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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編 『龍と鑑定士の、旅の終わり』
477/500

全てを捧げて

 

 ――空気を切り、床を砕く音。


 ――鋼鉄の甲冑が歪み、鈍く響く金属音。

 

 アノエとアムステリアの度重なる衝突は、常に紙一重の所に死が伴っている。

 

「リーダー達のために! 私はお前を殺す!!」

「お仲間を大切にするいい子ちゃんっぽい言い方だけど、貴方らのやっていることはただの自殺行為よ? そもそも奴等が何をするのか知ってるの?」

「当然。この世界は本当につまらない。だからリーダー達と楽しい世界に変える!」

「その結果、この大陸全ての人間の命が危険に晒されてもいいっての?」

「構わない。私にはリーダー達『異端』の人達しか傍にいないし、他の人間なんて要らない! どうせ裏切られるなら、必要ない!!」

「……そう。寂しい子。ならばもう貴方を殺すことでしか、この戦いの幕引きはなさそうね!」

「死ぬのはそっちだけ! こいつを食らえ!!」

「だから無駄だって言ってんでしょうよ!!」


 月の模様の入ったアノエの大剣の腹を蹴り飛ばすことで、斬撃の軌道を逸らす。

 最初は軌道を逸らす事自体、アノエの力が強すぎて難しかったが、戦闘開始して十分も経つうちに、それは苦にはならなくなっていく。

 彼女の身体に漲っていたほんのりと光っていた魔力も、すでに枯渇寸前なのだろうか、光は薄れ、彼女の額には大粒の汗が浮かんでいる。

 彼女の腕を見てもそれは明らかだ。

 大剣が重く感じてきたのか、腕はプルプルと震え始めていた。

 一方、アムステリアには無限に近い力がある。


 神器『無限龍心(ドラゴン・ハート)』から溢れ出る魔力と体力は、相変わらず彼女を無敵の領域へと押し上げている。

 アノエの斬撃が弱くなっていくのに対し、アムステリアの蹴りの鋭さは変わらず、むしろ戦闘が続けば続くほど戦闘に慣れていき、アムステリアは益々強くなっていく。


「隙が出来過ぎよ、貴方」

「きゃあああああッ!!」

「ほら、もう一発!」


 アムステリアの蹴りが、アノエの甲冑を直撃し、その衝撃により甲冑はひび割れ、次の一蹴りによって粉々に砕け散った。


「う、うううう……!!」


 剣を杖代わりにして、アノエはよろめきながらもなんとか立ち上がる。


「ふー、ふー、ま、まだだ……!!」

「もうお止めなさい、これで勝てないのは判ったでしょう?」

「今のままでは、そうかも知れない……。だけど、私にはまだ奥の手がある……!!」


 チラリとアノエが視線を逸らしたので、アムステリアもそれに続く。

 少し離れた廊下では、ルシャブテとイレイズが戦っているようだ。


「あらあら、王子様、かなり苦戦しているようね……!!」


 こちら側の勝負が見えている以上、早めに決着をつけてあちら側を助けた方がいいかもしれない。

 そうアムステリアが思った時だった。



「――うがああああああああああああああああああああ!? 強酸だとおおおおおおおおおおおおお!!?」



 中央階段ホールに、ルシャブテの悲鳴が響き渡る。

 見るとイレイズと、そしてギルパーニャが、ルシャブテに何らかの手段を用いて強酸をかけたようだった。


「あの子猫ちゃん、私を助けるついでに強酸を出す神器を盗んだのね……!! 流石ウェイルの妹弟子、中々侮れないわね」


 あの量の強酸を、生身の人間がかけられたのでは、もう助かる見込みはない。

 シュウシュウと音を立てて溶けていく、かつての自分のストーカーの姿を見て、少しばかり複雑な思いのアムステリアであった。

 だがアムステリアは一つ失念していたことがある。


 ――それはまだ、自分の方も戦闘中であるということ。


 いつの間にか、目の前にいたはずのアノエがいなくなっていた。

 そしてアノエが移動していた場所とは。


「――ルシャブテ、お前の魔力、全部貰い受ける……!!」


 アノエは間も無く絶命を迎えるルシャブテの身体に、一切の躊躇いもなく剣を突き立てていたのだ。

 その途端に、ルシャブテの身体は溶け去ったが、彼の持っていた魔力は、眩い緑色の光となって、アノエの剣に集中していく。

 光が弾けると同時に、剣と、そしてアノエの身体に魔力が再び漲っていた。


「ふう、これでまた戦える!!」

「油断したわね……、まさか仲間から魔力を吸収するだなんて……!!」


 イレイズ達の負傷は大きそうだ。

 なるべく戦闘には巻き込まないようにせねばならない。

 アムステリアはスウッと息を吸って、そして腹を括ることにした。


 ――ある意味、彼女達は自分の後輩だ。


 だから無駄に命を落としてほしくはないと思っている。

 だが、彼女らが戦いを望むのであれば、これから先は本気でやる。

 傷ついたイレイズやウェイルの妹弟子を守るためならば、自分は後輩をも殺す鬼にもなろう。

 今日はすでに一人後輩を殺している。

 そう考えれば、すでにアムステリアは鬼になっているのかも知れない。


「……来なさい、アノエ。今の今までは貴方に命を落として欲しくなくて、随分と手を抜いていたのだけど、これからは本気でやってあげるわ。私は本気で貴方を殺す」

「舐めたことを……!! その台詞はこっちが言いたい!!」


 バッと床を蹴り、アノエが高く飛翔すると、同様にアムステリアも高く飛んだ。

 そして空中にて、二人の力が激突する。


「……み、見えない……!!」

「なんだか花火みたい……!!」


 下で見ていたギルパーニャが、何とも呑気な感想を述べていたが、事実その感想通りに、空中では激しい衝撃音が響き、その都度大量に火花が飛んでいた。

 一般人レベルでは目で追いきれないほどの高速の蹴りと、斬撃が何度も何度も交差していたのだった。


「あら、貴方の実力はこの程度かしら?」

「そんなわけない! 私今かなり手を抜いている! そっちこそきついんじゃない?」

「お生憎様。今のは小手調べよ。次はギアを一段上げてあげる!!」


 一度床に降り立った二人は、今度は真っ直ぐ前に向かって走り、激突していく。

 目では負えないほどの蹴りと剣の応酬。

 いつ終わるかも判らぬほど、それは長く続いたように思える。

 二人の衝突の度に、王城内の床は砕け散り、壁には巨大な穴が開き、天井すらも揺れ、埃と、時にはシャンデリアが落ちてくる有様だった。

 無限にも続くように見えた二人の戦い。

 だが、それもそろそろ終焉を迎えつつあった。


「超久しぶりに本気を出せて、結構楽しかったわ。後は貴方を殺せば終りね」

「……はぁ、はぁ、なんでお前はそんなに強いの……!!」


 ルシャブテから貰い受けた魔力も枯渇してきて、アノエの力もそろそろ限界になってきた。

 もう周囲には魔力を補給できる者はない。

 勝負はこの時点で着いていた。


「貴方の負けよ。貴方は今ここで死ぬ。心配しないで。一撃で楽にしてあげるわ……!!」

「まだ、だ……!! まだ終わってない!! 言ったはず、奥の手があるって……!!」

「それ、ルシャブテの魔力を奪うって、そういうことじゃなかったの?」

「あんな奴の魔力なんて、最初から当てにしてなかった。人間最後の最後で頼れるのは、やっぱり自分だけ」

「……貴方、まさか!!」

「『死神半月』!! 私の命、その全てを貴方にあげる!!」


 そしてアノエは、剣を床に突き刺すと、その刀身を思いっきり抱きしめた。

 アノエの身体から鮮血が噴き出す。

 それと同時に剣に膨大な魔力が溢れはじめた。


「あの子、最初からこうするつもりだったのね……!!」


 ――オオオオオオオオオォォォォォォォン……ッ!!


 月の紋章が刻まれた死神の大剣は、巨大なうめき声を上げて、アノエの魔力を貪り食っていった。


「剣を抑えないと、あの子だけじゃなくこの王宮全てが崩壊する……!!」


 吹き荒ぶ魔力の嵐は、このまま放っておくと、この王宮ごと崩しかねない。

 それだけは避けなければならない。

 この状況を打破できるのは、もはや自分の持つ神器の力以外にない。

 だがこれをやれば、自分もただでは済まない。

 最悪死に至る恐れもある。

 しかしもう四の五の言っている時間が無いのも事実だ。

 だからアムステリアも、最後の覚悟を決めた。


「イレイズ、ギルパーニャ、下がってなさい!! ここは私が全て引き受ける!! だから私にもしものことがあったら、貴方達がウェイルを支えるのよ!」

「え……? な、何言ってるんですか!? アムステリアさん!?」

「そうだよ!! 皆で上に上がらなきゃ!!」

「いいから訊きなさい! 特にギルパーニャ、貴方はウェイルの妹でしょ!! なら兄を全力で支える覚悟くらい持ちなさい! イレイズ、貴方は命と故郷を救ってもらったのでしょ!! 必ず恩は返しなさい!! 離れていて!! もう時間がないわ!!」


 あのアムステリアが必死になって叫んでいる。

 その覚悟が二人に届かないわけがなかった。


「判りました。ギルパーニャさん、下がりましょう」

「うん……っ!! アムステリアさんなら大丈夫だよね……!! 何せフレス言ってたもん、龍の自分よりも強い女の人がいるんだって……!!」


 ――アムステリア。


 彼女はこの大陸の誰よりも美しく、そして強い女性だ。

 イレイズは心の底から、そう思っている。




 ――――――――


 ――――



 二人が離れ、魔力が渦巻く中心。

 大剣を抱きしめ絶命したアノエの頬を、アムステリアはそっと撫でた。


「散々この剣で人を殺して、結局最後、自分もこの剣で死ぬのね……。アノエ、貴方は本当に異端な子。でも、私は貴方の事、嫌いじゃなかったわ」


 アノエの頬を撫でた手を、今度は自分の心臓の上を当てた。


「さて、この魔力をどこまで飲みこめるか、やってみましょうか……!! 『無限龍心』!!」


 アムステリアの心臓部分にある神器『無限龍心』が、目も開けられぬほど眩く光輝いていく。

 そして『無限龍心』はアムステリアの身体を魔力回路扱いとして、剣の魔力を一気に飲みこみ始めた。


「ぐぐ……!! き、きついってもんじゃないわね、これ……!!」


 生身の身体を魔力回路扱いされているのだ。

 身体中の血管に、血液でなくマグマが流されているような感覚だ。


「あ、あああああ、ああああああああああああああああ!!」


 身体が熱くて熱くて焼け焦げそうだ。

 少し意識を背ければ、そのまま失神してしまうだろうし、一言でも弱音を吐けば、自分は剣の魔力を吸い取ることを止めてしまうだろう。

 だからアムステリアはマグマに浸かるような熱を感じる中、意識を一瞬たりとも大剣から離さなかった。





 ――――――――


 ――――



 

「……て……さい……!!」


「起……て……さい……!!」


「起きてください!! アムステリアさん!!」


「…………ん…………?」


 目を開くアムステリア。

 視界に映っていたのは、目に涙を浮かべて顔を覗きこんでくるイレイズとギルパーニャだった。


「よかった、目を覚ましてくれました!!」

「やったよ、イレイズさん!!」


 耳元で大声で叫びながら抱き合う二人が、寝起きのアムステリにとっては相当耳障りではあったが、今はそれを指摘する余力もない。


「……ああ、私、上手くいったみたいね……!!」


 『無限龍心』の様子を見ても正常に作動している。

 顔を横に向けると、光を失った剣と、それを抱き絶命したアノエの姿があった。


「……とりあえずここは終わったのね」

「はい。ですがまだ全部じゃありません」

「ウェイル兄を助けにいかないとね!」


 そう、まだ終わりではない。

 むしろここからが本番ともいえる。

 だが、ひとまず身体を動かせるほど回復しなければ、ウェイル達の元へ行っても邪魔になるだけだ。


「少しだけ休みましょう。貴方達も怪我の治療が必要でしょうし」

「ですね……。実は私、さっきから脇腹の傷が痛すぎて意識が飛びそうでして」

「う、うわあ! イレイズさん、寝ちゃだめだ! 死ぬよ!!」

「心配しないで。さっき飲みこんだ魔力があれば、私にもフレスくらいの治癒能力は使えるから。すぐに傷を塞いであげるわ」

「ホント!?」

「え、ええ、ホントよ。だからお願い、少し離れて。顔が近すぎ」

「あ! ご、ごめんなさい」


 超ドアップの涙目ギルパーニャ(鼻水も少し)の顔に、軽く引いてしまうアムステリア。

 そして大きくため息を吐いた。


「ど、どしたの!? アムステリアさん?」

「目を覚ました時に顔を覗きこんでいたのがウェイルだったら最高だったなって、そう思っただけ。ほんと残念、いやむしろ最悪かも。どうでもいい王子様のドアップ顔なんて、気持ち悪いだけだわ。そう思わない?」

「…………そ、そうだね……(本人の前で……イレイズさん、可哀そう過ぎる……)」

「アハ、アハハ……。早く治してください……」


 どこまでもアムステリアはアムステリアであった。



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