戦う理由
「いいの? イドゥ。あの三人をみすみす見逃しても」
「構わんさ。どの道メルフィナが片をつけるだろう。どちらかと言えばそれはこちらの台詞だぞ? いいのか? ニーズヘッグに助けを請わなくても」
ウェイル達の後ろ姿を見送ったフロリアは、改めてイドゥへと向き直る。
「まあね。正直に言わせてもらうと、私はイドゥを殺す気はさらさらないんだ。一応命の恩人なわけだしね。出来ることなら戦いたくもなかったけど」
「ならばここに来なければよかっただけの話だろう?」
「そうも行かないんだよねぇ。何せウェイル達には借りもあるし、それにアレス王の絵画を取り戻さなきゃいけないから。イドゥを倒せば『セルク・ラグナロク』は返ってくるでしょ?」
「ああ、返してやるとも。別にワシを倒さなくても返してやる。さっきも言ったが今は無理だ。今はあれが必要だからな。だが計画後には用はない。後でならば返してやる。どうだ? これで無駄な戦闘は避けられそうか? ワシとて愛娘を殺したくはないのでな」
「う~ん、そっちの目的次第かな?」
「ワシの目的は「龍」達だ。あれさえ持ち帰れれば後はどうでもよいさ」
「……へぇ、龍ねぇ」
イドゥの持つ神器について、いくらか知識は持っているが、当然ながらその神器と対峙したことはなく、例え神器の力が判っているとは言え、対応に苦戦するのは間違いないだろう。
時を超えた情報を得る能力と、今彼が持っている長槍の能力。
出来れば戦うのは避けたいとも思う。
「それってニーちゃんも?」
後はこの答え次第だ。
フロリアはじっとイドゥの方を――正しくは彼の持つ長槍を見つめながら、その答えを待った。
「当たり前だ。龍は例外なく手に入れなければならぬ」
『セルク・ブログ』の一文には、「龍を糧に」とある。
これの指す意味とは、フロリアの推理ではズバリそのままの意味。
ニーズヘッグを含めた龍を犠牲にする必要があるということだろう。
「ニーちゃんはさ、私の友達なんだ。ちょっと変なところがあるけどさ、そんなニーちゃんが好きだったりするんだ」
ニーズヘッグは口数が少なく、常にフレスの事を考えており、フロリアからすれば不気味な存在ではあった。
だが彼女と長く付き合う内に、フロリアはいつの間にかニーズヘッグのことを気に入ってしまっていた。
さっきだって、ニーズヘッグが自分を心配してくれたことを心から嬉しいと思った。
常に人を裏切る自分に出来た友人。
人間を信頼できな自分であるからこそ、龍であるニーズヘッグのことを裏切れないのかも知れない。
「……ほう、それで?」
「ニーちゃんは渡せない。ごめんね、イドゥ。戦う理由が出来ちゃったね……!!」
「ほほう……!!」
弛緩しかけていた空気が一気に張り詰めたものになり、イドゥの口調が荒くなっていく。
「やはり、こうなる運命だったか」
「ハハ、やっぱりイドゥは未来が見えるわけだね?」
「正直に教えておくと、お前さんもニーズヘッグもこの場に現れることをワシは知っていたし、ワシとお前が戦うようになることも知っていた。当然その為の対策だってしておるさ」
「未来の情報かぁ。相変わらず卑怯な神器を使うねぇ」
「裏切りが趣味のお前より卑怯ではないだろうよ」
「そりゃそうだね! しかし対策ねぇ……。まあいいよ。こうしてグダグダくっちゃべってても埒はあかないし、そろそろ始めようか」
「そろそろ? ワシはとっくの昔に始めておるぞ?」
「…………!?」
突然フロリアの横腹に強烈な痛みが走る。
「……あの槍……!!」
忽然と槍の先端が姿を消した瞬間の出来事だった。
「流石フロリア、よく避けられたな」
「いっつ……!! 全然避けられてないんですけど……!!」
フロリアの横腹に、槍が浅く突き刺さり、鮮やかな血飛沫が飛ぶ。
イドゥの意味深な発言のおかげで、一瞬だが周囲へと注意を伸ばせたおかげで傷は浅く、致命傷になるのは避けることが、それでも痛みは凄まじい。
「……ほれ、次、行くぞ!」
何もない空間より現れた槍は、またも姿を消す。
「……ほんっっとに、厄介すぎる神器だよね、それ!!」
イドゥの持つ神器『裂け目隠れの聖槍』は、矛先を空間移動させることの出来る神器だ。
例え相手がどれほど離れようとも、その槍の攻撃範囲から逃げることは出来ない。
360°どこからでも攻撃を仕掛けることが出来る。
「あぶなっ!? ――いたッ……!!」
真下から現れた矛先に、瞬時に反応し上体を逸らした。
とはいえ、ほとんどゼロ距離からの突きだ。躱すことはほとんど不可能。
今回も致命傷にはならぬ者の、今度は足に深々と傷が出来た。
横腹の痛みに顔を歪めつつも、必死に体勢を整えた。
「あまり動き回るな、フロリア。刺し傷が増えるだけだぞ?」
「止まっていたら死んじゃうでしょうよ!?」
「早く楽になれとそう言いたいだけだ」
「ちくしょー、腹立つなぁ……!! ……仕方ないね、これを使うしかないか」
あまり乗り気はしないが、今はこの神器を使うしかイドゥに勝つのは難しそうだ。
「アレス、ごめんね! 勝手にこれ借りちゃった!!」
フロリアは突如としてバッと身に纏っていたゴスロリメイド服を脱ぎ捨てる。
上半身が下着だけとなった彼女の胸元に輝く、小さな斧の形をした装飾のついたネックレス。
「確か名前は『重戦車の巨斧』だったと思う! アレス王お気に入りの神器なんだよ?」
ネックレスを引きちぎり、斧の形の部分を握りしめる。
その直後、フロリアの握った手に魔力光が輝いた。
「何もさせん!」
フロリアが何かしでかす前に止めようと、イドゥは再び槍を突いたが、
「おっと、私が油断したと思った?」
フロリアもイドゥの行動は読んでいたのか、今回も瞬時に反応し致命傷を避ける。
とはいえ勿論刺し傷は深々と出来ており、今度は左腕から鮮血が上がった。
「痛いけど……、でも、こっちの準備も整ったよ……!!」
フロリアが槍を躱した直後。
魔力光が輝き弾けた。
「よっこいしょ! ああ、やっぱり重いねぇ……」
光が消えた後、フロリアの手に握られていたのは、彼女の身の丈と同じくらいの白銀色に光り輝く美しい斧であった。
重すぎて持ちあがらないのか、引きずって動かす格好になっている。
「馬鹿な娘だ。そんなもの持っていては動きが鈍くなるだけだろう? そいつを手放さない限り致命傷だ」
「果たしてそうかな?」
余裕しゃくしゃくと言った顔で答えたフロリア。
その表情が少し癪に障ったのか、イドゥの顔から笑みが消える。
「試してやろう」
イドゥは再び、槍を天へ向かって突き上げた。
その途中から、矛先がパッと姿を消す。転移術だ。
矛先はどこからか突然現れてフロリア目がけて突っ込んでくるはずだ。
「躱せまい!!」
「躱す必要はないからね!! ――――ふぐッ!!」
フロリアの胸に突き立った、虚空からの槍。
フロリアはイドゥの槍を、今度は躱さなかった。
正面から堂々と、一切避けることなく甘んじてその刃を身体で受け止めたのだ。