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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編 『龍と鑑定士の、旅の終わり』
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ティアの慟哭

 ――フェルタリア王宮三階、謁見の間。


 三体の龍の少女が、そこで死闘を繰り広げていた。

 金色に輝く光の龍、ティアが繰り出したのは、かのラインレピアの運河を氾濫させたあの槍であった。


「『神除き』!! あれが炸裂すれば、この城自体木っ端微塵になるかも知れない!!」

「それはまずいの……!! なんとしても止めねば」


 あの技の威力を、フレスは嫌と言うほど知っている。

 今の自分では、あの技を止めることは出来ないということも。


「あの技を放たれる前に決着をつけるよ……!! ミル、ティアをどうにか拘束して欲しい!」

「任せるのじゃ!!」


 ドンと胸を叩いたミルは、両手を床に付ける。

 温水となった水が床を浸食していたが、その水を利用する。


「育て! 我が樹木達よ!!」


 水面に緑色の光が伝わっていく。

 しばらくすると、ミルの手を中心にして、ゴゴゴゴと音を立てながら樹木や草木が一気に生え始めた。


「これでティアを縛るのじゃ!!」


 現れた草木は蔦の鞭となって、ティアへ向かって飛んでいく。


「ふん、こんな雑草、ティアには効かないもん!!」


 頭上に『神除き』の準備をしつつも、ティアは周囲に光の剣を作り出して、飛びかかる蔦を切り落とす。

 また光の剣の持つ膨大な熱量によって、周囲の草木を焼き尽くしていった。


「フレス!!」

「うん! うらああああああああ!!」


 ティアがミルの攻撃に集中している間に、フレスは魔力を貯めていた。

 『神除き』の形そっくりの氷の槍を精製し、それをぶん投げる。


「ティアのまねっこ! なんだかティア、馬鹿にされた気分だ!!」


 光の剣を重ねて、その氷を真っ二つに切り裂こうと受け止める。

 シューシューと氷が解けて水蒸気に変わる。

 だが今回はフレスの力がかなり押しているようで、光の剣は徐々に小さくなっていった。

 フレスの氷が全て解け去ると同時に、光の剣も全て消えてなくなる。


「ミル、今度こそ!!」

「まっかせるのじゃあああああ!!」


 先程と同じように、ミルは再び床に植物を大量に這わせていく。

 しつこいと言わんばかりにティアが叫んだ。


「邪魔しないで! どうせ意味ないんだから! ミルの方から殺すよ!?」

「ふん、やれるものならやってみればよい!! それにわらわの力はこんなものじゃないぞ!!」


 床に這わせた蔦や草木はいわば準備段階。

 ミルの本領はここからとも言える。

 ミルは背中に二対の翼を現出させると、周囲の植物に気高く語りかけた。


「わらわの可愛い植物達よ! 咲き乱れるのじゃ! この薄汚れた世界に(いろどり)を!!」


 ミルの魔力が、広がった草木達に流れ込んでいく。

 七色の輝きが水面にたゆたい、光に呼応して植物達は活性化していく。

 ふと、一輪の花が咲いた。


 それが始まり。


 次々と、我先にと、植物はつぼみを作り、そこへ色とりどりの花を咲かせていく。

 植物学者が見れば驚愕する光景だろう。

 何せそこには生物学の常識を超えたスピードで成長する、アレクアテナ大陸では未発見の花々が咲き誇っているのだから。


「この花は我が分身! どうじゃ? 美しかろう?」


 薔薇の様に艶やかで、ひまわりの様に力強く、紫陽花の様に慎ましく。

 ミルの作り出す花達は気品に溢れていた。

 そしてこの花達には秘密がある。


「美しい花には棘がある。可憐な花には毒がある。わらわの花には――全部ある!!」


 咲き誇る花々はどんどんと巨大化していき、棘のついた蔦がうねりうごめいていく。


「さて、この子らを焼けるかのう?」


 蠢き棘のついた蔦を振り回す巨大植物は、さながら巨大なモンスター。

 それが十は下らない数で、ティアを囲み、容赦なく襲い掛かる。


「馬鹿にしないで! どんなに花が大きくても、ティアには同じ――!?」


 翼を広げ、初撃を避けようとした時、ティアは身体の異変に気付いた。


「――う、動けない……!?」

「同じ? それが同じではないのじゃ。この子らは皆麻痺性の毒を持つ花粉を散布することが出来てな。例え龍とはいえ、この花粉を浴びればしばらくは身体の自由が利かなくなる。わらわ特製の品種なのじゃ!!」


 普通の人間であれば全身の筋肉、つまりは心臓まで麻痺して死に至る猛毒。

 ティアは龍であるため、人間ほど効果はないものの、身体を拘束するには十分だ。


「身体が動けなくたって、ティアには『神除き』があるんだから! これで全部焼いちゃえば良いんだ!!」


 魔力を練りに練り上げた、ティア渾身の『神除き』は、ティアの身体が動かなくとも、消えることなく、魔力が溜まりきるのを待っている。

 『神除き』発動前にケリをつけねばならない。


「そいつを使う前に、ティア、貴様を倒す! 行くのじゃああ!!」


 ミルが手を前に掲げると、巨大な植物は大きく音を立ててティアの身体へと巻き付いた。

 蔦中に生えてある棘がティアの身体に食い込み、彼女を封印する。


「うぐぐ……痛い……!! 棘が突き刺さってる……!! フレスもミルも、どうしてティアをこんなにいじめるの……!!」


 ティアの金色の瞳から涙が溢れている。


「わらわだって、別にしとうてやっとるわけではない! 貴様がその槍を下げ、素直にフレスの話を聞いていれば、こんなことにはなってなかったのだ!」

「知らないよぉ! だってティア、ずっとつまんなかったんだよ!? 一人閉じ込められててさ! そこへメルフィナ達が来てくれたんだ! もっと楽しい事をしようって! ティア、とっても楽しかったよ?」


 ティアの境遇を二人は知らないが、彼女が流した涙と、彼女にとってのメルフィナがどういう存在かは、何となくだが理解できていた。

 ティアは心が壊れたその時から、周囲から白い目で見られて一歩引かれる存在となっていた。

 ティアの内心は誰にも判らない。

 でも寂しかったというのは本当なのだろう。


「ティアが封印から解かれても、世界は全然楽しくなかった! ずっと隔離されて、ひとりぼっちだった! そんな時メルフィナやイドゥが来てくれたんだ! ティア、本当に嬉しかったんだよ!! だから、ティアは、メルフィナのやりたいことを叶えてあげたい! それだけなんだよ!! フレスとミルと、そしてティアの何が違うの!? サラーだって、ニーちゃんだって! ティアだってみんなみたいに楽しくやってもいいじゃない!! どうしてティアだけこんなことされなきゃならないの!?」


「「…………」」


 ティアの慟哭に、二人は静かに耳を傾けていた。

 そして一つ、フレスとミルにあって、ティアにはなかった、たった一つの事に気づいた。


「……ティア、君はパートナーに恵まれなかった。心から信頼できるパートナーに出会えなかったんだ。ボク達の違いは、ここだけなんだと思う」

「わらわにはレイア、フレスにはウェイル。心から信頼できるパートナーに出会えたおかげで、わらわ達は変わることが出来た。少なくとも、ティアがやっていることを楽しいとは思えないくらいにな」


 そう考えれば悲しいことだ。

 だってフレスにしてもミルにしても、一歩間違ってティアと同じ立場、境遇となった場合、ティアと同じ事をしている可能性は大いにあった。

 フレスもライラやウェイルと出会わなければ、ミルなんてテメレイアがいなければおそらくこの大陸を滅ぼそうとする連中に手を貸していただろう。


「ティア、もう止めよう。『神除き』を引っ込めて」

「…………」


 フレスが優しくそう語ると、ティアはうなだれ無言になった。

 ティアは説得に応じてくれたのかも知れない。

 そう二人が微かに思った瞬間である。


「……そんな目で見ないで……!!」

「……ティア……!?」

「そんな目で見ないで!! ティアをそんな同情するような目で見ないで!!」

「べ、別にボク達はそんな目じゃ――」

「見るなあああああああああああああああああああああッッ!!!!」


 一瞬力が弱まっていた『神除き』が、再び輝きを増していく。

 すでに膨大な魔力が費やされている。あれが発動可能になるのは、もうそう遠くない未来のはずだ。


「フレス! もうやるしかない!! ティアの奴、身体が動けない癖に魔力だけは異常に放出しておる! わらわが気を抜けば、あの植物たちは焼け飛んでしまう! そうなる前にやってしまえ!!」

「…………うん。判った……!!」


 もうティアには言葉は通じないだろう。

 ならばもうフレス達に出来ることをするだけだ。


「ミル、ちょっと飛んでいて!!」


 フレスの指示でミルが飛翔すると同時に、フレスはスッと右手を上げる。


「…………全部、凍り付かせてあげる……!! 演目は『氷河期(アイスエイジ)』だよ!!」


 そしてフレスはとある曲を口ずさみ始めた。

 記憶の奥底に眠っていた、あの日のライラの即興曲。

 その曲に乗って、フレスは踊る。

 フレスが足を着いたところは全て凍り付いた。

 氷の上を滑りながら、フレスは踊り続ける。

 周囲の空気が、一気に冷たくなっていくのをミルは感じた。

 フレスはスイスイとティアを捕えた巨大植物の周囲を、クルクルと回りながら滑っていく。

 次第にフレスの囲んだ付近では、絶対零度の冷気が集まっていった。

 冷気は壁と床と、そして植物をティアごと包み、そして完全に凍らせた。


「すごいのじゃ……!!」


 すっと飛んでいたミルが降りてくる。

 目の前に立つ巨大な氷のオブジェに、ミルも感嘆の声を上げていた


「ティアも凍り付いたのか……?」

「そうだと良かったんだけどね。でも、そうもいかないみたい」


 見上げるは氷のオブジェの頭上。

 爛々と光り輝く槍が、まだそこにはある。

 ピシッと、氷が割れる音がし、一部分が砕けた。

 その部分からティアが顔だけを覗かせる。


「……それで終わり? ならティア、もうこれ使うよ!!」

「やはりこの程度では無理なのか!?」

「ミル、でも見てよ、あの『神除き』をさ! 以前に比べてかなり力は弱いよ! これなら打ち消せる!」


 ラインレピアの時に見た光の槍と比べ、今回のこれはかなり弱々しい。

 フレスとミル、二人の魔力をぶつければ、十分に相殺可能だ。


「まだティアをそんな目で見る!! 許さない! ゆるさなあああああああああああああいッ!!」


 光の槍『神除き』が、ズズズと動き始めた。


「ミル、ボクと同時に魔力をぶつけるんだ! そうしたらあれは打ち消せる!」

「判ったのじゃ! タイミングは任せる!」

「うん!!」

「――うああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ――ティアの慟哭と共に光の槍が放たれて、そして。


「――ミル、今だ!! うらあああああああああああああ!!」

「――のじゃあああああああああああああああああああ!!」


 光の槍と、二人の魔力がぶつかり合う。

 力は少しばかりフレス達の方が上。

 このまま行けば、『神除き』を吹き飛ばすことも可能だろう。


 あと少し。


 そう思ってフレスが踏ん張った、その時である。


(……あれ……?)


 ふいに床が光った様に見えた。

 最初は勘違いかと思ったが、光はドンドンと強くなっている。

 しかもただの光ではない。

 どこかで見たことのあるような模様を描いていた。


(…………まさか…………!!)


 心当たりが脳裏にかすめた瞬間である。

 一気に身体の力が抜けていく感覚があった。

 見ればそれはミルも同じようで、かなり苦しげに魔力を放っている。


「あっ……!!」


 遠くなりそうな意識を取り戻そうとした時、一瞬だがフレスの魔力が途切れた。

 均衡していた力のバランスが崩壊したのだ。

 殆どの力を相殺していたとはいえ、残った力だけでも膨大と言える量だ。


 ――瞬時、魔力同士の爆発が発生する。


 その爆発に巻き込まれ、三人の龍の少女はそれぞれ吹き飛ばされた。



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