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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編 『龍と鑑定士の、旅の終わり』
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アノエの過去

 イレイズとルシャブテが死闘を繰り広げている、もう一方で。

 アムステリアとアノエの死闘も、これから始まろうとしていた。


「時計塔での借りは、返させてもらう!!」

「あのね、借りを返したいのならお金でしてよね? 命助けてあげたんだからさ!」

「…………!! 殺す!!」


 軽口並べるアムステリアに苛立つアノエは、巨大な剣を惜しみなく振り回してくる。

 とはいえその一撃は凄まじく高速で、アムステリアも油断すれば持って行かれかねないほどの速さ。

 以前戦った時とは比べ物にならないほどの力だった。


『死神半月』(ルナ・スペクター)! たらふく食わせてあげたんだから、きっちり奴を殺してもらう!!」


 アノエの持つ剣――神器『死神半月(ルナ・スペクター)』。

 所持する者の魔力、または切り裂いた者の魔力を喰らい尽くすことで、その重さを軽減し、威力を増強させる剣だ。

 目で見えるほどの隆々とした魔力が剣に帯びている。


「……これは相当食べさせたわね……!!」


 二、三人の命ではここまではっきりと魔力としては見えないはず。

 少なくとも十数人、そして自分自身の命をかなりの年数削っているはずだ。

 アノエは本気で、全てを賭けてアムステリアを殺そうとしているのだろう。


「……ならこっちもちょっと無理しないといけないわね……!! また倒れるのも困り者だけど……!」


 心臓部分にある神器『無限龍心(ドラゴン・ハート)』に魔力を集中させる。

 即座にその効果は身体に現れた。

 身体が羽毛のように軽く、しなやかになっていく。


「死ねええ!!」

「おっと、死にたくても死ねないの、私は!」


 高速の大振りを寸前で避け、隙を見てはアノエの身体に蹴りを打ち込む。


「あら、ガードはしないの?」

「心臓の所だけガードすればいい。他は全部そのための布石の攻撃だから。以前貴方から教えてもらったこと!!」


 心臓に蹴りを打ち込まれれば、身体はたちまち動かなくなる。

 時計塔で身を持って体験したアノエは、身体の中心に来る攻撃だけにカードを集中していた。

 その他の部分への攻撃は、全て心臓への攻撃の為のジャブだろうと知っているから。


「賢くなったわね。なら、こいつはどうかしら!!」


 アムステリアは近くに置いてあった大きめの瓦礫を拾い、それをアノエの心臓目がけてぶん投げた。


「…………ふん!」


 剣の柄でそれをガード。

 だが、アムステリアの狙いはそこにある。


「背中ががら空きよ!!」

「……えっ……、……アガッ!?」


 アムステリアの蹴りが、背中から心臓目がけて直撃した。

 彼女の纏う鋼の甲冑に巨大なくぼみができ、そのくぼみがアノエの身体を圧迫する。


「ぐほ、げほ……!!」

「剣の柄でガードって、あまりいい防ぎ方じゃないわ? だってその剣、ちょっと大きすぎるんですもの」


 ガードの為に大剣の刀身を盾の様に構えるということは、当然その部分は死角となる。

 ましてやアノエの剣は巨大だ。見えなくなるところが大きすぎる。

 その死角を縫って、アムステリアは高速にアノエの背後に回ると、強力な蹴りをお見舞いしてやったのだ。


「甲冑がなければ死んでたわね、貴方」

「……クッ……! またやられた……!! くそ、くそ!!」


 剣を地面に刺し、アノエは猫背となって息を整える。


「その隙を、私が見逃すはずないでしょ?」


 今度は地面に刺した剣が死角となって、再び背中に蹴りを浴びせてやる。

 だが、今の行動はある意味アノエの罠であったのか、間髪入れず剣を握り直し、振り回すことで反撃してきた。

 とはいえそれすらもアムステリアの活性化した動体視力には及ばず、簡単に避けられて蹴りを入れられた。


「……グッ……!! くそ……!!」


 胃液が込み上げてきて、耐えきれずに吐きだす。

 その様子を見下してくるアムステリアの顔が、腹立たしくて堪らない。


「アノエちゃんだったかしら? もう止めなさい。折角あの時助けてあげたんだもの。別に死に急がなくてもいいじゃない?」

「だ、黙れ……!! 別に死に急いでいるつもりはない……!! 私がお前を殺せばいいだけなんだから!!」

「それが無理だって言っているのよ。このまま続けると貴方、死ぬわよ? 私だって、あまりにもしつこいと容赦しないわ?」

「黙れと言っている!! 私はお前を殺す! 別に死んだっていい! お前を道連れにさえ出来れば!! リーダーの為なら、私は何だって出来る!!」

「リーダーってメルフィナの事よね。……一体何があったの?」

「教える義理はない!!」

「でしょうねぇ。実は私もあまり興味もないの」

「死ねぇえええええええ!!」

「かかってきなさい? 判るまでやってあげるわ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 アノエは咆哮したのと同時に剣を握りしめ、アムステリアへ向かって振り下ろしていった。







 ――●○●○●○――






 アノエは孤児だった。

 かの宗教戦争で家族親戚全てを無くし、呆然とした意識の中、行く当てもないまま、若干14才という少女が彷徨い、行き着いた先は『非干渉都市ルーテルスター』であった。

 ルーテルスターは他都市からの干渉を一切受けない無法都市。

 力が全てを支配している地域だ。

 孤児である彼女は、食料を得るためにまず身体を売った。

 見たことも話したこともない男――ある時は女にも抱かれ、稼いだお金で何とか命を繋ぎ止めていた。

 ある時、彼女の客に暴力を振るう男がいた。

 アノエは丸腰ながらも、男の暴力を躱し、そして逆に近くに置いてあったナイフで男の身体を八つ裂きにした。

 その時初めて、人の血は暖かいのだと知った。

 何人に抱かれても、彼女の感じていた寒さを緩和することは出来なかったのに、血の温もりだけは、なんだか無性に暖かく、心をホッとさせた。

 それから彼女はしばらく、身体を売るという事を餌として、釣られた客をナイフで切り刻んでいった。

 アノエによる被害者が十二名になったところ、ある日彼女にコンタクトをとる者が現れた。

 男は屈強な身体を持ち、色が黒く、身体からもう数日は洗っていないような不衛生な出で立ちであったが、不思議と彼に対して敵対心を――もとい切り刻みたいとは思わなかった。

 男の目的は、アノエを傭兵団にスカウトすることであった。

 何の躊躇いもなく人間を切り刻める彼女の精神力は、誰がどう見ても壊れているとしか表現できないが、こと傭兵の世界となると、逆に才能として評価される。

 男は大声で笑いながら――さりとて瞳の奥には鋭さを隠しながら、アノエをスカウトした。

 アノエは傭兵団の男に、たった一つだけ質問したという。


 ――「傭兵になったら、好きなだけ斬れる?」と。


 アノエは傭兵団に入団し、都市各地を転々として任務に当たっていた。

 構成員の末端である彼女に分け与えられる戦利品はごくわずかであったが、アノエはそれに十分満足していた。

 元々物欲でこの世界に入ったわけではない。

 ただ人を斬りたかっただけだ。

 だから今の生活は居心地が良い。

 特に自分をスカウトしてくれたリーダーの男は、とてもアノエの事を大事にしてくれて、また彼女の要望をよく答えてくれる男だった。

 他の仲間は男だらけであったが自分の身体に手を出してくる者もおらず、比較的話しやすかった為、孤独を感じたこともなかった。

 おそらくリーダーが裏で目を光らせてくれたのだろう。

 アノエはそのリーダー格の男をそのままの意味で『リーダー』と呼ぶようになった。


 宗教戦争の後の事後処理をよく任された傭兵団は、各地で戦闘を繰り広げていった。


 だが、戦争の時代というのはいつの時代もいつかは終わりを迎えるもの。

 アノエにとって居心地のよかった戦争は、いつしかどの都市も終焉を迎えていた。

 アレクアテナ大陸が平和になる。

 このことに多くの者は安堵し、喜んでいたが、アノエと傭兵団にとっては死活問題であった。

 戦争がなければ傭兵団は金を稼げないし、アノエは人を斬ることが出来なくなる。

 あまりにも面白くもない世界になったものだと、アノエは内心がっかりしていた。


 傭兵団は戦争がなくなると、日に日に仕事が減り、食うに困る現状にすら至っていった。

 多くの者が傭兵団から離脱、残った者も、マリアステルやラングルポートを中心に盗み等の犯罪を犯すようになった。


 傭兵団のリーダーも金の工面に苦労している様子が常に見て取れた。

 仲間が減り、金もない。

 男にとっては焦らねばならぬ状況だったのだろう。

 それは態度に如実に表れ、性格は以前より荒くなり、彼の待とう雰囲気も黒ずんでいた。

 それでもアノエは彼のことはある程度の信頼を置いており、常に彼の命令が聞こえる場所に残っていた。


 平和になったことで、アノエはとてつもなく無駄に暇になってしまった。

 仲間の犯罪行為に加わるということもしなかった。

 犯罪に手を染める行為自体、別にどうも思いはしないのだが、ただ単に人を斬れない事に、どうも興味が持てなかったのだ。

 そこでアノエは余った時間に、絵画を描く趣味を始めた。

 わずかに手にした戦利品で、画材と食料のみを買い、空いた時間は絵を描くことに没頭した。

 不思議と絵を描いている間は、人を斬りたいという気持ちが和らぎ、心が安らかになっている自分に気がついていた。

 そういえば父が生きていた頃、よく絵画を描いていたことを思い出した。

 父に才能はなかったが、とにかく絵を描くことが好きで、仕事が済めば毎晩深夜まで絵を描いていた。

 そんな絵描きの血が、自分にも流れているのだろうかとよく自問したが、結論は判らなかった。

 ただしアノエと父の決定的な違いが、一つだけあった。

 それは、アノエは絵画を描く才能があったということである。

 初めて描き上げた絵画は、あまりにも凄まじい迫力があり、仲間達からも絶賛された。

 自分の作品が褒められることが、これほどまでに心躍るものなのかと言うことを、この時初めて知った。

 それ以降、アノエはさらに絵画を描くようになっていった。

 その様子を影から黒い目で見守る、リーダーの存在に気づかずに。



 傭兵団の経済状況は、もはや最悪の一言に尽きる状態にあった。

 皆傭兵団を止めることになれば、行き場のないならず者ばかり。

 だからリーダーは何が何でも傭兵団を解散させるわけにはいかなかった。

 その重圧が彼の心を壊してしまったのかも知れない。

 傭兵団の数は目ではっきり判るほど減っていた。

 多くの者が抜け、また犯罪行為により治安局に拘束されていた。


「何をしてもいい、とにかく金を工面せねば」が男の口癖になっていた。


 そんな男の様子に、アノエも心配になり、何とかならないかと画策した。

 そこで発見したのが、王都ヴェクトルビア主催の絵画コンクールだった。

 金賞に対しての賞金は、なんと百万ハクロア。

 これだけあれば、当面は凌いでいける。

 そう思ったアノエは、コンクールに向けての絵画を、仲間に黙って描き始めた。




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