表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編 『龍と鑑定士の、旅の終わり』
491/500

最後の恩返し


 ――演奏終了まで、残り7分30秒。



「お久しぶりね、イドゥ?」

「こちらとしては会いたくなかったがなぁ、アムステリアよ」

「娘に会いたくないだなんて、父親失格よ?」

「とっくの昔に失格判定を受けているぞ。ワシは何人もの息子娘達の死を見てきたのだからな」


 ふうっと嘆息し、イドゥは天井を仰いだ。


「……今回のことでも、何人もな」

「イドゥ、それは貴方のせいでしょう?」

「そうだな。ワシのせいだ」


 その声は少し切なげではあったが、反面冷たくもあった。


「ワシは酷い人間だ。捨て子や孤児を集め、父親面して自分の都合の良い様に教育した。皆ワシを父親と呼び慕ってくれたが、それを利用して手駒にしてきたのだから。ワシにとってはただの駒に過ぎんかった」

「私もその中の一人だったけどね。それでも私は貴方に感謝していた。リグラスラムで、ルミナステリア共々暴漢から助けてもらったあの時から、その気持ちを忘れたことはないわ」

「あれだって、元々目をつけていた才能を是非とも我が物にと、そういう下心があったからしたまでのこと。下心だけで言えばお前達を襲った男となんら変わりはない」

「そうだとしても、よ。私達孤児は恩人である貴方の為ならば何だってする。したい。その話を皆にしても、きっと同じ答えが返ってくると思うわ。そこまで想われるほど、貴方は立派な父親だった。……そして貴方も、その事が嬉しかったのでしょう?」

「……ああ、嬉しかったさ。自分みたいな贋作士崩れが、こんな善人ぶったことをしてな。皆がワシを慕い、嬉しげに笑顔を向けてくる。なまじ自分が真っ当な人間にでもなった気分になってな。いつの間にか自分は父親らしく振る舞わねばならないと、そこまで考えさせられたよ」

「今はどうなの? 私達のことは駒だと思ってるのかしら?」

「……駒だ。そう、駒だと思いたい。だが、そうは出来なくなってしまったよ。ワシは真っ当な人間ではないが、真っ当な人間にはなりたかったのだ。……ワシは父親という真っ当な人間の立ち位置に、恋焦がれていたのかも知れん」

「なら貴方は立派な父親よ。自信を持った方がいい」


 久しぶりの恩人との会話に、少しばかり楽しいとさえ思ってしまう。

 やっぱり自分は今でもイドゥのことが好きだったのだ。

 でも、だからこそ、けじめをつけねばならないこともある。


「貴方は立派な父親。だからこそ、貴方は今何をしなければならないのかしら?」

「……何を、か。無論、メルフィナの野望を叶えてやりたいとは思う。その野望はワシの野望でもあるからな。この腐りきった世界を浄化するという、ワシの悲願だ――」


 そこまで喋り、一度イドゥは言葉を切る。


 ――そして。


「――だが先に父親としてせねばならんことがある」

「それは一体何?」

「ワシの為に死に、そしてお前達のせいで死んだ――可愛い息子娘の仇討ちだ!!」


 バチバチと音を立てて、イドゥの右手周辺の次元が歪む。

 その中から一本の長い槍が姿を現し、それを握りしめた。


「私のやるべきこと。それは間違った道へと進み始めた恩人を、真っ当な人間のままに死なせてあげること! それが私なりの恩返し! 来なさい、イドゥ。今こそ貴方に恩を返すわ!!」


 ヒュンと足で空を切り、臨戦態勢を整えるアムステリア。


「我が槍を避けることは出来ん!」


 イドゥの持つその槍は、あの時自分達を襲った暴漢を殺した槍。

 ほぼゼロ距離に近い場所から、突然現れる槍だ。

 事前の予測がなければ避けることすら敵わない。


「お前さんのことだ。避けられないなら身体で受けると、そう考えているかも知れんが、それは止めておけ。理由は判るか?」

「ええ。持っているのでしょう? 私の『無限龍心(ドラゴン・ハート)』の力を弱める神器を。その力には何度も痛い目にあったわ」

「神器『星牢獄の宝球(ゾディアスフィア)』。こいつがワシの手元にある限り、お前は普通の人間だ。槍も受けられんし、避けられん。いくら問題児のお前さんでも、今回は厳しいのではないか?」

「避けられない? ええ、私だけではそうでしょうね。だけど――リル!」

「はい。察覚で僅かですが時空の歪みを検知できます。テリアさん、三歩下がった後、一メートル程真上に飛んでください」


 イルアリルマの指示通りに身体を動かす。

 見事にイドゥの槍は目の前と、そして足元を通過した。


「へぇ、予想はしてたけど、一本ではないのね?」

「……一発で気づくか。やはりワシの娘の中でも一番の問題児だっただけのことはある。凄まじい洞察力だよ。ならば」


 イドゥの視線がアムステリアから、後ろにいたイルアリルマの方へ向く。

 イルアリルマの周囲の時空が歪む。

 それを察知し、イルアリルマは軽い身のこなしで避けながら、ズンズンとイドゥの方へ迫った。


「お久しぶりですね。尤も貴方は私を覚えているかは判りませんが」

「……申し訳ないが、覚えていない。どこかで出会ったかな?」

「貴方がルシカに視力を与えた時のことを覚えていますか? 私はその時逆に視力を奪われた方の者です」

「……おお、そう言えばハーフエルフの少女を利用したな。思い出した。なるほど、その時の少女か」

「思い出していただけましたか? それは光栄です」

「その少女がどうしてここまで来たのか。視力を奪われたことへの復讐か?」

「いいえ、視力については別にいいんです。私は視覚と触覚、この二つを失くしたことで、逆に多くのことを知り、また経験しました。そのおかげでプロの鑑定士さんにもなれちゃいましたし」

「ならば何用だ?」

「二つです」


 指を二本立てて、ニッコリと微笑んだ。


「一つはルシカのこと。私の大切な親友の人生を狂わせたこと。もしかしたらルシカは幸せだったのかも知れません。ですけど、貴方と出会わなければ、彼女はもっと幸せになれたかも知れません。少なくとも最後は親友の手でということは無かったと思います」

「……二つ目は?」

「二つ目は、私の母のことです。と言ってもこれは貴方一人だけのことでは無いかも知れませんが。私の母は『不完全』に裏切られ、奴隷として売られました。その結果出来たのが私と言う存在です。私は母のことが嫌いでしたけど、それでも母に苦しい思いをさせた者を許せない。貴方一人に全て罪を着せるのも酷い話かもしれませんが、貴方を倒すことで仇討ちとさせて下さい」

「……よかろう。是非そうしなさい」

「感謝します」


 ぺこりとイルアリルマを頭を下げ、頭を上げた瞬間にすぐさま横へステップを踏む。

 無限とも思えるようなほど、イドゥの槍は様々な空間から連続して現れる。

 何処からどの角度で現れるか、それを察するイルアリルマの指示で、アムステリアは難なくと言った様子で槍を避けていた。


「ほう、やるの。実は今槍を四本使っておった。ワシは全部でこの神器を十本持っていてな。一本はさっきフロリアに折られてしまったが、後五本ほど追加して使用できる。これを躱すには当然そこのハーフエルフの指示がいるだろうが、果たして指示が間に合うかな?」


 時空と空気を斬り現れる槍の数は、今の時点で四本。

 もしこれが後五本追加となれば、攻撃の手数は今の倍以上。

 到底避けることも、ましてや全てに指示を出すことも不可能だ。

 だが、それを知ってもアムステリアとイルアリルマの表情に陰りはない。

 むしろ上等だと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「『裂け目隠れの聖槍(パラレル・グングニル)』九本全てだ! 奴らを串刺しにしろ!」


 ビュンビュンと飛び交う槍の数が倍以上に。

 もはやその様子は四方八方から集中砲火を受けている格好だ。


 ――だがしかし。


「……当たっておらん……!? どういうことだ!?」


 当たっていない。それどころか掠りもしていない。

 一撃必殺の槍の集中砲火の中、二人は一滴の血も流すことなく、ゆっくりとイドゥに近づいてくる。


「な……何故だ!?」


 目の前に迫った二人に、イドゥが狼狽え、一瞬だが槍の雨に隙が出来る。


「今です! テリアさん!!」

「うらああああああああああああああああああああ!!」


 ――ズンッ……!!


 鈍い音がイドゥの身体から響いた。


「ご、ごはっ…………!!」


 イドゥは身体をくの字に曲げ、崩れ落ちる。

 今の蹴りで、イドゥの肋骨が何本か折れて内臓に突き刺さった。

 堪らず口から血を吐き、痛みで呼吸も絶え絶えになる。

 それと同時に二人を襲う槍は姿を消していった。


「……な、何故……!?」


 虫の息となりつつも、イドゥはそう問うてきた。


「ルシカの力をお借りしたんです」

「る……るしか、の……?」


 イルアリルマは首から下げていたネックレスを外して見せた。


「……それは……ルシカの、神器……!?」

「彼女の遺品(イマジン・イメージ)です。私が貰うことにしました。この神器の力で、私の感覚をテリアさんに、そしてテリアさんの感覚を私に、互いに感覚を共有したんです。ですから私が指示を出さずともテリアさんは槍の場所が判るし、私もテリアさんと同様に機敏に反応できました」

「……そ、それには……エルフの薄羽がいるはず…」

「ええ。だから使っていますよ。ハーフエルフである私自身の薄羽を、ね」


 そのネックレスの中央には、入れたばかりのイルアリルマの薄羽が光っていた。


「イドゥ。苦しいと思うけど、もう大丈夫。すぐに楽にしてあげるから」

「…………!!」


 本格的に口から血が溢れ、自らの血で溺れそうになっていた。


「イドゥ、最後に聞いて欲しいの」


 ふっと表情を緩めたアムステリア。

 その時の彼女の目は、イドゥがずっと恋焦がれ続けてきた、娘が父親に向けて送る視線。


「貴方がいなければ、私はあの時リグラスラムで死んでいた。この命は貴方に貰ったもの。だから私は親孝行がしたかった」


 何故だろうか。


 アムステリアの言葉を聞いていると、痛みがすぅっと消えていくこの感覚は。


「『不完全』にいた時も、脱退した後も。ずっとずっと貴方に会いたかった。会って恩返しをしたかったの……!!」


 アムステリアの瞳から、大粒の涙が浮かび、その涙は血に汚れたイドゥの顔を洗っていく。


「まさかこんな形で、恩を返さないといけないなんて思いもしなかった。本当はこんな恩返しじゃなくて、もっとイドゥが幸せになる、そんな恩返しをしたかったのに……!!」


 ――ああ、可愛い娘が泣いている。


 リグラスラムで出会ったあの時の様に、頭を撫でてやらなくては――

 

 震える手を伸ばして、アムステリアの頭に手を置いた。


「…………イドゥ!!」


 懐かしいあの時の手。

 最初はキョトンとしたけれど、本当はとても嬉しかった手。

 堪らず、イドゥを抱きしめた。


「イドゥ、イドゥ!! イドゥ!!」


 もう名前しか出てこない。


 子供の様に、流れ出る涙を隠すこともなく、ただ感情のままに恩人の名前を呼んだ。


 ぽんぽんとアムステリアの肩が叩かれた。


 震えるイドゥの身体から離れると、イドゥはさらに多くの血を吐いた。


 苦しい筈だ。 それは彼の吐いた血の量を見ても判る。


 それでもイドゥは最後まで、ニッコリと父親が娘に向ける笑顔をアムステリアに向けていた。


「……イドゥ。これが私の恩返し。受け取って……!!」


 アムステリアはイドゥの心臓の上に、そっと手を置いた。


 そして泣きながら、最後は彼女も笑顔を彼に向けて、そして言った。





「私を救ってくれて、ありがとう――――お父さん……!!」




 クッと手のひらに力を込める。

 それだけで老いた人間の心臓を止めるには十分であった。

 だらりと力なく腕が落ちる。

 アムステリアは手拭いを取り出して、イドゥの顔の血を拭ってあげる。

 そして頬っぺたにそっとキスをして、立ち上がって自分の涙を拭った。


「……後、何分くらい?」

「おそらく三分くらいです」

「そ。そのネックレスでイドゥの記憶の情報はとれた?」

「はい。大丈夫です。……それで……あの、私なんて言ったらいいか……」

「リル。それは全部後回し。今はすべきことをしないとね」

「そ、そうですね……。……テリアさんって本当に強いです」

「アハハ、今更そんなこと言われてもね。知っていたでしょ?」


 それは気丈な口調であったが、彼女の肩は小さく震えていたことを、イルアリルマは知り、そして見ていないふりをすることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ