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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編 『龍と鑑定士の、旅の終わり』
476/500

リーダー

 それから一ヶ月。

 絵画は無事に完成した。

 作品は会心の出来で有り、金賞は無理でも、その下の銀、銅程度であれば十分狙える範疇の作品であった。

 銅賞でも五十万ハクロアというまとまった金が手に入る。

 喜ぶリーダーの顔が見たくて、また予想できて、アノエは少しだけ心弾ませながら、完成の余韻に浸りつつ眠りについた。



 ――――



 朝起きると、目の前にリーダーの顔があった。

 彼の顔は最近の彼にしては少し柔和で、初めてであった時の顔に似ていて、少しだけ照れてしまう。

 だが、これでは絵画を描いていたことがばれてしまう。

 昨日完成したばかりの作品を隠そうと思ったが、すでにここに男がいる以上、隠すのも不可能なので、とりあえず作品を見せようと作品を探した。

 だが、昨日確かに作品を置いてあった場所には、何も無い状態になっている。

 どこに行ったのか探そうと立ち上がったとき、アノエの肩に男の手が置かれた。

 彼は開口一番「ありがとう」と口にした。

 そして彼は「君が傭兵団の為に絵をコンクールに出してくれようとしたことは知っている」とそう続けた。

 彼にはとっくにばれていたようで、恥ずかしさから赤面してしまうが、男は笑って彼女に「ありがとう」と口にし続けた。

 彼が言うに、コンクールには早く出した方が有利になるということで、実は昨日の深夜にこっそりと部下を使い、絵画をヴェクトルビアへ投稿しにいったとのこと。

 疲れているアノエに負担を掛けたくなかった、勝手な事をして済まないと頭を下げてくれたので、アノエも別にいいと笑って返した。

 結果が出るのは一ヶ月後。

 そこで彼の笑顔をもう一度見ることが出来れば、アノエにはもう何も要らなかった。

 この時、すでにアノエの心は、人を斬る楽しさ以上の楽しいことを覚えていたのだった。



 ――――



 一ヶ月後、結果が出る。

 王都ヴェクトルビアにあるルミエール美術館に、作品と共に結果が張り出された。

 傭兵団の皆は先にヴェクトルビアに向かったとのことで、アノエは一人遅れてルミエール美術館へと赴いた。

 汽車の遅れもあり、アノエがルミエール美術館へたどり着いたのは、結果告知から三時間が経過した時であった。


 ルミエール美術館へ入り、自分の作品があるか急いで探す。


「あ……!!」


 そして――見つけた。


 自分の描いた作品が、なんと金賞の所にあった。

 嬉しすぎて涙が止まらない。

 これでまたリーダーや仲間達の笑顔を見ることが出来る。

 そう思い、一歩前へ出て作品を見たとき――とある異変に気がついた。

 作品の下にある制作者の名前が――アノエではなかったのだ。

 そこにあった名前は、リーダーの本名であった。


 場内に歓声が上がる。


 見ると、今まさに表彰式が執り行われていた。

 金賞のトロフィーと、そして賞金を受け取り、ホクホクの笑顔のリーダーがそこにいた。

 見たいと思っていた笑顔がそこにあったのにも関わらず、アノエはペタンとその場で腰をとしてしまう。

 世界の全てが、一気に灰色に見えていく。

 なんだか家族親戚を一気に失った、あの戦争の時に戻ったかのようだった。



 ――――

 


 一足先にアノエは呆然とした足取りで、ルーテルスターのアジトへと戻っていた。

 もう何も考えられない。何も信じたくない。

 そんな気持ちが心を支配して、目に映った全てのものを腹立たしく思える。

 大切に使っていた筆やパレット等の画材を、全て砕いた。

 このアジトも全て怖そうと、ふらりとリーダーの部屋に入る。

 そして何故か部屋にあった巨大な金庫が目に付いた。

 確かの金庫は、リーダーが敵から手に入れた戦利品を保管している金庫だったはず。

 部屋を物色すると、机の中にある隠し引き出しの中から鍵が見つかった。

 錠に鍵を刺して回すと、カチリと開く音がした。

 金庫を開けてみる。

 そこには数々の神器が保管されてあったが、アノエの目に止まったのは、その中でも一際巨大な剣であった。

 ぐっと掴んでもびくともしない。

 動かすことすら出来ない剣だったが、不思議とこの剣が気になって仕方なかった。


 そんなところに、笑顔が収まらない様子のリーダーが帰ってきた。

 リーダーとアノエの視線が、ぴたりと交差した。


「……アノエ、お前は一体ここで何をしている?」

「それはこっちも聞きたい。リーダー、どうして私の名前で投稿しなかった」

「どっちだって一緒だろう? 結局金は俺の元に来るんだからな。ならばついでに金賞という名誉も頂いておきたかった。今後の飯の種になる可能性もあるからな。どうせお前は名誉なんて必要ないだろう? 勿体ないから俺が利用した、それだけのことだ」

「……いけしゃあしゃあと、よくもそんな事……!!」

「最初からお前は俺に金をくれるつもりだったんだろう!? ならいいじゃねえか! ……それよりお前こそ、この部屋で何をしている。その金庫をどうして開けている?」

「さあ。この剣が気になっただけ。それだけだ」


 アノエは生まれて初めて、頭の芯から熱くなるような怒りを覚えていた。

 自分では最初気づいていなかったが、彼女の身体にはギンギンに魔力が漲っていた。

 ぴくりともしなかった剣が、少しだけ軽くなった気がした。


「出て行け、全てを置いてな。金は手に入った。もう用はない」

「……どうして私をこの傭兵団に誘った!!」

「お前の狂い壊れた心は金になると踏んだからだ。この業界、世間から『異端』という烙印を押された者ほど、活躍できるんだからな。事実お前は戦争中、本当によく稼いでくれた。それでいてお前にはちんけな小銭を渡せばいいだけなんだから、これほどいい使いっ走りはいない。最後はこうして大金を俺の所に持ってきてくれたしなぁ!!」

「……そうだろうな……、私は、一体何を期待していたんだろうな……」


 そうだ、考えても見れば傭兵という生き物は、全て金を中心に生きている。

 少しばかり彼らに暖かくされ、ちやほやされて、自分は少し勘違いをしてしまっていたようだ。

 この瞬間、彼女の心にあった『楽しみ』の全てが無に帰った。

 それと同時に、とある衝動が心を支配していく。


 アノエは思い出した。

 自分が傭兵になったのは『人を斬りたい』という願望であったことを。


「全てを置いて出て行け。お前のような危険で『異端』な者は、もうここには置けん。お前には百万ハクロアも稼がせてもらったし、このまま出て行くなら命は取らない。俺なりのせめてもの慈悲だ」

「は、慈悲!? 傭兵にそんな心があるなんて驚きだ! 貴様はもう傭兵ですらない。ただのしがない盗人だ! 金は渡してやる! その代わりこの剣はもらう!!」

「……馬鹿女が。お前に選択権などない。生きたいか死にたいか、それだけを聞いている!」

「お前を殺す。それ以外選ぶ気は無い!!」


 アノエの身体は完全に怒りに支配され、心は人を斬るという欲望に支配されていく。

 魔力がさらに充実し、身体が軽くなる。

 それに呼応するように、握りしめた剣がさらに軽くなっていった。


「者共! 全員集まれ!!」


 リーダーの男の号令で、数十人もの男が部屋に入ってくる。


「アノエを殺せ」

「ボス、殺す前に犯してもいいか? あいつ顔もスタイルもいいからな、ずっとやりたくてたまらなかったんだ!!」

「俺もだ!!」

「好きにしろ。だが最後は必ず殺せ。いずれに復讐に来てもらっては困るからな」

「了解。さ、お前ら、楽しもうか?」


 じりじりと滲み寄ってくる、下種な顔を浮かべるかつての仲間達。

 昨日までのアノエであれば、彼らを殺すことを躊躇したかも知れない。

 だが、今のアノエはそうじゃない。

 彼らのを顔を見ると、昔身体を売って、その際に殺した連中達の事を思い出す。


(……なんだ、こいつらも一緒だったんだ)


 もうアノエには、彼らのことがただのおもちゃにしか見えない。

 ブゥンと魔力が剣に漲っていくのを感じる。

 もうこの大剣は、普通の剣と同じくらいの軽さになっていた。


「まずは俺からやらせてもらうぜえええええええええええ!!」

「しねえええええええええええええええええええええええ!!」


 真っ先に飛び出してきた男に、アノエは大きく剣を振りかぶり、そしてそのまま振り下ろした。

 剣は男の顔に直撃。

 それはもう切断ではなく、踏みつぶす形だった。


「あ、あの剣は!! 俺達が三人がかりでも運ぶのが大変だったはずなのに!!」

「ど、どうしてそんなに軽々と……!?」

「次はお前だああああああああああああああ!!」


 アノエは軽々と大剣を振り回し続ける。

 周囲にある机や置物も粉々にしつつ、人を斬る快感を久しぶりに満喫していた。


 時間にしておよそ一分。


 わずかそれだけの間に、この場にいた男全員が、ただの肉塊と化していた。

 リーダーの男は逃げたようだが、まだこの近くにいるはずだ。

 ブンと剣を振ると、その衝撃はだけで壁が崩れた。

 アノエは壁を破壊しながら突き進んでいく。

 そしてついに最後の部屋へと追い詰めた。

 この部屋は何の因果かアノエの部屋だった。

 部屋に入ると、リーダーの男が部屋の隅っこで丸くなっていた。

 先程から続く巨大な破壊音に恐怖を覚えたのだろう。


「ここにいた。殺す」

「ま、待ってくれ! 金なら返す! その剣もやる! だから命だけは見逃してくれ! なぁ、また二人で組んで傭兵家業を続けようぜ、なぁ、そうしようぜ!!」


 この期に及んでそんな甘いことを言ってくるリーダーに、アノエは大声で嘲け笑った。


「アーッハハハハハハハ!! お前、傭兵の癖にそんな事言ってるの!? もし同じ事を戦場で言われて、お前はその敵を助けるのか!? 傭兵が敵を助けるなんて、大笑いも良いところだろう!?」

「あ、アノエ、頼む、命だけは!!」

「ダメだ。お前の命は、私とこの剣にとって初めての戦利品なんだから!!」


 大きく剣を振りかぶって、そして――


「貰い受ける」


 そう呟いて、アノエは剣を無慈悲に振り下ろした。

 リーダーから飛び散った血は、アノエからの破壊を免れた白いキャンバスに真っ赤なアートを描いていた。



 ――――

 

 

 血塗れとなったアジトから一歩出て、煉瓦の壁に肩をつけてズルズルとのさがり腰を落とす。

 剣に付いた血を拭き取ることもせず、ただ呆然とアノエは徐々に沈む夕日と空を眺め続けた。

 大陽が山に半分隠れる位になったとき、長い影がアノエの近くへと伸びてきた。

 その影はアノエの前で止まり、そして声を掛けてきた。


「うん、君もすっごく『異端』な人間だね」

「……誰?」


 声を掛けてきたのは、まだ幼さの残る声をした青年。

 顔に仮面を付けているので、表情は判らないが、普通の人間でないことだけは判る。


「僕? 僕は君と同じ、どこか心がおかしい、この世界では『異端』とされる者さ」

「『異端』……?」


 それは、リーダーも自分に向けて使っていた言葉。


「そう、私、『異端』だったんだ」


 だから今もこうして一人でいるのか。

 『異端』とされている者は、どこまでも孤独なのだろう。


「だからさ、僕と一緒に来ない? 僕らみたいな『異端』な者は、寄り添い生きていかないと、孤独になってしまう。だからさ、寄り添おうよ」

「いいの……? 私、多分また一人になるよ」

「ならないよ! 僕の仲間は君かそれ以上に壊れているんだ。だから壊れている者同士気が合うって! どう?」

「……判った。行く。どうせ行くとこもないし。……貴方のことをなんて呼べばいい?」

「リーダー! そう呼んで!」

「リーダー……。うん、判った」


 ――リーダー。


 その呼ぶ相手が、昨日と今日で変わった。

 だがアノエにとってそれが誰であれ、リーダーとまた呼べる存在が出来たのが嬉しかった。

 

 こうしてアノエは『不完全』に入り、メルフィナの事をリーダーと呼び、慕っていった。

 新たなリーダーは、アノエの心の寒気を、全て取り払ってくれる存在になっていった。

 

 

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