神器の再使用可能時間(リキャストタイム)
「……そういえば初めてかもな、お前の拳を貰ったのは……!!」
イレイズの拳によって地面に叩きつけられたルシャブテは、ムクリと起き上がるとそんな感想を述べて、口元の血を拭った。
「そんなのんびりとした感想を言える時間があるんですか?」
ルシャブテの傍に降り立ったイレイズは、追撃とばかりに拳を振り上げる。
「別に構わんさ。イレイズ、その拳を振り下ろすときは注意しろよ? お仲間は大切にな」
「顔に似合わないこと言わないでください。背中がムズムズしてきますから!!」
また転移して逃げる気なのか、訳の分からないことを言って混乱を誘う気なのか。
どちらにしても、拳を叩きつけることが正答に違いない。
拳に力を込めて、時空の歪みが消え去ろうとする前に振り下ろうそうとした、その時であった。
「……――なっ!?」
「――え、ええ!? どうして!?」
「……くっ!!」
ズゴンと床を砕く音。
ダイヤの拳が床に突き刺さる。
「あ、危なかったです……ッ!!」
「な、なんでこんなことにぃ!?」
ダイヤの拳が突き刺さっている場所から後ほんの数センチのところに。
本来ルシャブテの顔があったその場所に、どうしてかギルパーニャの顔があったのだった。
時空が歪んだと思った瞬間、気づいたらその場所にギルパーニャが現れた。
反応してすぐさま拳の軌道をずらしたおかげで、ギルパーニャの可愛らしい顔も無事のようだった。
ルシャブテだって消えたわけじゃない。
奴は今もギルパーニャの隣に倒れている。
「自分以外の者も転移できる……!?」
「そういうこった」
いつまでも寝てはいられないと、再び転移を行ったルシャブテ。
今度は壊れて瓦礫となった階段のところへ転移すると、休憩とばかりに腰を掛けた。
「だから言ったろ、注意しろ、仲間は大切にってな」
「この子を盾にするつもりですか……!! なんて卑怯な……!!」
「卑怯? は、馬鹿だなお前。俺は神器を有効活用しているだけだ。それによ、場違いだとは思わないか? お前」
「わ、私?」
「ああ、お前だよ」
突如指差され、戸惑うギルパーニャ。
恐怖に少し声が震えていた。
「お前みたいなチンチクリンの雑魚が、この場にいるというのがおかしい話だ。自分でもそう思ってんだろ?」
「………………」
確かに、ルシャブテの言うとおり、ギルパーニャはこの場で一番弱い。
特別な力を持つわけでも、強靭な肉体を持っているわけでもない。
ギルパーニャがここにいる理由、それは単に自分の我が儘だ。
師匠や兄弟子に置いていかれたくない、一人になりたくないという、ただの願望。
ウェイルやフレス、他の皆や敵でさえ、ここには何か大きな目的があっているというのに、自分は本当に小さすぎる我が儘でここにいる。
「イレイズ、お前も大変だよなぁ。赤い龍の面倒だけでなく、あの糞鑑定士からそんなゴミの面倒まで押し付けられてよ!」
「……ルシャブテ。ウェイルさん達や、ましてやサラーを侮辱するような言葉は、絶対に許しませんよ……!!」
「馬鹿か、最初から許す許さねぇの問題じゃないだろう!? 殺す殺されるの問題だろうよ!!」
ルシャブテの背後が歪む。
そしてその転移先は――ギルパーニャの背後だった。
「こっちを狙って……!?」
時空の歪みが消え去っていく。
瞬間、ルシャブテが目の前に現れ、そして。
「こうしたらイレイズ、お前も肩の荷が下りるってもんだろ?」
何十本もの爪が、避ける隙間も無いほど一斉に飛んでくる。
「死ね、ゴミクズ!!」
「――ギルパーニャさん!! 逃げてください!!」
「こいつにはそれすらも無理だろうよ!! 死ね!!」
イレイズも間に合わない位置で、ギルパーニャの身体を神器の爪が襲い掛かった。
――吹きだす鮮血に、衝撃に吹き飛ぶ身体。
ギルパーニャの身体は空しく床に叩きつけられ、そして彼女の身体はゆっくりと動かなくなった。
「あー、ゴミを掃除するとやっぱりスッキリするな」
「ルシャブテ、キサマぁあああああああああ!!」
「いいねぇ、瞳に怒りの色が灯ってきたぜ! こうでなきゃよぉ!!」
大切な友人から守ってくれと託された彼女を、ゴミとののしられ、そして爪の餌食とされた。
彼女を守れなかった自分自身も情けないが、それ以上にルシャブテに対する憎悪が溢れる。
その憎悪はダイヤの拳となりて、ルシャブテの顔面を再び殴らんと振りかぶった。
しかし、その一撃は空しく空を切る。
「おいおい、イレイズ、ちょっと熱くなりすぎだぜ? お前はもっとクールだろうに」
「黙れ!! お前だけは許さない!!」
何発も連続で拳を打ち込んだが、ルシャブテは軽い身のこなしで、或いは転移しながら全ての攻撃を躱していく。
「そんな大振り、この俺に当たるわけがないだろう?」
「…………」
イレイズはしばし無言で拳を放ち続けた。
一方的な回避ばかりの中、ルシャブテは余裕気に笑いながら言う。
「俺とお前、よく一緒にタッグ組んでいたよなぁ。実はその頃からずっと思っていたんだが、やはり王族の血の入った人間の瞳というのは、どこか他の人間の持つ瞳の色と違う。お前の目もそうだが、力強さを感じるんだ。俺はそういう目が大好きでな。もう欲しくて欲しくて、ずっと殺してやろうと思っていたんだよぉ!!」
ルシャブテの魔力が『蛇龍の爪』へと集中し、爪が一気に伸びていく。
――反撃が来る。
それは理解出来たものの、イレイズはお構いなしに拳を打ち続けた。
「お前のダイヤの部分は拳だけだったよな!! 他の部分、例えば顔はどうなってるかなぁ!?」
爪はイレイズの周囲をぐるぐると取り囲むように伸びていく。
そして次第にそれは渦巻く円のような形となった。
円の中心はイレイズ。
そのイレイズに向かって、爪は螺旋状に伸びてきた。
「好きな爪を砕け。残りは全部お前の身体にやる!」
「…………!!」
中心に向かって伸びた爪が、一気に中央で交差した。
「……姿が消えた?」
イレイズの身体が真っ二つになれば、その上半身は爪の上に乗るはず。
「意外に冷静じゃないか」
「…………」
イレイズは無事だった。
爪が衝突する寸前、床に寝そべり、爪をやり過ごしたのだ。
目と鼻の先に爪があるので、本当にギリギリの線だった。
「だがな、俺がそれを読んでないとでも思っているのか?」
突如、頭上の爪が消え去った。
それどころか、自分が今の今まで見ていた風景すらも変容する。
身体の体勢もおかしい。
今、自分は寝そべっていたはずであるのに、何故か立っている。
そしてついでに――目の前にルシャブテの姿があった。
「いらっしゃい、王子様!!」
「…………グッ!!」
「ちっ、心臓狙ってやったのにな……!」
ルシャブテの爪が、イレイズの脇腹に突き刺さっている。
突然の出来事ではあったが、イレイズの身体は何とか反応してくれたようだ。
そのおかげで、少しだけ身体をひねることが出来て、それが致命傷を避けてくれたようだ。
「やっぱり身体は生身か」
腹からは血がドクドクと流れ、急激に身体から力が抜けていく。
だがそのおかげかどうかは判らぬが、心臓の鼓動の音が大きくなっていくと同時に、頭の回転が速くなっていく気がする。
(……またも転移……!! ギルパーニャさんの時のことを考えても、やはり自分と相手、どちらも自由に転移可能ですか……!! 転移距離は……おそらく奴を中心に半径十メートル前後!!)
先程からルシャブテが少しだがイレイズの方へ向かって歩いてきているのも、その距離を保つためか。
その範囲内でないの、自分の移動も、相手を引き寄せることも出来ないのかも知れない。
そんなことを考えているうちに、脇腹の痛みが激しさを増していく。
(……一応動けるので傷はそんなに深くはなさそうですが、痛みがキツイ……!! 早く決着をつけないと動けなくなる……!!)
「ほら、もう一度行こうか!」
複数の爪が集まって、一つの巨大な爪となって襲い掛かってくる。
(……今度は転移を使わない……! なるほど、あれにも再使用可能時間が必要なのですね……!! おおよその時間も判りました。くっ……!! ですがこの傷では避けられない……!!)
脇腹の痛みがきつく、身体が思うように動かない。
ならば手は一つ。
「これならば……!!」
ダイヤの腕でクロスガードし、攻撃を受け止めたが、その勢いを踏ん張りきれる力も残ってはいない。
「ググ……、厳しいですね……ッ!! うわっ!?」
衝撃に耐えきれず吹き飛ばされるイレイズ。
偶然にもその方向は、ギルパーニャがいるところだった。
(ぎ、ギルパーニャさん……!!)
身体を起こそうと、ぐっと力を込めて、チラリとギルパーニャの身体を見た、その時。
(……ギルパーニャさん……?)
ギルパーニャの身体の様子が少しおかしいことに気付く。
いや、よく見ると先程吹き飛ばされた時にはしてなかったものがある。
(まさか……?)
ギルパーニャの身体の方へ、よろけるふりをしてさりげなく近づいた。
そして気づく。
(…………!? ……りょ、了解しました……!!)
「おうおう、二人仲良くお寝んねってか? だがイレイズ、お前はもう少し俺と遊んでもらう!!」
(時間はそろそろ二十秒!! ……一つ試してみましょう……!!)