歪んだ愛に溶けて
「イレイズ、お前はもう少し俺と遊んでもらう!!」
ルシャブテがそう言った瞬間、またもやイレイズの身体はルシャブテの前へ転移していた。
「ほらよ!!」
再び目の前に現れる巨大な爪。
「……ふんっ!!」
今度もガードは出来たものの、その衝撃を受けきることが出来ない。
さっきと全く同じように、イレイズの身体はギルパーニャの近くへと吹き飛ばされた。
「あっはっはっは!! また上手くガード出来たじゃないか! 流石だ!! だがその身体はいつまで持つかなぁ、イレイズ!! なんでもダイヤってのは確かに硬いが、こと衝撃には関しては結構弱いらしいじゃないか!」
「……知っていましたか」
ダイヤモンドという物質は非常に硬いことで有名だ。
しかしながら衝撃に対して無敵というわけではない。
当然生身の身体と比べてなら、衝撃に対してそれなりの耐久度はあるものの、それでも一定以上の衝撃を受ければ砕けてしまう。
実はダイヤ化した腕にも、今までの攻防により小さい亀裂が入ってきていた。
ダイヤになっているとはいえ、元々これはイレイズの腕。
ダイヤ化であればサラーの癒しの光で元には戻るが、完全に破壊されてしまった場合、例えサラーの力を持ってしても身体は元に戻らない。
「もう一度思いっきりぶっ叩いてやれば、次は粉々になるかもなぁ!! あーっはっはっはっは!!」
ルシャブテの高笑いを聞きながら、イレイズは自分の拳を見る。
拳を開けると――あった。
それはさっき転移される前に掴んだ、床の瓦礫だった。
(……なるほど、私が掴んでいるモノは一緒に転移されるようですね……!! 思った通りです! これなら上手く行きます……!!)
ルシャブテの神器『透明世界の黒羽』の再使用可能時間は20秒。
再使用可能まで、後10秒だ。
さっきと同じように、イレイズはよろけるふりをしてギルパーニャへと近づいた。
「次だ! 次で止めを刺してやるよ!! 今までありがとなぁ、イレイズ!!」
イレイズの周囲の空間に歪みが生じていく。
(……後5秒……4……3……2……1……!!)
カウントが残り1秒になった瞬間、イレイズは横たわるギルパーニャの腕を掴んだ。
「死ねぇ、イレイズ!!」
カウントが0になった瞬間、再びイレイズの見る風景が変わる。
だが、今回はさっきとは少し状況が違う。
何故ならイレイズの隣には――死んだと思われたギルパーニャの姿があったからだ!
「――強酸を喰らええええええええええ!!」
「――何ッ!? どうしてお前が生きて――うがあああああああああああああああああっ!!」
転移した瞬間、ギルパーニャは手に付けていた神器『強酸手袋』を発動させていた。
手袋の前方より、黄緑色をした強酸が噴出し、ルシャブテの身体を直撃する。
「うがああああああああああああああああああああ!? 強酸だとおおおおおおおおおおおおお!!?」
身体全体に強酸を受け、ルシャブテはのた打ち回る。
「はぁ、はぁ、なんとか、上手くいったね……!!」
「ですね……!!」
ギルパーニャの傍へ吹き飛ばされた時、イレイズはギルパーニャが生きていることに気づいた。
ギルパーニャはルシャブテには聞こえないような小声で、イレイズに言ったのだ。
――『自分を奴の近くまで連れてって』と。
見ると先程までつけていなかった手袋をしていた。
これが切り札であると瞬時に見抜いたイレイズは、ルシャブテの神器の能力や条件を改めて分析したのだ。
――有効範囲は10メートル、そして再使用可能時間は20秒。
何度もルシャブテの攻撃を受けながら、イレイズはずっと冷静にこの時間を測っていた。
ルシャブテは戦闘開始直後からずっと、20秒間隔で転移を繰り返していた。
そしてイレイズが二度目に転移させられた時に、一つ実験をしていたのだ。
――それは『転移対象物以外は転移できるのか』ということ。
考えてもみれば、自分が転移した際、自分の服や靴も転移している。
ルシャブテ自身もそうだし、神器を持っての転移だってやっている。
つまり転移対象者が持っているものであれば何だって転移できるのではないかと仮説を立て、そして実際に床の瓦礫を隠し持って転移した。
結果は転移可能。
ならばギルパーニャを掴めば、ギルパーニャごと転移することが出来るのが道理。
最後の転移の際、イレイズは時間を数え、ギルパーニャに伝えた。
カウントがゼロになった瞬間に神器を発動できるように準備をさせるために。
全てが作戦通りに上手く行き、結果ルシャブテに強酸を浴びせることが出来たのだ。
「うがああああああああああああ!! 畜生おおおおおおおおおおお!! ど、どうして!! どうしてお前があああああああああ!! その神器をおおおおおおおおおおおおおお!!」
身体がぐずぐずに溶けていき、直撃したルシャブテの両手から『邪龍の爪』が床に落ちた。
『透明世界の黒羽』も酸によりシュウシュウと音を立てて溶けている。
あれではもう使用するのは不可能だろう。
「お前が、お前がスメラギをおおおおお!?」
「アムステリアさんがやったんだ! おかげで私はこうして生きていられる!」
「またしてもアムステリアかああああああああ!! くそおお、あの女、どうしていつも俺のことをおおおおおお!! …………」
ルシャブテが大きく声を上げたのもここまでだった。
強酸に犯された身体は、もう彼が現世へ留まることを許さない。
どさっと音を立てて、ルシャブテは倒れた。
「くそ……、……スメラギの奴、最後は俺を殺したのか…………、あの世で……懲らしめてやる…………」
ルシャブテは死んだ。
自分を死ぬほど愛していた女の神器によって、殺されてしまった。
スメラギの愛は彼に届いたのかも知れない。
何せ同じ日に、同じ場所へと旅立てたのだから。
「――まだだ」
「「…………!?」」
突然の声と共に、ドスッという生々しい音が轟いた。
ルシャブテの溶けかけた身体に、巨大な剣が突き刺さっている。
「死ぬのは勝手。でもその余った魔力は、私が貰い受けてあげる……!!」
ズブリと剣を引き抜く。
「これであの女を殺せる!!」
その剣の刀身は、ルシャブテが最後に残した魔力によって、怪しく紫色に輝いていた。