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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第三章 王都ヴェクトルビア編 『セルク・オリジン・ストーリー』
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『王の最後』

「ウェイル! アレスさんを助けないと!」

「判ってる! だが待て!!」


 立ち上がろうとするフレスを制する。

 ハルマーチに殴られ続けるアレスを放って置くわけにはいかない。

 だがフレスだって酷いダメージを残しているのだ。このまま向かうのは自殺行為である。


「フレス。お前、今力が出せないだろう!?」

「でも!!」

「判ったんだよ……!! このデーモンの正体が!!」

「――ええ!?」


 ――フレスが力が出せない理由。それはこのデーモンが原因であった。


「こいつ、おそらく『龍殺し』(ドラゴンキラー)だ」

龍殺し(ドラゴンキラー)!?」


 ――『龍殺し』(ドラゴンキラー)


 アレクアテナ大陸には〝龍殺しの英雄"という御伽噺がある。

 三日三晩、龍と闘い続け、勝利を収めた戦士の物語だ。

 またラルガ教会では龍は異端とされている。

 このように龍を悪と考える思想や物語は非常に多い。

 それらのほとんどは人間が龍を倒したと伝えられているものばかりであるが、実際はそうではなかった。

 多くの伝承の裏にはこの龍殺しが絡んでいると云われている。

 龍殺しは魔獣『デーモン』の一種で、対龍に特化した魔獣である。

 龍とて万能な存在ではない。そもそも全ての存在には等しくその天敵となる存在があるものだ。

 龍殺しはその一例で龍の力を封じる力を持つとされている。

 ウェイルはこの龍殺しについてプロ鑑定士協会に所蔵されている文献でのみ見たことがあり、実際に見るのは初めてだった。

 文献によると、過去にも龍を殺した龍殺しがいたとされていた。


「俺も初めて見たけどな。間違いない」

「そう言えばボク、昔戦ったことがあるよ……! あの時は運よく勝てたけど……!!」


 龍殺しは龍本来の力を封じる。

 フレスの本来の姿は神龍フレスベルグだ。


「だから元の姿に戻れなかったのか……!!」


 フレスは本来の力を使えず、ウェイルの剣も通用しない。

 状況は万に一つの勝機も見えなかった。


「どうにかして龍殺しを止めないと……!」


 ウェイルはどうすれば龍殺しを止めることが出来るかを必死に考える。

 過去に読んだ文献にはその姿や能力までは記載されていたものの、倒し方までは書かれていなかった。

 奴を食い止めるにはどうしたらよいのか。

 その問いにウェイルの頭が導き出した結論は――不可能。


「くそっ……!! どうすれば……!!」

「ウェイル! 堪えろ! 堪えるのだ! 必ず、必ず何とかなる!!」


 その時、殴られ続けているアレスがウェイルに向かって叫んだ。

 言葉の意味を察するためにアレスの方へ向き直る。

 アレスはウェイルと視線を交差するや否や、部屋の扉へと視線を移した。


(部屋の入口……? 確かあそこにはフロリアが――)


 ウェイルもアレスの視線を追う。

 フロリアは――この場にいない……!!


「……そうか……!!」


 ウェイルはアレスの行動の意図に気がついた。

 この場にフロリアがいない理由を。


「デーモンよ! そこの鑑定士二人を、殺さない程度に痛みつけなさい!」


 ハルマーチの指示で、動きを止めていたデーモンが動き出す。


「フレス。時間を稼ぐぞ! 俺から離れるな!」

「うん!!」


 ウェイルはもう一度氷の剣を精製し、刃先をデーモンへと向ける。


「掛かって来い! 龍殺し!!」


 ウェイルが高らかに宣言し、腰を低く構える。


「グガアアアアアアアアア!!!!」


 ウェイルの挑発に乗るように龍殺しが咆哮、その巨体を動かし飛び掛かってくる。


「うっ!! 力が抜けるよ……!!」


 その場で崩れるフレスを抱きかかえ、龍殺しの攻撃を紙一重で避ける。


(氷の剣では歯が立たない。なら――)


 ウェイルは剣を構えつつも、自ら攻めることはしなかった。


(――逃げるしかない)


 腰を下げたのは逃げに徹するためだ。

 ウェイルが今、最優先で行うこと。

 それはフレスを守りつつ、フロリアを待つことだ。

 フロリアはおそらくアレスのコレクションルームへと向かっている。

 あそこには珍しい神器がたくさん展示してあった。

 その中には――魔封じの力を持つ神器だってあるはずだ……!!

 アレスの表情を見るにそれは確定的だった。

 フロリアはプロ鑑定士顔負けの知識を持っている。

 どれが魔封じの力を持つ神器か見分けることくらい容易いはずだ。


「……急いでくれ、フロリア!」





 ――●○●○●○――





 ウェイルと龍殺しの攻防はわずか数分の出来事だったが、ウェイルの体はすでに疲労に支配されていた。

 力の出せないフレスを背負い、牽制しつつ逃げる。

 極度の緊張の中での戦闘、まして今日は神経を使う鑑定、町の火災、さらに美術館での事件と立て続けに巻き込まれているのだ。すでに体力は限界を迎えている。


「く、まだ、か……?」

「はぁ、はぁ、はぁ、……ウェイル……! もういいよ! ボクが戦う……!」

「無茶言うなフレス! そんな状態でどうやって戦うというんだ!?」

「でも! ウェイル、もう限界でしょ!?」


 確かに限界だ。

 だが、師匠として弟子に情けない姿を見せるわけにはいかない。


「心配するな! 弟子は師匠を信じろ!」


 ウェイルは自分がこれほどまでに強がりで意地っ張りだったことを、今初めて知った。

 龍殺しを目前に、ウェイルは不思議と落ち着いていた。

 うるさいほどに聞こえてくる心臓の鼓動、乱れる呼吸、流れる血液。

 ボロボロの体なのに、勝つことも不可能だと分かっていたのに、不思議と死ぬ気もしなかったのだ。


(――弟子、か)


 考えてみればフレスと出会ってから、ウェイルはフレスに守られっぱなしだった。

 そんな自分が師匠と呼ばれることに、無意識のうちに違和感を覚えていたのかもしれない。

 だが、今自分はフレスを守っている。

 そのことに、ウェイルは心地の良い充足感を覚えていたのだ。


(守るものがあれば強くなれる、か)


 よく聴く言葉であったが、自分とは無縁だとして今まで貶していた。

 しかし、今はこの言葉の意味が理解できる。というよりも――


(――しっくりくるな……)


 背中のフレスの重み。

 とても軽い彼女だが、ウェイルにはずっしりと重く感じた。

 師匠として背負わねばならない重責。それをようやく今感じることが出来たのだ。


「そろそろ、か……」


 フレスから力を感じる。

 それは抽象的な感覚ではなく、もっと具体的な何か。


 ――そう、戻ってきた。


 龍殺しの鋭い爪がウェイルに向かって真っ直ぐに飛んでくる。

 だがウェイルはその場から一歩も動じなかった。

 爪が当たらない事を確信していたからだ。


「よくやった――フロリア!!」


「お待たせしました! アレス様! ウェイルさん!」


 部屋の入り口には肩で息をするフロリアが立っていた。

 手には光輝く指輪をつけて、その光を龍殺しの方へ向けていたのだ。


「アレス様のコレクションの一つ――『封印指輪』(シールリング)!! これでデーモンの力は弱体化します!!」


 彼女がしている指輪は邪悪なるものを封印する力を持つ神器『封印指輪』というものである。

 リングについている宝石から発せられる光を浴びると、そのものはたちまち動きを封じられ、力を吸われてしまう。


「グガアゲェアガエガエァァェアギェアエグォアガガキキァア!!!!!」


 表現不可能な声を上げ、二体のデーモンがもがきだす。

 デーモンに捕まれていたアレスが解放され、そこへすかさずフロリアが駆けつけた。


「アレス様! 無事ですか!?」

「……ああ……、よくやった、フロリア。ワシのコレクションの場所を的確に覚えていたとは、さすが腹黒いだけあるな……」

「アレス様……!!」


 腫れ上がった顔で皮肉を吐くアレスを、フロリアはぎゅっと抱きしめたのだった。


「えーーい!! 何している、デーモン!!」


 突如もがき苦しみだしたデーモンを見てハルマーチが焦る。


「ゴギガアアググ……」


 ハルマーチの命令に必死に答えようと動き続けるデーモンの前に、ウェイルとフレスが立ち塞がった。


「フロリアのおかげで助かったよ」


 フロリアが持ってきた神器の影響で、苦しみだした龍殺しは、ウェイルへ爪を突き立てることが出来なかった。


「龍殺しの力が弱まったようだな。どうだ? フレス」

「もうバッチリ♪」


 力の戻ったフレスから強大な力を感じる。見ると受けた傷は完全に癒えていた。

 ウェイルの目から光が消える。


「ハルマーチ。楽に死ねると思うなよ……?」

「……ボク。もう許さないから。ウェイル。お願い――」


 溜りに溜まった激高が二人を支配した。


「――ああ」


 ウェイルとフレスはもう一度唇を重ねた。

 今度こそフレスの体が光に包まれ、周囲は冷気に包まれる。

 光の止まったその場所には、青白く輝く巨大な神龍『フレスベルグ』が降臨した。


『久々だ。これほどまでに怒りを覚えたのは……』



「……これが本当の……!! 本当の龍の姿……!!」



 フレスベルグの姿に、ハルマーチが腰を抜かし震え上がった。


『ハルマーチとやら。貴様、身に過ぎた事をしでかしたな』

「自らの欲望のため、王都を混乱に陥れ、民を虐殺した。許されることじゃないだろう?」

「ヒ、ヒィ……!! ……デーモン達、な、なんとかしろ!!」


 ハルマーチは後ずさりしながら必死に指示を出すが、デーモンに命令に従う様子はない。

 それどころかデーモン達も逃げようと必死にもがいていた。


『ふん。グズが。ここで消してやる』


 フレスベルグが纏う光のリングが輝き始め、そして――


『無に帰れ――!!』


 絶対零度の光が、そのデーモン達を凍てつかせ、そして消滅させた。


『次はお前だ。欲深き人間よ――』

「あ……あが……!!」


 デーモンを失い龍を前にしたハルマーチは、フレスベルグの威圧に耐え切れず、ついに気を失った。





 ――●○●○●○――





 フレスベルグが人の姿に戻る。


「ウェイル。こいつ、どうしようか? ボク、こいつを殺したいんだけど」


 ウェイルだって心境は同じだ。こいつは大勢の罪の無い市民を殺した張本人。

 しかしウェイルはフレスを制した。


「……ダメだ、フレス。こいつは法の裁きに任せよう。俺達の仕事はセルク・オリジンのストーリー通りに事件が起きないようにすること。それは今、終わったよ」


 ――セルク・オリジン最終作『王の最後』。

 物語は完結を見ることはなかった。

 だがその上には膨大な犠牲者がいる。


 芸術が人を狂わせる。その事実にウェイルは複雑な思いを馳せることになった。


 ウェイル達がアレスや他の大臣の治療に当たっている頃、ステイリィ率いる治安局部隊が王宮にが到着、ハルマーチの身柄を拘束するとともに、死傷者の収容を行った。

 

 セルク・オリジンに関わる事件はこれで終結することになる。


 事件の全容が明るみになり、アレス王への不審な噂は消え、ヴェクトルビアは元の賑わいを取り戻すことになった。

 多大な犠牲と失われた貴重な文化を、人々は忘れることは無かった。


 ウェイル達はというと、今回の事件を解決した張本人だとして、アレクアテナ大陸全土に名が知れ渡ることになる。


 そしてこの事件の影響は、これから起こる大陸全土を揺るがす一大抗争の火種となることになる。


 ――事件の連鎖、それによる影響、波紋。運命の輪廻は誰にも分からない――

 


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