ルミエール美術館
「おお、よくぞ来てくださいました！ ウェイルさん！」
フレスの暴走により、予定より大幅に遅れた昼下がり。
ウェイル達は無事ルミエール美術館へと辿りついていた。
「お久しぶりだな、シルグルさん。最近はどうだ？」
「それが最近客足が減ってきまして……。まあそれはいいのです。ささ、こちらへどうぞ」
シルグルに案内され、二人は美術品倉庫へとやってきた。
「今回ウェイルさんに鑑定していただくのはこれなんです」
シルグルは大きな額縁を金庫から取り出すと、ウェイルの前に晒しだした。
「――これは……セルクか？」
「そうです。セルクナンバー227。ナンバーを見ても分かる様に新発見の絵画です」
「……確かにセルクっぽい画風だな……。よし、詳しく鑑定しよう」
「よろしくお願いします」
暇を持て余すフレスのことを、シルグルに相手をしてもらいながら、ウェイルはたっぷりと時間を費やし鑑定を行った。
およそ三時間以上。そうして導き出された鑑定結果は――
「……これはセルク・マルセーラの作品に間違いはないな」
公式鑑定書にサインを施し、シルグルに手渡した。
「ウェイルー!! 美術館の中、凄かったよ！ どれも素晴らしい絵画だったし神器もたくさんあった！」
はしゃぐフレスを対照的に、シルグルは肩を落としていた。
「…………そうですか。やはりこれも本物でしたか…………」
シルグルの反応に違和感を覚えたウェイル。
本来なら本物だと判った以上、喜ぶべきところのはずだ。
だがシルグルのこの落ち込み様。明らかに不審だと感じた。
「なぁ、シルグル。どうして俺に鑑定を依頼した？」
ウェイルがシルグルに問う。
「正直な話、お前は俺よりもセルクについて詳しいはずだろ。今までにも俺の数倍以上セルクの鑑定をしてきたはずだ。なのにどうしてこの作品は自分で鑑定しなかったんだ？ 俺なんかに頼む必要などなかったはずだろ？」
ウェイルの指摘はもっともだった。
ルミエール美術館の館長ともなれば、その鑑定力はプロ鑑定士と同レベル、いや、セルクに関していえばそれ以上のはずだ。
おそらくシルグルは、この大陸中で最もセルクの作品に目を触れ、そして鑑定してきたはずだ。正直、ウェイルより詳しいだろう。
それなのにシルグルは敢えて鑑定をウェイルに任せてきた。
このことをウェイルは疑問に思ったのだ。
「……実は私も鑑定を行ったのです。そしてこれは間違いなく本物だという確信があります」
「だったら何故？」
「…………」
しばらく沈黙していたシルグルだったが、やがて決心したのか、ぽつぽつと語り始めた。
「信じたくなかったのです。これが本物だということを」
「……どういうことだ……？」
ウェイルにはシルグルの言葉の意図が理解できなかった。
「言葉の通り、信じたくはなかったのです。何故なら、この作品通りにまた事件が起こってしまうから……」
「事件……？」
当初ウェイルは疑問を感じていたが、少し考えるとピンと来た。
――ステイリィが話していた連続殺人事件。このことと何か関係しているのではないか、と。
「実はこの頃、このヴェクトルビアで連続殺人事件が発生しているのです」
ウェイルの予想は的中していた。
だが、その事件とこの絵画の何の関連性があるのか。そこが判らない。
ウェイルが思考していると、シルグルから質問が飛んできた。
「ウェイルさん。『セルク・オリジン』というのはご存知ですか？」
「……ああ。知っている」
「ねーねー、ウェイル。『セルク・オリジン』ってなに？」
フレスが首を傾げて訊いてくる。
「セルク・オリジンっていうのはな。セルク・マルセーラという画家が、画家活動初期に描いたとされる７枚の絵画のことだ。俺ですら現存する全ての作品を見たことはない」
シルグルがフレスに説明をしてくれた。
――セルク・オリジン。
ウェイルの説明通り、セルク・マルセーラの初期作品の七枚のことで、他の作品と画風が一風変わっていることからこう呼ばれている。
そしてセルク・オリジンにはもう一つ、他作品とは全く異なる特徴がある。
それは物語性である。
最近の研究から、セルク・オリジンの七枚は全てが連作になっていて全ての絵画を合わせて一つの物語が完成することが判っている。
現在プロ鑑定士協会が把握しているセルク・オリジンは六作。
後一つで全ての物語が完成する。
そして最後の一枚が――今、目の前にある絵画なのだ。
「――そしてこれが最後のセルク・オリジンなのです」
シルグルに詳しく説明されたフレスだが、おそらく全ては理解できていなかった。
「へー、物語があるなんて、面白いね！」
フレスはうんうんと頷いてはいたものの、目を点にして頭に？マークをつけながら言う辺り理解出来ているのかは非常に怪しい。
フレスの台詞にシルグルが嘆息した。
「面白い、であればどれほど良かったことか。今、事態は芳しくないのです」
「シルグル。セルク・オリジンと殺人事件、一体どういう関連性があるんだ？」
しびれを切らしたウェイルが踏み入って尋ねた。
「ウェイルさんは、殺人事件についてどの程度ご存知ですか？」
「新聞などの資料で見た程度だ。王宮でバラバラになった死体が発見されたとか、井戸に毒が撒かれた、とか。だがこれら事件の関連性はよく判らなかった」
「そうでしょう。一般の方がこの一連の事件に関連性があるなんて気づくわけがない。ですが、私は気づいてしまったんです」
シルグルは大きく嘆息した後、言い放った。
「……一連の事件、それは全て『セルク・オリジン』の物語通りになっているということを――」
