始まった再現 『立ち上がる民』
美術館から脱出したウェイルは、フレスの回復を待つため治安局へ身を寄せていた。
「ウェイルさん……!! フレスさんは大丈夫なんですか!?」
ステイリィは心配してウェイルの顔を覗き込む。
「大丈夫だ。心配ない」
そう答えるウェイルだったが、実のところ大丈夫だという確信はない。
なにせフレスは龍だ。体の構造が人間と同じとは限らない。
こういうときウェイルはフレスに一体何をしてあげればよいのか。
供に旅を始めたばかりだというのに、そんなことも判らないのかと、自分自身が情けなかった。
「……フレス……」
「……ウェイル……、大丈夫だった……?」
ウェイルがフレスの手を握ったとき、フレスが目を覚ます。
「フレス! 大丈夫なのか!?」
「うん……。ちょっと力が抜けただけだよ……。前にも言ったけど、ボク達龍は命という概念がないんだ。だから死なないよ?」
「……そうか……よかった……」
ステイリィの手前強がっていたものの、ウェイルは心底怖かったのだ。
このままフレスが消えてしまわないかと。
ウェイルの気づかぬ内に、フレスの存在は予想を遥かに超えて大きいものとなっていた。
「それよりもウェイル! 火事は!?」
「無事全部鎮火したよ。お手柄だったな、フレス」
「美術館は!?」
「……美術館は崩壊した。だがフレス。あれはお前のせいじゃない。お前の消火活動は完璧だった。おかげでシルグルもフロリアも助かったじゃないか!」
ウェイルがフレスに励ましの言葉を掛けると、ウェイルの予想に反してフレスは何か思案し始めた。
「……フロリアさん……? 美術館の中にフロリアさんがいたの?」
「ああ、お前のおかげで助かったんだろ?」
「ううん? ボクは見てないよ?」
「……見てない……? そんなことはないだろ? フロリアはシルグルと一緒に逃げたはずなんだから」
「そうなの? だとしたらボクが見逃してただけかも。そうだ、ウェイル。もう一つ気になったことがあるんだけど」
「なんだ?」
「あの美術館の中を見学したときにさ――」
フレスの疑問、そして証言。
そしてデーモンから転がり落ちたもの。
全てのピースが埋まり、ウェイルの脳裏に一つの推理が描かれる。
「――ってことなんだけどさ」
「…………フレス。ナイスだ」
感じていた違和感。全てが繋がった。
「……ないす?」
フレスはキョトンとしていた。
「お前のおかげで全部見えたよ」
「……? うわあ、ウェイル! 髪がぐしゃぐしゃになるよ!」
ウェイルはベッドに座るフレスの頭を思いっきり撫でてやったのだった。
――●○●○●○――
フロリアがシルグルを連れて治安局へやってきた。
「ウェイルさん、無事でしたか!?」
肩に抱えたシルグルを投げ出して、フロリアはウェイルに抱きついてきた。
「お、おい! 何やってんだフロリア!!」
締め付けられる格好となったウェイル。
必死に抜け出そうとするが、華奢な腕からは想像もつかないほど力は強かった。
だがそのウェイルより必死になっていたのがこの二人。
「ちょっと、だめええええーーーー!!!!」
「おい、この糞メイド! それは私のだ!!!!」
――フレスとステイリィだった。
ステイリィは容赦なくフロリアを蹴り飛ばし、今度こそウェイルへとダイブしようとする。
「させないよ!」
だがそこにフレスが立ち塞がり、ステイリィの足を払った。
「むぐ!」
勢いのまま地面とキスをするステイリィ。
起き上がった彼女の顔はまさしく般若になっていた。
「この糞小娘~~~!!!」
「痛いじゃない! このダメ治安局員!!」
「ウェイルはボクの師匠なんだから! 誰にもあげないもん!」
「…………どうしてこうなるんだ……」
三つ巴となった三人を見て嘆息するウェイル。
他の治安局員から嫉妬と羨望の鋭い視線が飛んできていることを知らないウェイルであった。
三人が顔を引っ張ったり蹴り合ったりして、ウェイルがため息をついていた、その時。
――ズウウウウゥゥゥン…………!!!
外から大きな地響きが轟き、爆発音が聞こえていた。
「「「「――なっ!!」」」」
我に返った四人はもつれつつも外を飛び出すと、視界に入った光景に驚愕した。
「お……王宮が……!?」
「クソ……!! もう来たのか…!!」
四人の目に入ったのは、ガラス張りで美しかった王宮が、跡形もなく粉砕されている光景だった。
「……王宮が……。――アレス様!!」
フロリアの顔が蒼白になる。
無理もない。フロリアはこの後何が起きるか、おおよその見当がついているはずだ。
「セルク・オリジン 六作目『立ち向かう民』……!! こういうことだったのか……!?」
「ウェイル! 急がないと!! このままじゃ王様が!!」
たった今セルク・オリジン六作目の再現が始まった。
王宮に攻め入る民の絵画。それが今、目の前に起こっている。
そして行き着く先は――セルクオリジン最終作『王の最後』。
文字通りアレス王は暗殺される――!!
「分かっている! ステイリィ、お前は市民を王宮に近づけさせるな! おそらく王宮にはデーモンがいる!」
「デーモンが!? ……判りました! お任せください! ウェイルさんは!?」
「王宮へ向かう!」
フロリアが駆け出し、ウェイルとフレスが後を追った。
「……早く体制を整えないと……!!」
ステイリィは大急ぎで局員に指示を出し始めた。
――●○●○●○――
三人が王宮に到着した時には、すでに王宮の半分が崩壊していた。
王宮は西棟と東棟に分かれている。
門に近い西棟のほとんどが半壊、謁見の間やコレクションルームのある東棟は無事であるものの、それもいつまで持つか判らない。
外のあちらこちらには、王宮を守ろうとしたであろう兵士の死骸がゴミのように散乱し、その様子はまさに地獄絵図そのものであった。
「……ひどい……!」
フレスの瞳の色が変わる。無論ウェイルだって怒りで我を忘れそうになっていた。
「アレス様!!」
フロリアが大声で叫ぶ。
「アレス様!! どこですか!? アレス様!!」
叫びながら走りだしたフロリアの後についていくウェイルとフレス。
王がいるであろう東棟に向かうため、半壊した西棟の中を走る三人。
「……もしかしたら……アレスはもう……」
ウェイルの脳裏に最悪の光景がよぎる。
この状況だ。王宮からは生者の気配は全く感じられなかった。
三人はとにかく走った。
崩壊した壁の破片が散らばる廊下を抜け、フロリアにとっては友人であったかも知れないメイドの躯を超え、とにかく走った。
「ウッ……! みんな……!! アレス様……!!」
フロリアの顔は見えなかったが、その声は嗚咽を含んでいた。
三人が西棟を抜け、未だ無事な東棟へ辿り着く。
西棟と東棟の間の中庭にも、バラバラになった兵士の死体が転がっていた。
血で染まった真っ赤な池、裸で息絶えるメイド、頭部の無い番犬。
見る者が見れば吐き気を、さらには失神さえしかけない光景に三人は愕然とした。
ウェイルが吐き気を感じなかったのは、それよりも強い怒りが身を焦がしていたからだろう。
「ウェイル……、ボク、もう犯人を許せる自信がないよ……」
フレスの体は震え、そして翼が出現していた。
「ボク、前にウェイルと約束したよね? 絶対に人を殺さないでって。でもごめん。約束を交わしたボクが、犯人を殺してしまいそうだよ……!!」
フレスに掛けるべき言葉が見つからない。
ウェイル自身、犯人を見たら自分が何をしでかすか分かったものではなかったからだ。
「……二人とも、急ぎましょう……!!」
冷静にフロリアが言い放つ。
だがそのフロリアの肩も震えていた。
顔は見えないが、その声は、隠しても隠し切れないほどの怒気を孕んでいた。
フロリアの声で多少の冷静さを取り戻した二人。
フレスはそっと翼を消した。
三人は走る。
東棟に入り、階段を駆け上がる。
途中生存者を発見するが、彼らを助ける余裕は無い。
とにかく謁見の間へと急いだ。
階段を駆け上がること五階。
ついに三人は謁見の間へと辿り着き、その扉を開けた。