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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第三章 王都ヴェクトルビア編 『セルク・オリジン・ストーリー』
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過激なファン行動

「ごきげんよう、館長。そして鑑定士殿」

「……ハルマーチ! やはりお前か! この一連の事件の犯人は!?」


 ウェイルは絵画を抱えたまま、ベルグファングを取り出し、刃先をハルマーチに向けた。

 だがハルマーチの顔は余裕しゃくしゃくといった様子で、こちらに不気味な笑みを送ってくる。


「ははは、その通りですよ、鑑定士殿。私がセルクのストーリーをこの世に再現しているのですよ! 恐らくセルクは当時の王に嫌気がさしていたのでしょうねぇ。自らの願望を絵画に託したのです! でしたらその願いは今、長い時を越えて実現させて差し上げなければ! セルクファンといたしましては、至極当然、いや、もはや必然な行動なのですよ?」

「何が必然だ! 本当のファンなら作者の意図を勝手に解釈などしない!」

「どうですかね? まあ私と貴方は考え方が違うのです。ファンとしてのね」


 ハルマーチの目は狂気に満ちていた。

 自分のしていることこそが真のファンたる行動だと、信じて疑っていない。

 ハルマーチが突如ポケットに手を突っ込む。

 その手にはガラスの瓶が握られていた。


(……さっきの炎はこれか……!)


 ハルマーチは手に持ったガラスの瓶をウェイルに投げつけた。


「――くそっ!」


 ウェイルが避けたところに瓶が落ちて割れる。

 そこからたちまち火の手が上がった。


(……リンか……!?)


 おそらく瓶の中には酸素と反応して発火する液体が入っていたのだ。


「さあ鑑定士殿。貴方が本当にプロ鑑定士としての誇りをお持ちならば、そのセルク・オリジンをこちらへお渡しください。このままですとそれが燃えてしまいます」

「……ちっ!」


 ハルマーチは実に狡猾な男であった。

 セルクの絵画ともなれば、この大陸においてこれ以上の価値のあるものはない。

 絵画を置いてウェイルがハルマーチに攻撃することは可能だ。

 そしておそらくハルマーチは絵画を焼くことないはずだ。彼はそれを所望しているのだから。

 だがそれは絶対とは言い切れない。100%絵画は無事ということではない。1%でも絵画が焼失する可能性があるのであれば、ウェイルは迂闊に行動することが出来なかった。

 芸術を愛す者、すなわち鑑定士にとってこの絵画は何よりも人質になりえるのだ。


「さあ、お渡しください。さすれば絵画は燃えなくて済みます。その絵を頂けるのであれば全ての火はお消しいたします。さすればここに保管してある他の美術品も全て無事になりますよ? 私にとってセルク以外の絵画は興味ありませんもので」


(……嘘つけ……!!) 


 ハルマーチの言質。これは間違いなく嘘だ。

 奴にとってセルク以外興味がないのであれば、燃やしてしまってもなんら問題はないということである。


「見え透いた嘘だな……! 俺がお前にこの絵画を渡したところで、お前は火を消さない。セルク以外興味ないのであれば燃やしても問題ないのだろう? それにお前の正体を知った俺達を生かす通りもない」


 ウェイルの指摘に、ハルマーチは一瞬表情を歪めたものの、すぐに高笑いをし始めた。


「はーーーっはっはっはっは!! そうですね! 確かにその通りですよ! 私が火を消すわけないですよ!? さすがは鑑定士殿。見くびっておりました」


 ハルマーチの笑い声に比例するかのように、ドスドスと巨大な足音が響いてくる。 


「……この音は……まさか!?」


 ウェイルの脳裏に唐突に浮かんだ、とある絵画。

 ――セルク・オリジン五作目『召喚』。


(……まさか……!? ……くそ、やはり……!!)


 ウェイルの嫌な予感は現実になった。ある程度予想はしていたものの、驚愕は隠せない。


「さて、私にとってセルク以外の美術品はどうなっても良いのですが、それは美術品に限ったことではありません。例えば――若いメイドさんとか――」


 ――巨大なデーモンが姿を現した。

 そしてそのデーモンの腕にはフロリアが鷲掴みにされていた。


「……う、ウェイルさん……! すみません……不覚にも捕まってしまいました……! ……ああっ!!」


 デーモンはフロリアを握る拳に力を加え始める。

 ミシミシという生々しい音が聞こえ、音が鳴る度にフロリアは小さな悲鳴を上げていた。


「フロリア!!」

「ウェイル、さん……! 治安局に……!! ……ぐっ!!」

「フフフ、さあ、鑑定士殿。これで人質が増えましたね? どうです? そちらの絵画とこのメイド、交換してはいただけませんか?」

「……くっ」


 ウェイル達よりも先にハルマーチを捜しに行ったフロリア。彼女はハルマーチを見つけ、そして捕えられていたのだ。

 こうなってしまった以上、ハルマーチの要求を呑まざるを得ない。

 ハルマーチが火を消すことはないだろう。他の美術品の無事を保証することもない。

 だが目の前で苦しんでいるフロリアを助けるには、どう考えても圧倒的不利な交渉を了承せざるを得ない。


「……ウェイルさん……!!」


 シルグルがウェイルの顔を窺う。ウェイルはそれに屈辱的な表情を向け、そしてハルマーチに言う。


「……判った。だがハルマーチ。そっちが先にフロリアを開放しろ。そうしなければこのセルク・オリジン、このまま火に投げ入れる」


 ウェイルが出来る現状最大限の脅迫。

 この絵画を燃やしたところでウェイルやフロリアが助かる見込みなんてない。

 とにかくフロリアの救出が最優先だった。


「……判りました。それで手を打ちましょう。おい、そのメイドを放してやれ」


 ハルマーチが手を叩くと、デーモンがフロリアを解放する。


「大丈夫か!? フロリア!」

「ゲホッ、ゲホッ……え、ええ。ありがとうございます、ウェイルさん。……そしてすみません」

「気にするな」


 咳き込むフロリアの背中をさすってやる。


「……しかし、セルク・オリジンはアレス様に……!!」

「今はそれどころじゃないだろ!?」


 こんな状況であるのにアレスのことを最優先に考えるフロリア。まさにメイドの鏡だった。


「……心配すんな……。俺が絶対取り戻してやるから……!」 


 フロリアに安心させるために耳打ちしてやった。


「さて、それではそちらの二枚、渡していただきましょう。言っておきますが逃亡は出来ませんよ? 貴方達ではデーモンに勝てませんから」


 ハルマーチの背後にそびえ立つ異形なるもの、デーモン。

 その容姿はサスデルセルで見たものと同一の姿。

 あの時はフレスが一瞬で倒した。だがフレスがいない今、間違いなくここにいる誰よりも圧倒的な力を持つはず。

 だからこそウェイルは余計な抵抗をしなかった。


「……分かっているさ。受け取れよ、ここに置いておくから」


 ウェイルとシルグルは、まだ火の被害を受けていない無事な机の上に、慎重に絵画をおいた。

 二人は一旦机から離れる。


「交渉成立ですね?」


 ハルマーチが机に近寄って二枚の絵画を手にし、恍惚といった表情で絵を見回していた。

 満足したのか、絵画を両手で抱え込むと、鋭い視線をこちらに向け言い放つ。


「……それでは撤収としましょう。さて、デーモンよ。貴方はここの片付けです。彼らを始末しなさい」


 予想通りの台詞に、ウェイルは苦笑を浮かべる。


「とことん、クズだな……」

「ええ、私はクズですよ? しかしこんなクズでもセルクの絵をコレクションでき、さらにはこの都市の王になれるというのですから、この世界は不思議なものですよねぇ?」


 ハルマーチの背後にいたデーモンが、三人の前に立ち塞がった。


「それでは皆さん、ごきげんよう。機会があったらまたお会いしましょう」


 そう言い残し、ハルマーチは姿を闇にくらました。


「ウェイルさん、どうします……?」

「どうもこうも……なぁ。このままじゃ全員やられてしまう」


 目前に迫ったデーモンにウェイルが短剣を向け、そして言う。


「フロリア、シルグル。ここは俺が時間を稼ぐ。その隙に二人は脱出しろ!」

「そんな! ウェイルさん!」

「シルグルさん! ここはウェイルさんの言う通りにしましょう! 早くここを出て援軍を呼ばないと!」

「しかしウェイルさんを見捨てるわけには……!」

「見捨てるんじゃない! 助けを呼びに行くんです!!」


 ウェイルの身を案ずるシルグルを無理やり引っ張って、フロリアは走り出した。


「さすが十九歳でメイド長になっただけはあるな……。いい判断だ……!!」


 ぼそりと呟き、そして改めてデーモンを見た。

 目を赤く煌めかせ、じりじりと距離を詰めてくるデーモン。


「……お前と闘うのは久々だな……! 掛かってこいよ!」


 短剣型神器『ベルグファング』を覚醒させ、ウェイルはデーモンへと切り掛っていった。





 ――●○●○●○――





 燃え広がる部屋の中、激しい戦闘が行われていた。

 と言ってもほぼ一方的な戦いだ。

 薄汚い翼を広げたデーモンが、突進攻撃をウェイルに浴びせ続けている。

 どうにか氷の剣で凌ぎ続けてはいるものの、それもいつまで続くか分からない。


「くそっ!!」


 デーモンの角や爪がウェイルの氷の剣と交わる度に、その衝撃で腕が震えた。


「そろそろまずいか……」


 相手は底知れぬ持久力を持つ悪魔。

 対するこちらは普段ルーペ程度しか持たぬ鑑定士である。

 勝敗は火を見るよりも明らかだった。


「グウオオオオオオオオオオオオ!!!」


 デーモンが咆哮を上げ、ウェイルに飛び掛る。


「……くっ!!」


 かろうじて受け止めたものの、腕の力が限界を迎えていた。

 衝撃で痺れ、腕が上がらなくなっていた。


(限界か……)


 ウェイルがそう悟ると同時にデーモンが容赦なく飛び掛ってきた。


 ――その時だった。


「お待たせ! ウェイル!!」


 聞き慣れた声と共に、巨大な氷の塊が壁をぶち破り飛んできた。


「……よく来たな……フレス……!!」

「シルグルさんが戻ってきたからね! 消火もほとんど終わったし、急いで駆けつけてきたんだよ!!」

「そうか……助かったよ」


 どうやらシルグル達は無事に脱出できたようだ。

 ウェイルはフレスの頭を撫で、フレスも嬉しそうに応じていた。


「グググオオオオオオオ!!!!」


 デーモンは何とか起き上がると、こちらへ向けて怒気を孕んだ咆哮を上げる。

 だが怒っているのはデーモンだけではなかった。


「……ボクの師匠をこんなに傷つけて……。……許さないよ」


 フレスの顔から笑みが消える。

 代わりに青白い光がフレスを包み、腕をデーモンへと向けた。


「――はああぁぁぁ!!」


 フレスの掛け声と共に、腕から巨大なツララが出現。

 デーモンは避ける間もなく、ツララの串刺しとなり息絶えた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 フレスが肩を落とし、そしてそのまま膝も地に着ける。


「おい、フレス! 大丈夫か!?」

「どうしてかな……? やけに疲れたよ……」


 フレスはそう言い残すと、糸が切れたかのように意識を失った。


「おい、フレス! しっかりしろ!!」


 抱きかかえるような形となったウェイルは、フレスに何度も声を掛け続ける。

 そんな中、またも爆発音。

 美術館が揺れるほどの爆発音が轟き、美術館は徐々に崩壊を始めた。


「何故だ!? 火はフレスが消し止めたはず……!?」


 立ち上る炎の熱を感じる。


「くそ!! 結局何も出来ず終いかよ!!」


 結局ルミエール美術館は破壊される。

 この事実にウェイルは自分の無力さに歯がゆさを覚え、八つ当たりをするかのように絶命したデーモンを蹴り付けた。

 

 ――カラン……。

 

 蹴り付けた衝撃でデーモンから何かが転がり落ちた。


「……なんだ……?」


 ウェイルはそれを拾い、まじまじと見つめる。

 

「――これは――!?」


 そして理解した。一部を除き全てが繋がったのだ。


「……そういうことか……!!」


 ウェイルは急いでフレスを抱きかかえ、崩れ行く美術館から脱出した。



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