『燃え盛る都市』とフレスの異変
王宮から煙の上がる城下町へ急いで駆けつけた三人は驚愕を隠しきれなかった。
「……なんてことだ……!!」
あちらこちらから火の手が上がり、多くの市民や兵がバケツを回して消火活動にあたっている。
その光景はさながらセルク・オリジン『燃え盛る都市』そのものだった。
「……間に合わなかった……」
フロリアが舌打ちする。
アレスは事前にこうなることを予期し、火災の予防、対策をフロリアに命じていたようだ。
フロリアも兵に命じて不審人物の捜索などを行っていた。
だがその監視の目を掻い潜り、発生したこの火災。防ぐことに失敗した。
フロリアはまんまと敵に出し抜かれたということだ。
「ウェイル! あそこだよ!!」
フレスが指差した場所は、ヴェクトルビアに駐在している治安局支部であった。
治安局支部周辺の建物全てに火の手が回り、消火活動も間に合わない状況だ。
「ウェイルさん! どうしますか!?」
フロリアの問いは省略されているが、具体的には『今すぐ消火活動を手伝う』か『犯人を探索するか』である。
「フロリア、お前は犯人を追え! 俺たちも消火活動を終えたらすぐに向かう!」
「了解しました!」
ここで時間を食うわけにはいかない。
二手に回って行動する方が効率的だ。
フロリアは走るスピードを上げ、火の手の上がる城下町へ消えていった。
火の回りは予想を超えて早かった。
市民の懸命な消火活動も、上がる火の手の多さに押されている。このままでは全てが灰になる可能性だってある。
「……これじゃ間に合わないな……」
バケツの水程度じゃびくともしない炎の壁を前に、数人の市民が戦っていた。
「くそ……消えない……!!」
「水を早く汲むんだ!!」
活動もむなしく、炎は吹き抜ける風を受け、力を増すばかりである。
ウェイルが彼らの前に出る。
「どいてろ。お前らは早く避難しろ」
「あ、あんたは……?」
「いいからさっさと逃げろ!」
消火活動にあたっていた市民を逃がした。
衆人環視の元、ウェイルがフレスに命じる
「フレス! 頼むぞ!」
「任せておいて!!」
フレスが両腕に力を込めると、腕は次第に青白い光に包まれた。
青白い光は、その辺り一帯を急激に冷却する。
「みんな! 少し下がってて!」
フレスが両腕を火の手に向かって突き出す。
「――えい!!」
青白い光は空を切ると、それは大量の水となり、火を飲み込んだ。
その水は一瞬にして炎の壁を消し去り、後には燃えカスの煙だけが立ち込めていた。
「フレス! この調子で他の場所も頼む! 俺は治安局の援護に向かう!」
「了解!」
驚く衆人を無視しつつ、フレスにこの場を任せ、ウェイルは治安局支部へと向かった。
「おい、ステイリィ! いるか!?」
「――ウェイルさん!?」
局員の指示で忙しそうなステイリィが目を丸くさせてウェイルを見た。
「良かった、無事か。被害状況は!?」
「今のところ死者はいません! ただ全焼した建物が四棟、半焼が十八棟あり、いまだ消火活動の最中です!」
「分かった。消火活動は俺に任せろ! 火の手の上がった場所を教えろ!」
「……はい!」
ステイリィはフレスの力を知らない。
しかし尚、ウェイルを信頼して地図に火災現場を書き入れ渡してくれた。
「この地図の記された場所で未だ火の手が上がっています! ウェイルさん、どうかお願いします!」
「任せろ。そうだ、ステイリィ。局員の何人かに指示を与えてくれないか?」
「何をですか?」
「この火災現場に、ハルマーチを見たものはいないかの聞き込み、そして本人がいたらすぐに連絡、この二点だ」
「……それは今回の事件に関係があるんですね……?」
少し間をおいてステイリィが尋ねてくる。
「――ああ。間違いなくな」
ウェイルは即座に頷いた。この事件は治安局にも協力してもらう必要がある。
「分かりました。必ずハルマーチを探して見せます」
二人は一瞬だけ視線を合わせ頷きあうと、そしてそれぞれの任務に戻った。
「上官! 今の男は一体……?」
「私の命の恩人で、私に生き甲斐を与えてくれた人だ。信頼できる。そんなことよりさっさと仕事に戻れ!」
「すみませんでした!!」
「……はぁ……」
ステイリィは部下を怒鳴った後、ウェイルが出て行った扉を見つめ、ため息をついた。
「あの人はいつでも事件の中心にいるんだね……。私の時だって――」
――●○●○●○――
「フレス! この先の角を曲がったところだ!」
ステイリィの地図に従い、ウェイルとフレスは消火活動に回っていた。
「ここだ! フレス、頼んだぞ!!」
「うん! …………はぁ!!」
青白い光が水に変わり、炎を飲み込む。
炎は見事に鎮火し、消火活動に当たっていた人々から唖然と歓声が飛んだ。
「はぁ、はぁ、これで十三件目だね……!!」
さすがのフレスも力を使いすぎたのか、肩で息をしている。
「後三件だ! フレス! もう少しの辛抱だ!」
ウェイルはそんな彼女の背中を摩りつつ、労いの言葉を送った。
「う、うん……! ボク、頑張るよ……!」
そう答えるフレスだが、その息遣いは荒い。
「はぁ、はぁ、どうしてだろう……? いつもならこれしきのことじゃへばらないのになぁ……」
フレスは自分の手のひらを眺め、首を傾げていた。
「フレス! きついかも知れないが休んでいる暇はない! いくぞ!」
「うん! よ~し! 次もかっこよく消火するよ!!」
フレスの疲れの色は濃い。
フレスは気丈に振舞ってはいたが、ウェイルにはお見通しだった。
(……フレスの言う通り、何かおかしい……。龍のこいつがこれしきで疲れるはずがない……)
フレスは龍なのだ。無限の生命力を持つ、神獣の中でも最上位の存在。
そんな彼女が少し力を振るっただけで、これほどまでに疲労するとは……。
ウェイルの不安要素が、また一つ増えたのだった。
――●○●○●○――
「フレス、あれが最後の現場だ!」
ウェイルが指差す先、そこは――ルミエール美術館だった。
「くそ、寄りにもよって最後が美術館なんて……!!」
美術館は他の火災現場から比較的遠い場所に存在した。
近い順番に進むと、必然的にここが最後になる。
「ウェイル! ボクが消火している間にシルグルさんを探して!」
「ああ!」
この火災である。もうすでに逃げているかも知れない。
(だがシルグルはここの館長なんだ……。恐らく……)
野次馬を掻き分け、シルグルを探す。
だがやはりと言うべきか、その姿はどこにも見当たらない。
「やっぱりか……!!」
ウェイルの予想は的中していた。
シルグルは未だ火の手の上がる美術館から脱出していない。
ルミエール美術館という大陸屈指の美術館の館長なのだ。
中に所蔵されてある美術品の価値を知らない訳はない。
おそらくシルグルは美術品を守るため、未だ館内で作業をしているのだろう。
ウェイルはシルグルを捜索する為、ベルグファングを腰に巻いた後、燃え盛る美術館へ突入した。
――●○●○●○――
「おい! シルグル! いるか!?」
美術館内でシルグルを探し叫ぶウェイル。
館内は煙で視界が悪く、ウェイルは極力煙を吸わないように移動していた。
「おい、シルグル! おい――」
「――ウェイルさん!? 私はこっちです!」
煙の奥に見える扉。そこからシルグルの声が聞こえてきた。
「無事か!? 早く脱出しろ!!」
「できません! このセルク・オリジンとセルク・ラグナロクを守らねば! 例え私の命に代えても!」
館内にはまだ火の手は上がっていない。しかし、いつ炎が襲ってくるか判らない状況だ。
フレスは必死に消火活動を行っている。だが疲労しているフレスの力がいつ限界を迎えてもおかしくはない。
確実に安全だと言える状況ではないのだ。
ウェイルは煙を掻き分け、シルグルのいる部屋に入った。
「ウェイルさん! この二枚の絵画です!」
ウェイルの目に映ったのは二枚のセルクの絵画。
一枚はセルク・オリジン六作目『立ち向かう民』。
そして二枚目はセルク・ラグナロク。セルク最後の作品。
それは五体の龍が、太陽の中心として回りくねっている絵画。
「これを燃やすわけには行かない! どうにかして運び出さなければ!」
「手伝おう! シルグル、俺はオリジンの方を持つ。お前はラグナロクを!」
「はい!」
ウェイルがセルク・オリジン『立ち向かう民』を手に掛けたその時。
(――そうか……!!)
ウェイルは理解した。
王宮で覚えたセルク・オリジンに対する違和感。
そしてこの六枚目。
(……この六枚目にもデーモンは描かれていない)
五枚目に描かれていたデーモンが後の二作に描かれていないなんて有り得るのだろうか。
そう考えると、一つの結論が生まれる。
(こいつが本物であるならば……あれは……)
「――ウェイルさん! 危ない!!」
ウェイルが思案したとき、シルグルが叫ぶ。
「――っ!!」
ウェイルは咄嗟に身を翻し、迫りくるそれを避けた。
「ち、しくじったか……。だがまあセルクの絵が燃えなかったんだ。よしとするか」
背後にはそれにぶつかった本棚が燃えていた。
ウェイル達の目の前に現れた明確に敵意を向けてくる、一人の影。
それは――今回の容疑者、ハルマーチ本人だったのだ。