悪魔殺戮ショー
フロリアに対して、龍殺し達は一斉に爪を振りかぶった。
――その刹那。
「――案外いいところあるじゃない? 見直したわ」
優しい口調のそんな声が、フロリアの鼓膜に響く。
それと同時に、自分の頭上にあった悪魔達の爪が消え去るのが見えた。
「――え、どうして……?」
「どうしてって、そりゃ私が来たからね。もう大丈夫よ」
直後、ズゴオオという龍殺しの転げる音が響く。
フロリアを囲んでいた複数の龍殺しも、新たな脅威に対抗すべくフロリアの傍を離れ、その脅威を取り囲んだ。
「ルミナステリアのお姉ちゃん!?」
「アムステリアと呼びなさい。イレイズ、そこのメイドと龍をさっさと安全な場所まで運びなさい」
「……やれやれ、人使いの荒い人ですね……。それにこの女は以前私の命を狙っていた奴ですよ。助ける義理はありませんけどね」
「クルパーカーの王子様!?」
「イレイズです。ホント、どうして私がこいつを」
「いいからさっさと運びなさい。蹴られたくはないでしょう?」
「トホホ、ホント怖いお人ですよ」
グチグチ文句を言いつつも、イレイズは負傷したフロリアとうずくまったニーズヘッグを抱えて走り出す。
ある程度距離が離れたところで乱雑に降ろした。
「そこで待っていなさい。死にたくなければ」
顔も見たくない。
そうイレイズは態度で示していた。
勿論、彼の気持ちは痛いほど判るし、そうされて当然なこともした。
クルパーカー事件での確執は、消えることはないだろう。
それでも彼は自分達を助けてくれた。
そのことに感謝の気持ちを覚えないほど、まだ腐っていないと自負している。
「え、えっと……、あ、ありがとうございます」
「……御礼ならアムステリアさんとウェイルさんに。二人に恩があるからしたまでのことです」
「……うん」
それだけ答えると、イレイズはアムステリアの助太刀に戻っていった。
「ニーちゃん、大丈夫……?」
ニーズヘッグを抱き起して、様子を窺う。
「だ、大丈夫なの……。あいつらから離れて、力が少し戻ってきたの……」
ピクピクと指を動かすニーズヘッグ。
本当に徐々にだが力が戻っているようだ。
「お二人さん、危なかったねー?」
「誰!?」
「私ギルパーニャ。ウェイルの仲間で一応プロ鑑定士」
「私もいますよ」
フロリアとニーズヘッグの様子を見に来たのはギルパーニャとイルアリルマである。
「へぇ、フロリアさんってこんな顔をしていたんですね。可愛らしい」
「……あれ? 目が見えてるの? ……なるほど、ルシカを倒したんだね」
見ればギルパーニャの腕にも、見覚えのある神器がある。
「そっか。自分から裏切っておいてから言うのもなんだけどさ。……寂しくなったなぁ」
――ルシカにスメラギ。
『不完全』の時からずっと仲の良かった二人だった。
この様子だとアノエもダンケルクも同じことなのだろう。
覚悟はしていたとはいえ、実際に彼らの死の証拠を見れば、少しはショックを受けてしまう。
「……でも、これで良かったんだよね」
誰に声を掛けたでもない、そのフロリアの言葉に。
「……良かったの。これで」
ニーズヘッグだけが反応し、フロリアを抱きしめていた。
「ニーちゃん、力はどう? かなり戻った?」
「……戻ったの。もう大丈夫なの」
少しふらついてはいるが、ニーズヘッグは立ち上がれるほどに回復した。
「後はルミナスの姉ちゃんが龍殺しを倒してくれさえすれば」
一同、固唾を呑んで、アムステリアとイレイズを見守った。
――――――――
――――
「私はねぇ、今少しだけ機嫌が悪いのよ」
「そうなのですか?」
「そりゃそうよ。何せこの手で可愛い後輩をぶち殺してしまったのだから。私はね、殺しには比較的慣れているけど、慣れているだけで好きではないのよ。それも結構気に入っていた後輩をやるなら尚更ね」
「私だって機嫌は悪いですよ? 故郷の仇の一端である女を、助けてしまったのですから」
「別に助ける必要はなかったのよ? 奴を巻き込んでも良かったのなら」
「……それも後味が悪そうでしてね。だからアムステリアさん、貴方に強要されて、ということで自分を納得させることにします」
「私を出汁に使うってことね? 別に構わないわよ。おかげでまた少し不機嫌さが増したけど」
迫りくる龍殺しの腕をジャンプで回避して、そして。
「こいつら全員ぶち殺して憂さ晴らしすることにするわ!!」
龍殺しの脳天にかかと落としを喰らわせた。
「そのアイデア、いただきです」
硬質化した腕を龍殺しの顔面にぶち込みながら、イレイズも賛成する。
呑気な会話をしながらも、二人は龍殺しの攻撃をいなしながら、一体一体確実に潰していた。
「残りは三体か。全部私に任せてもらってもいいわ?」
「ダメです。龍殺しと言う存在は、私にとっても腹の立つ相手ですからね。以前サラーをボコボコにしてくれたわけですから。ですからこいつらにはこの拳をブチかまさないと気が済まないのですよ」
「なら一緒にボコボコにしましょうか。構わないでしょ?」
「ええ。一緒なら全然」
一番近くにいた龍殺しの目の前にアムステリアが一瞬で移動すると、その顎を蹴り上げた。
それにより空いた腹に数十発もの蹴りを浴びせてやる。
顔を浮かせた龍殺しが見えたのは、拘束で突っ込んでくるダイヤモンドの隕石。
腕を硬質化させたイレイズが、頭ごと吹き飛ばさんと顔面に突っ込んだ。
一瞬で絶命した龍殺しがドタリと床に崩れ落ち、黒く濁った血液をまき散らす。
二人の背後にはそうした龍殺しの死体で溢れていた。
残った二体は、敵わないと悟ったのか羽根を広げて破られた天窓から出ていこうと試みるも、それらは全て失敗に終わる。
アムステリアに蹴り上げられたイレイズが、飛翔する彼らに追いつき、片っ端から拳を顔面に浴びせ、床に突き落としたからだ。
床で待っていたのは黒く目を輝かせたアムステリア。
アムステリアが蹴りを十五発ぶち込んだところで龍殺しは絶命した。
「こいつで最後」
かかと落としで最後の龍殺しの頭を潰す。
その瞬間、龍殺しの放っていた力が消え去り、ニーズヘッグに力が戻った。
「す、すげー」
わずか二人のキャストで繰り広げられた悪魔惨殺ショー。
なまじどちらが悪魔か判らぬ表情と返り血を浴びた二人が、此方へ戻ってきた。
「終わったわよ。結構厄介だったわね」
「ですがさっきの連中に比べればゴミみたいなもんでしたけどね」
硬質化した腕をハンカチで拭いて、イレイズはそんなことを言う。
「フロリア、ウェイル達はどこへ行ったの? 確か書斎って言っていたけど、単なる書斎ではないんでしょ? 隠し扉の奥って言っていましたよね。困りましたね、私達には場所が判らないのですから」
書斎の隠し扉の場所を知っているのはシュラディンとそしてフレスだけ。
この場にはそのどちらもいない。
つまり隠し扉を知っている者は誰一人いない。
「どうしよう、早くウェイル兄を助けにいかないといけないのに」
「多分サラーもそこにいるのですよね……! 何とかして場所を突き止めないと」
「私が全て蹴り壊してもいいのだけど……。そんなに簡単にはいかないでしょうしね」
皆がどうしたものかと考えを巡らせる中、ニーズヘッグがぽつりと呟いた。
「知ってるの。隠し扉の場所」
「ニーちゃん、知ってるの!?」
「……うん。二十年前に、そこに行ったから」
ニーズヘッグは全てを知っている。
二十年前、このフェルタリアで何があったのか、その全てを。
当然あの部屋の存在だって知っているし、実際に入った。
「ついてくるの。案内するの」
「ニーちゃん……?」
ニーズヘッグの虚ろな目の奥に、確固たる光がある様にフロリアは見えた。
その光の色、それは何かの覚悟を決めた色。
そう思わせるほどの、ニーズヘッグにとっては力強い光だった。
「急ぐの。早くフレス達を助けにいくの!!」
ニーズヘッグが走り始める。
それを見て、皆顔を一度見合わせ頷き合うと、彼女の後を追っていった。