最後に思い浮かぶは――
龍殺しの召喚により、龍達の力が奪われていく。
それはこの闇の龍ですら例外ではない。
「ニーちゃん! しっかり! ニーちゃん!!」
「ち、力が……抜けていくの……!!」
足に力が入らないのか、ぺたりと床に座り込むニーズヘッグ。
「そ、そうだ! 龍の姿に戻るってのは!?」
「無理なの……。その力も、抜けてるの……!!」
「ちぃい!! 急いであっちの二人も助けないといけないのに!!」
龍殺しの前では、龍達は力を振るうことが出来ない。
イドゥの周囲には両手でも数え切れない数の龍殺し。
絶体絶命とはまさにこのことだ。
「フロリア、お前が助けたいと願ったのはこいつらだな?」
イドゥがいやらしい笑みを浮かべ、視線を送った先には、二体の龍殺しがいた。
一体はティアを抱え、残りの一体はフレスとミルを握っている。
爆発によって吹き飛ばされたところで、龍殺しによって捕獲されたのだろう。
「おお、ティア嬢ちゃん、無事だったか?」
龍殺しからティアを受け取り抱えるイドゥ。
「い、イドゥ……、ティア、フレス達を手に入れられなかった……。なんだか力も抜けちゃってるの……」
「そうかそうか。別に構わんさ。予定通りだ。ティア嬢ちゃんも疲れただろ? 嬢ちゃんの役割もこれで全て終わりだ。さぁ、一緒にメルフィナの所へ帰ろうか」
「……うん、帰る。……やっぱり、メルフィナやイドゥは良い人。フレスはやっぱり嘘つきだぁ……」
ティアは幸せそうにそう呟くと、力なく項垂れた。
「さて、ワシもそろそろ戻るとする。残りのこいつらとニーズヘッグも、パーティ会場へと案内しよう。心配するな。殺しはしない」
「ニーちゃんは絶対にいかせないからね!」
フロリアは脱力しきってぺたりと座り込んでいるニーズヘッグを抱き寄せた。
「フロリア、お前一人に何が出来る? 一体や二体なら龍殺しの相手は出来ようが、こう数がいてはお前でも無理だろう。ワシとて娘のお前を殺したくはない。黙ってニーズヘッグを差し出せばお前の命は助けてやる」
「馬鹿言え! 誰が渡すってんだ! イドゥさ、ちょっと私のこと馬鹿にしすぎだって。如何に私は裏切りが趣味だとは言え、絶対に裏切れない人ってのもいるんだ!」
「その龍の為に死ぬと? 実に馬鹿馬鹿しい」
「私が馬鹿ってことは周知の事実だと思ってたけど?」
「やれやれ、そこまでうつけとは思わなんだよ」
呆れたと言わんばかりに盛大に嘆息した後、イドゥは右手を挙げる。
その命令に龍殺しの三体が我先にと前に出た。
「さあ、フロリア。お別れの時間だ。ワシはティア嬢ちゃん達を連れてメルフィナの所へ戻る。ニーズヘッグは後からこいつらに持ってこさせることにする。精々相手してやってくれ」
「待て! …………!?」
「グルルルルル…………!!」
「クソ、邪魔過ぎ……!!」
走り出そうとするフロリアの前で、龍殺しが道を塞ぎ、周りを囲ってくる。
イドゥはその様子を見て満足げな笑みを浮かべた後、背を向けてフレスとミルを担いだ龍殺しと共に姿を消した。
「ふ……フレス……!! 絶対に……助けるの……!!」
震える手に力を込め、立ち上がろうとするニーズヘッグだが、やはり身体は言うことを聞かない。
床に激突しそうになる彼女を、フロリアが支えた。
「ニーちゃん、ちょっと待ってて……!! 不調の原因はすぐに取り除いてあげるから……!!」
ニーズヘッグを背に、フロリアは神器の斧を展開し、その切っ先を龍殺しの一体に向ける。
「お前ら全員ぶっ殺す!! ……って言いたいけど、いくらなんでも分が悪すぎるよねぇ……!!」
フロリアを囲むように、ずらりと並んだ腐臭漂う凶悪な悪魔達。
人間に対して一切の情け容赦ないこいつらは、今すぐにでもフロリアを食い殺さんと牙をむいてきそうだ。
冷たい汗が全身から噴き出してくる。
まさに絶体絶命の大ピンチという奴だ。
だが、助かる方法がないというわけではない。
この悪魔達の目的は、ニーズヘッグを連れていくこと。
つまり今ニーズヘッグをこの悪魔達に差し出して、自分だけが逃げ出せば命は助かるだろう。
今までの自分ならすぐさまそうしていたはずだ。
「……フロ、リア……。……逃げて……なの……」
そんな甘い言葉を、突っ伏したニーズヘッグが語りかけてくる。
「逃げて……!! 早く……!! フロリアが死んじゃうの……!!」
「ば、馬鹿言うな!! ニーちゃんを見捨てて逃げられるわけがないでしょ!?」
「でも……相手は悪魔……!! この数……! ……無理!」
「天才メイドに無理も不可能もないの! いいからニーちゃんはそこで休憩してなさい!」
どうして今の自分がこんなに頑なにニーズヘッグを守ろうとしているのか、正直自分でも理解できていなかった。
頭では分かっている。
ニーズヘッグの言う通り、逃げることが正しいと。助かりたいなら逃げるべきだと。
それでも何故かこう意地を張り、ニーズヘッグを守ろう、守りたいと、そうするべきだと、自分の汚れ腐っていたはずの心が、強く叫んでいた。
「「――グガオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」
龍殺しらが一斉に咆哮し、その内の一体がフロリアを食わんと突っ込んできた。
「くそおおおお!!」
敵の初撃を交わし、斧を振り下ろしていく。
「絶対に……絶対に、ニーちゃんは私が守る!! 守ってみせるよ!!」
黒い返り血を浴びながらも、フロリアは龍殺し相手に果敢に斧を振るっていた。
だが、相手は三体いるという数の差は、明確にフロリアを追い詰めていく。
「……あっ!」
全てをギリギリで避けて反撃を加えていたフロリアに計算外が生じた。
いつの間にか自分を囲む龍殺しの数が、五体に増えていたのだ。
「卑怯だよね、一対五ってさぁ……!! あっ……!!」
龍殺しの鋭い爪の一撃を避けた。
そう思っていたフロリアに、死角から別の龍殺しの爪が振るわれた。
「ぐうううっ……!!」
ナイフより鋭利なその爪は、フロリアの右手を深々と切り裂く。
右手に力が入らなくなり、斧を持ってもいられず、ポロリと落としてしまう。
「……ま、まずいねぇ……!! ここらが潮時なのかな……!?」
斧を拾おうと手を伸ばすも、筋を切られてしまったのか、腕が思うように動かない。
血がドクドクと流れ出した影響だろうか、意識すらも朦朧としてきた。
床に伏せるニーズヘッグを見た。
彼女の闇色の瞳には涙が浮かび、此方へ向かって何か呟いて手を必死に伸ばしている。
(ああ、ニーちゃんが何か言ってる……。多分、敵の攻撃が迫ってるってことだよね……)
攻撃を悟っても、避ける力すら湧いてこない。
だからフロリアは目を瞑って彼女に呟き返す。
「……ごめんね、ニーちゃん、ついでにウェイル達。私、皆を守れなかったよ」
そして思い浮かぶはアレス王の顔。
(ごめん、アレス様。私、『セルク・ラグナロク』取り戻せなかった)
そう思ったとき、ふいに自分自身が面白くなってヘヘっと笑う。
(私ったら、どうして最後までセルクの作品のことなんて考えてるんだろ……? ……うん、考えちゃうのも仕方ないよね。だって、セルクの作品は……私とアレス王を繋げてくれたものだもんね……!!)
ペタリと床に座り込んだフロリアは、龍殺しから見れば格好ののサンドバッグ。
引き裂き細切れにせんと、フロリアに対して、一斉に爪が振りかぶられた。