龍を糧に
突然起きた爆発。
そちらに目を取られた、僅か一瞬の出来事。
「…………え…………?」
メルフィナ自身、たった今何が起こったのか理解できていなかった。
ただ一つ判ったのは、自分の肩から強烈な痛みが沸き上がっているという、その一点だけ。
「な、何が……!?」
咄嗟に身の危険を感じて、風の力を利用してウェイルとの距離を取る。
そして何が起こったのか、その目で見た。
「……け、剣が復活している!?」
肩から感じる強烈な痛みの原因は、それなのだろうか。
腕に力が入らないということではない為、傷はそんなに深くはないのだろうが、気が遠くなりそうなほどの痛みだった。
「くっ……、どうして剣が……!? い、今にも砕けそうだったじゃないか!!」
それが今や、その剣は爛々と煌めき、凍てつく冷気を放っている。
「ああ、お前の言う通り砕けそうだったな。だが忘れるな? 三種の神器を使っているのはお前だけじゃない」
「……まさか……!!」
心当たりの方を向く。
爆発によって生じた煙の中から、輝く本を持ったテメレイアが現れる。
「間に合ったようだね、ウェイル」
「ああ、助かったよ」
「……『アテナ』で氷の剣に魔力を注いだのか……!?」
「そういうことさ。君だけ三種の神器を使うなんて卑怯だろ?」
「デーモン達は……!?」
「メルフィナ、君はこの僕を甘く見過ぎだよ? 自分で言うのも気は引けるけど、僕はエリートプロ鑑定士だよ?」
「それも頭に超が三つくらいつくレベルのな」
ジャラリと手に持ったガラス玉を転がして、メルフィナに向かって放り投げる。
テメレイアが何かを口ずさんだと思ったら、直後に爆発が起きた。
「けほ、けほ……、爆弾を使うのか……!!」
「リサーチ不足だよ? アテナを所有しているということは、これくらいも出来るということを予想しておかないとね」
煙が引き、後にはテメレイアによって粉々になったデーモンの死体が転がってた。
「形勢逆転だな? メルフィナ」
テメレイアがウェイルの横に付き、ウェイルは剣先をメルフィナに向ける。
――だが。
「逆転? あは、あははははははははは!! 何言ってんだよ、ウェイル! 最初に言ったはずでしょ!? これは全部暇つぶしなんだってね!!」
突如大声で笑い始めるメルフィナ。
肩から流れる血を救い、舐めながら笑うその姿は、まさに不気味を通り越して異様。
「あー、痛い。ま、これくらいの傷ならすぐに治るし、時間を稼ぐための必要経費だと思うことにするよ」
「時間稼ぎ……!!」
「そうさ。最初に言ったじゃないか。準備をするってさ! そして今、最後の準備が終わったみたいだよ!?」
メルフィナがそう叫んだ直後、バンと扉が開かれた。
「待たせたな、リーダー」
「イドゥ、お疲れ様。ティアは?」
「一緒におるぞ」
イドゥの背中に背負われていたのは、金色の髪を携えた少女。
光の龍、ティマイアに違いない。
「光の龍がいるということは……!!」
「まさか二人は……!!」
フレスとミルは、一体どうなったのか。
その答えは、すぐに判った。
イドゥと共に現れた、二体のデーモン。
そのデーモンの姿には見覚えがある。
「龍殺しだと……!?」
「ウェイル! 龍殺しが! フレスちゃんとミルを!!」
龍殺しはそれぞれフレスとミルを掴んでいた。
龍殺しの能力で力が抜けているのか、二人の目に光はなく、表情も虚ろになっている。
「フレス!! ミル!! 今助ける!」
「ウェイル、駄目だ!! 今はまだ待つんだ!」
今すぐにでも走り出そうとしていたウェイルを、テメレイアが引き留める。
「何言っている!? 龍殺しは龍の天敵だ! あいつらをどうにかしないとフレス達は!!」
「その龍殺しは今、二人を掴んでいるんだ! ウェイルがあいつらを殺すのと、あいつらが二人を握りつぶすの、どちらが早いか君にも判るだろう!!」
「……クッ……!!」
すでに龍殺しの手の中に二人はいる。
どちらが先に命を奪うか、誰が見ても明白だ。
「様子を窺うんだ……!! 絶対に助けるチャンスは来る……!!」
「――チャンスは来ないと思うよ!」
テメレイアの台詞を聞いて、メルフィナは笑った。
「だってさ、今から龍達は、フェルタクス起動の生贄になるんだから。上を見なよ」
メルフィナが指を差したのは、光り輝くフェルタクスの先端。
よく見れば、そこに何かの影がある。
そして気づく。その影の正体。
「……ま、まさかあれは……――サラーじゃないのか!?」
「そそ、正解!」
「サラーに一体何をした!?」
「今はちょっと眠ってもらっているだけだって。もっとも今からは生贄になってもらうんだけどね。君達も見たでしょ? 『セルク・ブログ』。セルクはあの中で、フェルタクスの起動方法をしっかりと記していたんだよ。セルクの詩の中にあった、龍を糧にって意味は、まさにこのこと! 龍の魔力を使って、フェルタクスは完全に目が覚めるんだ!」
「……そのためにサラーを……!!」
「炎の龍だけじゃないよ? 君達のパートナーも同じことになる」
「させるかぁあああああ!!」
「ウェイル!!」
テメレイアの制止を振り切り、一気にメルフィナの方へ走り出す。
剣の間合いに入り、思いっきり振り降ろそうとした時。
「――メルフィナに何するの!?」
「――――ッ!?」
輝く閃光が衝撃となってウェイルの身体を吹き飛ばしていた。
「ウェイル!! 無事かい!?」
「な、なんとかな……!!」
吹き飛ばされて思いっきり床に叩きつけられた。
受け身はとったものの、床は石作り。打った場所は相当痛む。
「酷い奴だね。折角メルフィナがパーティに誘ってくれたって言うのに……」
光を放ったのはティアであった。
まだ龍殺しに傍にいる影響か、かなり辛そうに歩いている。
もし彼女が絶好調ならば、今の一撃でウェイルの命は無かったかも知れない。
「大丈夫、メルフィナ……?」
「うん、ありがとね、ティア」
「……あ! メルフィナ怪我してる……! ティアが、すぐに治してあげるね……!」
よろよろと辛そうにメルフィナの肩に手を置く。
ティアが淡い光を必死にな表情で放つと、メルフィナの肩の傷はみるみる塞いで行った。
「……どう? もう痛くない?」
「うん! もう大丈夫だよ! ティア、君は本当に良い子だなぁ」
今ので余っていた力を使い果たしたのか、ぺたりと座り込むティアの頭を、メルフィナはナデナデと撫でる。
それが気持ちいいのかくすぐったいのか、ティアはとろんとした顔で笑っていた。
「ティア、僕は君のことが大好きだよ? ティアは?」
「うん、ティアもメルフィナ大好き!」
「そっか。なら僕の為に、何でもしてくれる?」
「メルフィナはティアをお外の世界に出してくれた。楽しいことも一杯教えてくれた。だからティア、何でもするよ!」
「そう。ならさ――」
「――生贄になってよ」
「――え……?」
突然のことに、ティアは自分自身に何が起こったのか、全く理解出来ないでいた。
そして理解出来ぬまま、彼女は彼女ではなくなったのだろう。
ティアの身体に、メルフィナはケルキューレを突き刺していたのだ。
「な、な、何をしているんだ、あいつは……!?」
「……龍を糧に。それは仲間の龍をも生贄って、そういうことだろうね」
冷静にテメレイアはそう言うが、その残虐すぎる光景に顔を背けていた。
何だろうか。ティアは敵だったはずだが、無性にやるせなく思ってくるのは。
「イドゥ、ありがと。いくらティアとはいえ、ここまで弱っていればやるのは簡単だったね」
「うむ。早くフェルタクスへ送れ」
「任せて~」
メルフィナがケルキューレをティアから引き抜き、天に向かって掲げると、ティアの身体はふわりと浮かんでいく。
そしてその体はサラーの隣に並び、貼りつけされたような状態となっていた。
「……胸糞が悪すぎるぞ……!!」
今の光景を見て、ウェイルは心の底から憤慨していた。
ここまでの強い感情は、『不完全』を相手にしていた時以上のものだ。
「ウェイル、ごめん、やっぱりさっきの台詞は撤回する。急がないとまずいことになる。敵の目的を考えれば、次はミルとフレスちゃんだ」
――龍を糧に。全ての龍を糧に。
ならばミルもフレスも、このままではティアの様になってしまう。
それだけは、何としても阻止せねばならない。