈るのだ。

 ウェイルもシルグルと共に酒を酌み交わす。

 その際いくつか質問してみたが、思った通りの回答を得られた。


(ということは……やはりあいつが……)


 などとウェイルが思案している中――


「もくもくもく……お、おおお……、おおおいいいししししいいいいいいいい!! いくらでも食べられるよ! この肉! コックさん! これ……まさか熊!?」

「いや、違いますけど……」


 フレスだけは回りの雰囲気などなんのその、運ばれてくる料理に舌鼓を打っていた。

 夜も更け、宴もたけなわ、アレスが皆の前に姿を現し、そして演説を行った。

 アレスは言う。


「今、我がヴェクトルビアは分岐点にある。欲望に走った愚か者の行動で、多くの親愛なる家臣を失い、民を失った。だが、我は挫けん。この王宮が粉々に粉砕しようとも、我の心は砕けないのだ。

何故か判るか? 我は皆を愛し、そして信頼しておるからだ! この国、民を! 親愛なる我らの民は、必ずやこの王都を再建する。多くの犠牲と文化の上に、我らはもう一度文化という城砦を築き上げる。今日がその最初の着工日だ!

皆、今日という日を悲しもう。今日という日を悔やもう。そして明日。明日からは希望を持とう。それが我が親愛なる民のためだ!! だからこそ、今日のこの宴を楽しもう。同胞の弔いのため、そして我らの未来のために!!」

 

 堂々たる王の言葉に、多くの家臣は涙し、必死に頷いていた。


(いい演説だ。流石だな、アレス。何故なら――)


「ううう~~~~!!! 王様、良いこと言うよ~~~~!!!」


(――涙を流す龍だっているほどだからな――)


 それほどアレスの演説には、力があった。


「……フレス。泣くのは構わんが、泣きながら肉を食うのは止めろよ……」


 頬をパンパンに膨らませ、両手には大きな骨付き肉を持ちながら王の言葉に感涙するフレスに、ウェイルは思わず苦笑を浮かべたのだった。





 ――●○●○●○――





「……さて、と。本番はこれからか」


 未だ続いている酒の席から一足早く退席したウェイルは、一人でとある場所へと向かっていた。


「予想が外れてくれていたらいいんだがな……」


 目的地に着き、見覚えのある扉を開いた。

 薄暗い室内でウェイルが虚空に問う。



「おい、いるんだろ――フロリア?」



 ウェイルが向かった場所。

 それはアレス王のコレクションルームだった。


「いるのは分かっている。出て来いよ」


「――へぇ、流石はウェイルさんですね!」


 灯りも点いていない、暗い部屋の奥から月明かりに照らされた見覚えのあるメイドの姿が浮かび上がった。


「ここで何をしてるんだ? フロリア」

「何って、アレス様のコレクションを眺めに。私だって芸術が好きですから」

「そうかい。じゃあ聞くけどな」


 ウェイルはフロリアの視線を凝視しながら言い放つ。


「ここにあったセルク・オリジン。――全部"本物"か?」


 この台詞に、フロリアの眉が少しだけ動いた。


「な、何を言ってるんですか!? 本物ですよ!! シルグルさんの鑑定結果だってあるんですから!!」

「確かに、シルグルなら鑑定にミスはしないだろうな。だけど――」


 シルグルの鑑定は正確だ。それは百も承知。でも穴はある。

 王がシルグルに鑑定を依頼して、そしてここに展示されるまでの短い隙。つまり――


「――鑑定が終わった後、ここに展示されるまでのわずかな時間で、すり替えた――って考えるとどうだ?」


 ウェイルの指摘にフロリアの表情が強張る。


「……何が言いたんです?」

「簡単なことだ。ここにあるセルク・オリジンは贋作だってことだ。いや、全部が贋作な訳じゃない。ナンバー604『毒』、ナンバー743『召喚』。この二枚のことだ」

「その二枚がどうして贋作だというんですか!?」


 フロリアの言葉がだんだんと荒くなってくる。

 ウェイルはそんなフロリアの態度などお構いなしに話を続けた。


「都合が良すぎるんだ。セルクオリジンの中で、その二枚の絵画だけ、ストーリーの中で違和感がある。まるで異物が紛れ込んでいる感じだ」

「ストーリーの中の……異物……?」

「まずは『毒』。いくら王が乱心したからといって、貴重な水資源である井戸に毒なんて撒かない。自ら服用してしまう可能性がある。そんな自滅を招くようなことを、実際の王はしないだろう。ならばセルクだって描きはしないだろう。そして一番気になったのが次の『召喚』。これについては不可解なことだらけだ。何せ絵画がストーリーに直接関係していないのだから」


 セルクは自分の作品に常に完璧を求める。

 であれば今ウェイルが説明した項目をセルクが気にしないはずはない。


「……それはただ単にセルクの気まぐれでは?」


 無論、考えられないことではない。

 しかしウェイルはフロリアの指摘にこう返した。


「確かに気まぐれかもしれない。全く関係の無い悪魔の召喚の絵画を描いたというのも考えられないわけじゃない。だが、それなら後の作品に悪魔を登場させるはずだ。特に六作目の『立ち向かう民』。あれほど書き込みの細かい絵画なのだから、もしストーリーが繋がっているのであれば悪魔の一匹や二匹、描かれていても不思議じゃない。だがあの絵画には悪魔なんか一匹も描かれていなかった。これは不自然極まりない」

「……どう不自然なんですか?」

「だから言っただろ? セルクは完璧を求める。セルクが7枚で一つのストーリーを書き上げる以上、それらは必ず関連ついているはずだ。だがこの二枚にはその関連性が見当たらない。そう考えると、この二枚が贋作だったって方が、鑑定士的にはつじつまが合うんだよ」

「だから! それはウェイルさんの個人的な意見でして――!」

「そうだな。確かにそうだ。だが残念ながら、あの二枚が贋作だという確信があるんだよ」

「……え!?」


 酒の席でシルグルに確認したこと。それは――


「シルグルは言っていたよ。『私が直接鑑定したのは『王の乱心』、『兵の遊び』、『燃え盛る都市』、『王の最後』だけです。後はフロリアさんが他の鑑定士さんに鑑定してもらっていました』ってな」

「…………!?」


 フロリアが目を見開く。その目はシルグルの証言が事実だということを、如実に物語っていた。


「贋作を用意すれば、その贋作通りにどこかの馬鹿が行動してくれる。つまりセルク・オリジンのストーリーをコントロールできるってことだ。そして今回の事件。まさしく絵画通りのことが進んだ。贋作のストーリー通りにな」


 ウェイルが腰に差している短剣に手を伸ばした。


「そうだろ? ――『不完全』のフロリアさん?」


「…………」


 フロリアはしばらく俯いていたが、全てを見破られたと悟ると、大声で笑いだした。


「アーッハッハッハッハッハッハ!! いや、本当にびっくりしました!! 噂には聞いていましたけど、ここまで優秀な鑑定士だとは思いもしませんでした!!」


 ウェイルは無言でフロリアを注視し続ける。

 あまりに豹変ぶりに、冷や汗が噴き出ていた。

 フロリアは一度無言になったかと思うと、高らかに言い放った。


「……そうですよ! 私は『不完全』の一員ですよ?」

「……やはりな……」

「どうして判ったんですか? 私が不完全だと」

「要因はいくつかある。まず贋作のセルクオリジン。明らかに作りが荒かった。俺も最初はシルグルの鑑定だからと自分を納得させていたが、どうも気になってな。しっかりと鑑定してみるとすぐに贋作だと見抜けたよ。となると、この贋作をこのコレクションルームに置いた者が怪しい。アレス自身は除外すると、そもそもこのコレクションルームに怪しまれず入れるのはお前くらいしかいないからな?」


 アレスは滅多に他人をコレクションルームに入れないと言っていた。

 となれば自由に出入りしているフロリアが一番怪しいという訳だ。単なる消去法である。


「次に美術館での事件。お前達がハルマーチから逃げた後、館内で合流したフレスはこう言っていた。『シルグルさんが逃げてきた』と。これはおかしいだろ? 本来なら『フロリアさんとシルグルさんが逃げてきた』になるはずだからな」

「へぇ、それで?」

「その後すぐ、美術館が爆発したんだ。美術館の火は、フレスが完全に消したはずなのにな。それにフレスは美術館を見学したことがある。そして美術館での事件の時、あることに気がついた。フレスはこう言った。『さっき見た神器がいくつか無くなっていたよ?』ってな。そうすると考えられることは一つ。フロリア、お前、美術館の神器をいくつか盗んだだろ? そしてその証拠を消すために美術館を爆破した。違うか?」


 ウェイルの推理を聞いて、フロリアは手を叩いて笑った。


「アーーーッハッハッハッハ!! 凄い! そんなことまで判っちゃうの? そうよ! いくつか欲しい神器があったからね! 盗んじゃった! でもさ、それだけじゃ私が怪しいってだけで決定的な根拠がないでしょ? それはどうしたの?」

「美術館でのデーモン。あれにつけられていた神器。あのデーモン、一見ハルマーチに従っていたように見えたが、操っていたのはお前だろ? デーモンを操る神器がついていたよ。お前のサイン入りでな」


 美術館で拾った腕輪をフロリアに投げつけた。

 フロリアはカランと空しく音を立てて転がる腕輪を注視していた。


「なるほどね。確かにこれは言い訳できないよね!」


 フロリアはその腕輪を拾い、再び投げ捨てる。


「そうよ。あのデーモンは私が操っていた。ハルマーチに従うように命令していたからね。ハルマーチも気づかなかったし、うまく利用させてもらったわ♪」

「そのようだな。それにあのデーモン、龍殺しじゃなかったしな。以前一度見たことがあったし、フレスの氷が効いていたからな。あの時フレスが力を出せなかったのは近くに龍殺しが居たんだろう?」


 ウェイルの問いにさぁ? と首を傾げるフロリア。


「私は龍殺しについては知らない。召喚したのはハルマーチだからね♪」


 フロリアはイタズラがばれた子供が苦し紛れに浮かべる、そんな笑みを浮かべていた。


「そっか~、全部ばれちゃったね♪」


 ペロッと舌を出し、ウェイルにウィンクを投げかけてくる。


「ウェイルさん。全ての推理は正解だよ? セルク・オリジンの贋作は私が忍ばせた。あの大馬鹿、ハルマーチをうまく操るためにね」

「何故そんなことをしたんだ!?」


 改めて短剣の刃先をフロリアへ向ける。だがフロリアに動じる様子は皆無。


「何故って。そうだな、あの人は準備って言ってた。何でも近いうちに大量の龍殺しと、神器がいるんでね。ウェイルの言うように『毒』と『召喚』は贋作よ? 『毒』で『召喚』に必要な生贄を用意したの」


 淡々と語るフロリア。その目には、今まで見たことも無いような狂気で満ち溢れていた。


「ハルマーチはよくやってくれたわ! おかげで大量の龍殺しが手に入ったんだから」


 その台詞にウェイルは違和感を覚えた。


「ちょっと待て。龍殺しは既にフレスが倒したはずだ!」

「まあ二体も倒されたのは予想外だったけど。ねぇ、ウェイル。『召喚』に描かれた悪魔の数、何体いたか覚えてる?」

「…………っ!!」


 思い出した。

 あの絵画には悪魔が七体も描かれていた。つまりは――


「後五体いるってことよ! ウェイル!」


 フロリアの背後から五体の龍殺しが現れた。

 頭には角を六本も生やし、薄汚い翼を広げる龍殺し。

 ウェイルを囲むように移動し始める。


(……俺をやるつもりなのか……?)


「大丈夫よ? 私、ウェイルを襲う気はないから」


 ウェイルの考えを見透かして、フロリアの顔には自慢げな表情が張り付いていた。


「ねぇ、ウェイル。私、貴方のこと気に入っちゃったの。私と来ない?」

「バカ言うな!! 鑑定士を『不完全』に誘う!? ふざけるな!!」

「ふざけてなんかいないけどね。まあ、ゆっくり考えてよ。近いうちにまた会う気がするんだ!」


 龍殺しの上に跨り、窓を開けたフロリア。

 ここから飛んで逃げるつもりなのだ。


「待て!」


 当然逃がすつもりは無い。即座に『ベルグファング』を構えフロリアに突きつけた。


「フフ、この数相手に強気ね、ウェイル。そんなところもいいわね!」

「舐めているのか!?」

「いえ、舐めてなんかいないわ? 私、本当に貴方のこと気に入ったの。アレスもいい男だったけどね。ちょっと知識が足りなくて話していても退屈だったから。それよりもね、ウェイル。この剣、下げてくれないかしら? 危ないからさ!」

「断る、と言ったら?」

「初めに言ったでしょ? 私、ウェイルを傷つけるつもりなんてないんだ。だけどね、どうでもいい人間なら、本当にどうなってもいいんだ。ねぇ、ウェイル、覚えている? セルク・オリジン二番目の事件」

「二番目……?」


 セルク・オリジン二作目『兵の遊び』。

 確か王宮の兵士が市民を殺した事件だった。


「あの事件を起こした兵士。とってもいい人だったの。愛想も良くてね。だから奪っちゃった。彼の人生。私が神器で操ってさ! ハハ!!」

「……まさか……!!」


 ステイリィの話では、彼は記憶喪失になっていたと。

 そのせいで酷い拷問を受けたと――


「フロリア、お前!!」

「おっと、ウェイル。止めておいたほうがいいよ? 私はまだ、あの神器を持っているんだから……。ウェイルが何かしたらアレスを殺しちゃうよ? 誰かを操ってね。だから早く刃を下げて? ね? お願い♪」

「くそ……!!」


 人を操る神器。フロリアがこれを持つ限り、王宮の人間全てが人質ということだ。

 ウェイルには手が出せなかった。


「うん、ありがとう。ウェイル。また会いましょう? アレスにはよろしく伝えておいて、じゃあね――」

「――最後に聞きたい!」


 フロリアが飛び立つ瞬間、ウェイルが呼び止める。


「俺達がハルマーチを止めにこの王宮へ来たとき、お前は転がる死体を見て怒って泣いていた。……何故だ……?」

「…………そうだね……。私にも不思議だったよ。どうしてか知らないけど悲しかったんだ。潜入していただけとはいえ、やっぱり長い間暮らしていたからね。それなりに思うところはあったんだと思うよ……。それでは改めて。じゃあね、ウェイル」


 フロリアはそれだけを言い残し、龍殺しと共に暗い空へ飛び立っていった。


「……ウェイル……。今のは……」


 ウェイルの背後にはアレスが立っていた。


 その顔を見るに、恐らく今の会話が聞こえていたんだろう。


 ウェイルはアレスに、今ここで聞き知ったことを包み隠さず伝えたのだった。






 アレスはウェイルに背を向け、一人涙していた。




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