龍と鑑定士
あの事件から、もう二年が経った。
このアレクアテナ大陸は、相変わらず芸術で満たされ、さらに繁栄を続けている。
フレスは今、どうしているだろうか。
まだ戻って来られないのだろうか。
その事ばかり考えていたら、二年という月日はいつの間にか過ぎていた。
俺は今、フレスと出会う前と同じように、一人で鑑定の旅を続けている。
静かな一人旅は嫌いじゃないが、今は賑やかだった二人旅がとても恋しく思える。
そんなこと、フレスに出会う前では絶対に思わなかったことだ。
改めて自分の中の、フレスという存在の大きさに驚いている。
あれから、俺の周囲は随分と変わった。
まずテメレイアだが、鑑定業務の第一線から退き、自分の企業経営に集中することにした。
プロ鑑定士の資格を捨てたわけじゃないので、時折鑑定業務に携わることもあるが、それを生業にするのは辞めたそうだ。
没落したウィルハーゲン社の再興を目指し、大陸中を忙しなく飛び回っているらしい。
頻繁に妙なお土産を持ってきては、愛の告白をしていくのは、毎回断る側としては少々胸が痛い。
そして断る度に、喜々とした顔で帰っていくものだから、困りものだ。
ステイリィなんて、大変なことになっている。
「副長官~、この書類にサインしておいてくださいね~」
「嫌だ」
「いや、嫌と言われましても」
「ううう、どうしてこんなことになったんだ! なぁ、ビャクヤ、教えろ!!」
「仕方ないでしょう? 大幹部達は皆さん御歳だったんですから。定年退職ってやつですよ。上がいなくなれば、下は繰り上がっちゃうのは当然の事。繰り上がりの一番上にステイリィさんがいたんですから、こうなるのは必然です」
「だからといって、どうして私が副責任者なんだぁあああああああああああああ!!」
「副長官、叫んでるとこ悪いですが、これから会議です。すぐに支度してください」
「うう、悪夢だ…………!!」
ステイリィは、なんと治安局副責任者の地位についている。
名実ともに治安局のナンバー2だ。
ビャクヤも引き続き彼女の秘書を続けているらしい。
噂では虎視眈々とステイリィの地位を狙っているそうだが、ステイリィから言わせれば早く代わって欲しいという。
イレイズは故郷を繁栄させるために、尽力している。
部族都市クルパーカーは、イレイズの提案が元でダイヤモンドの精錬技術を利用した商売を始めて、膨大な利益を得た。
おかげでクルパーカーの発行している貨幣『カラドナ』は、以前の十倍の価値にまで跳ね上がっている。
価値が上がった際、一度紙幣を新規デザインに変更したのだが、なんとこのデザインにはサラーの顔が用いられている。
サラーが見たらさぞ驚き、怒り、そして照れることだろうさ。
ギルパーニャとイルアリルマは、共同で鑑定士事務所を開いている。
これが中々に評判がよく、ギルパーニャの明るい性格とイルアリルマの人当りの良さのおかげか、常連客もかなり増えたらしい。
もっとも、単純にギルパーニャとイルアリルマに会いたいという下心を持つ客も多いそうだ。
商売敵が増えて、困った鑑定士も増えたと聞く。
アムステリアだけは以前と同じで、一人のんびり鑑定業を続けている。
ただ、最近は占いに力を入れているようで、シュクリアはそこの常連になっているらしい。
何でも娘シュクリムの、未来に授かるであろう娘の名前を、今から占いで決めようとしているようだ。男が生まれることは考えてもいないらしい。
娘からしたら何とも迷惑な話だろうが、実にシュクリアらしい。
「アレス、フロリアの様子はどうだ?」
「他のメイドの千倍は役に立つな。セルクの知識も豊富だし、文句はない」
「エヘヘ、そりゃ他のメイドとは鍛え方が違いますからね! 色んな意味で!」
「そりゃ他のメイドは贋作の作り方なんて知らないだろうしな」
フロリアはまたアレスの元で働いている。
勿論、役職はメイド長だ。
また騒ぎを起こさねばいいが。
ちなみにあの時に回収した『セルク・ラグナロク』は、ちゃっかりフロリアが持ち帰ったらしい。
最後に、長い間鑑定を続けて来たカラーコインのこと。
カラーコインは全て回収し、しっかりとルーフィエ氏にお返しした。
その際、最後の一枚もついでにプレゼントしたら、彼は泣いて喜んでいた。
「ウェイルさん、この度は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそ長い間借りていて済まなかったよ。もっと早く返せればよかったんだが」
「いえいえ、盗まれた時はまさか全部揃って帰ってくるとは思いもしませんでしたし。それにね、実は私、カラーコインは帰ってこなくても良いと思ったのですよ」
「ん? それは何故?」
「だって、カラーコインのおかげでウェイルさんと知り合うことが出来ましたから。貴方はアレクアテナ大陸最高の鑑定士ですよ。貴方とこうして出会えて、共に趣味について語り合うことが出来た。この同志と語り合うという時間、これこそがコレクターにとっては至福の時間なのです」
ルーフィエ氏が最後にこう言ってくれたことが、鑑定士をしていて良かったと思える瞬間だ。
――二年。
とても長いようで短かった二年。
時折、酷い寂しさを感じたよ。
いつも隣にいて、笑顔をくれたお前がいないのは、胸にぽっかりと穴が空いた気分だった。
とても騒がしく、よく食べ、よく笑うお前に会いたい。
そしてまた旅がしたい。
こうやって一人で汽車に乗っていると、いつもそればかりを思ってしまう。
フレスは約束を守ることを、俺は知っている。
必ず帰ってくるんだろ?
その時は俺も約束を守ろう。
くまのまるやきを、用意してやろうじゃないか。
お前が帰ってきてくれるのなら何だってしてやる。
だから早く帰ってこい。
また一緒に、旅をしよう。
――龍と鑑定士の、長い長い旅の続きをさ。
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――フェルタリア王城。
「……う、う~ん。……あれ? ボク達……? 帰って来れた!?」
「――ウェイル! 今、帰るからね!!」
―― 龍と鑑定士 完 ――
――そして――二人の旅はもう少し続く。