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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編 『龍と鑑定士の、旅の終わり』
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新たな世界へ

 ――フェルタリア王宮、書斎の間。


 ここのとある本棚は隠し扉となっており、その奥の隠し部屋にこそ三種の神器『フェルタクス』が佇んでいる。


「しかし凄まじい迫力だな……! 同じ三種の神器でも、ケルキューレとはまた違う圧迫感を覚える」

「ケルキューレは美しいからね。その点フェルタクスは禍々しさを感じるよ! ああ、本当にここに帰ってこれたんだね! 懐かしいなぁ!!」


 二十年振りのフェルタクスに、メルフィナは興奮を抑えきれないといわんばかりに言葉を弾ませていた。

 この暗く冷たい部屋が、メルフィナにとっては我が家のように落ち着く空間だ。

 まるであの時からこの部屋だけ時間が止まっているかのような、そんな感覚にすら陥る。

 この部屋の明かりを灯す仕掛けも、そのまま生きており、そのことがまたメルフィナを感動させた。


「しかしメルフィナよ。ワシは少し不安だ。本当にこいつを動かすことは出来るのかどうか」

「出来るよ。そのために色々と集めてきたんじゃない? どんな犠牲を払ってでも、全てを捨ててここまで来た。手元には鍵たるケルキューレにサウンドコイン。後必要なのは、『アテナ』と龍と、そしてピアノ奏者」

「メルフィナ、確かに我々はそのほとんど全てを集めた。龍とアテナについてはすでにこの都市に集結しているはずだし、アテナは細かい魔力の制御に必要なだけであって、特段必須というわけじゃない。だが我々は必須である一つをまだ手に入れていない。ピアノ奏者だ。この点をどうするつもりだ? まさかお前さんがピアノを弾くわけではあるまい」

「弾けるわけないよ。それにフェルタクスをコントロールする曲は、生半可なピアノ奏者では無理だよ。魂が歌に汚染されてしまって廃人になっちゃうし」

「なら一体どうするつもりだ?」

「大丈夫だって。何せフェルタリア最高のピアノ奏者は、まだここにいるんだから」


 そう言ってメルフィナは顔を上げて、フェルタクスのコントロールユニットの方へ目を向けた。


「久しぶりだね――――アイリーンお姉ちゃん?」

「な……、誰だ……?」


 コントロールユニットにある巨大な鍵盤の前で。

 美しいほどに輝く白い肌の腕をすらりと伸ばし、端麗な指を鍵盤の上においた状態の、見目麗しい女性が、ピクリとも動かずにその場にいた。


「メルフィナ、誰なんだ、あれは!?」

「あれはね、僕の婚約者だよ? 二十年もずっとあそこで、僕を待っててくれたんだ」


 二十年前のフェルタリア崩壊の日。

 ライラが復元した神なる曲を奏でたアイリーンという貴族がいる。

 彼女の叩く鍵盤の音は、フェルタクスを歪に動作させ、そしてフェルタリアを音のない都市に変えた。

 演奏中、フェルタクスの魔力に魂を持っていかれたアイリーンは、その身体を永遠の中に引きずりこまれた。


「お姉ちゃんはね、フェルタクスによって、時間の流れからはじき出されたんだ」

「……時が止まっているのか……!!」


 二十年。

 その間に彼女の身体は朽ちることなく、その美しい姿のままで保存されていたのだ。


「死んでいるのか?」

「魂はなくなっていると思う。だからこそ、僕はあれを大監獄から盗み出させたんだから」


 メルフィナの手元にある、黒いリング形の神器。


『無限地獄の風穴』コキュートス・ホールゲートで、アイリーンお姉ちゃんの魂を呼び出して元に戻せばいい……!!」

 死者の魂と肉体を蘇らせる最凶の神器、『無限地獄の風穴』コキュートス・ホールゲート

 この場合アイリーンの身体はすでにあるため、魂だけ蘇らせ、彼女の身体に突っ込んでやればいい。


「そのアイリーンというのは、復活した後ピアノを弾けるんだろうな?」


 完全なる肉体に魂が戻ったとき、彼女は果たしてどうなるのか、他のゾンビのようになるのか全く分からない。

 最悪ピアノを弾けない可能性もある。そのなった場合、今までの準備は全て無駄となる。

 そんな懸念からイドゥはメルフィナに尋ねたのだが、そのメルフィナはというと、


「弾けるよ。アイリーンお姉ちゃんならね」


 と、そう即答した。


「お姉ちゃんは天才だったからね。生まれる時代が時代なら、例えば現代に生まれていれば、現大陸内最高の評価を得てもおかしくないほどの才能だったよ。ただ、残念なことが一つだけあった。天才を超える、歴史的超天才が、同じ時代にいた。それだけだったんだ」


 アレクアテナ大陸に住まうものであれば誰もが知っている大音楽家『ゴルディア』。

 その血を引く稀代の天才、『ライラ』さえいなければ、音楽界はアイリーンの天下だったはずだ。


「そんな天才が、嫉妬という醜い感情と身体だけを残してここにいる。そんなお姉ちゃんに今、魂が戻れば一体どうなるか、そりゃ勿論、ピアノを弾くんじゃないかな?」


 ピアノのために生きて、ピアノに狂い、ピアノで世界と決別した女、アイリーン。

 そんな彼女に再び灯が点るというのであれば、彼女はピアノを弾き出すに違いない。


「それほどなのか、あの女は……!!」


 石像のように動かぬ彼女の迫力に、イドゥも唾を飲み込んだ。


「だからピアノについては大丈夫。後は制御に必要な龍と『アテナ』だね」


 うむ、とイドゥが頷いた時である。


「ただいまー! メルフィナー、サラーつかまえたー!!」


 意気揚々と、朗らかな笑顔で部屋に入ってきたのはティアだった。

 その背後には光のリングで封印した炎の龍の姿がある。


「サラマンドラを捕獲したか」

「うん! でもあの男の方は逃げちゃった」

「ルシャブテが監視していたはずだが?」

「ルシャブテ、ティアが部屋に入ったら、どこか遊びに行っちゃったよ?」

「あの馬鹿、言いつけを守らなかったな」

「別にいいじゃない? もうルシャブテの役割も終わったわけだしさ。後は自由にさせてあげようよ。そういえば他のメンバーはどうなってるの?」

「……さあな」


 そうぶっきらぼうにイドゥは言った、彼の耳にある神器が先ほど輝いていたところを見るに、もう答えは知っているようだ。

 イドゥの言葉を、メルフィナは待つ。


「……だがこれだけは言えるが、龍と『アテナ』と、そして鑑定士達はすでにこの王宮前まで来ているようだ」

「なるほど。……寂しくなったね」


 ウェイル達の足止めはことごとく失敗に終わったようだ。

 それが意味する答えは、声に出さなくとも分かっている。


「そうだな。だが新たな世界が始まれば、皆ともまた会えるだろうよ」

「そうだといいなぁ……」


 仮面の端から涙が伝う。

 全てを捨て去る覚悟でフェルタクスに会いに来た。

 そのつもりだった。だけれど、悲しい気持ちは止まらない。

 自分でもびっくりしていた。

 まだこんな人間的な感情が、自分に残っていたなんて。

 故郷を捨てたときから、こんな感情はなくなっていたと思っていたから。


「……新しい世界は、きっと楽しい。憎しみも悲しみもない、もっと混沌とした世界。人間でなくて、天使と悪魔が統べる世界になる!」


 ―― 改めて僕はフェルタクスを見上げた。


 こいつが全ての終焉にして邂逅への鍵。


 望む世界を手に入れるため、これから僕は、全てを捨て去る。


 たとえ今の世界がどうなろうとも、新たな世界が全てを包んでくれる。


 時は来た。




 ―― アレクアテナの歴史の、エピローグを始めよう ――



「さあ、全てを手に入れよう!! アレクアテナ最後のパーティの始まりだ!! ティア、残りの龍達をここに連れてきて。僕はここで、パーティの準備をしているから!」

「お任せ!」

「イドゥ、『全ての龍を手に入れる』。この計画通りお願いね?」

「……承知した」


 イドゥは気づかれぬようにティアをちらりと見た。

 そう計画には『全ての龍』が必要なのだ。

 それが例えこちら側の者であろうとも。 


「ここは任せるぞ、“リーダー”」

 イドゥはメルフィナのことを、敢えてリーダーと、そう呼んだ。

 イドゥの『祖先の記憶の箱舟』アンセストラル・メモリーノアからは、もう何一つの情報が入ってこない。

 それは世界が新たな秩序に生まれ変わり、神器が反応しなくなったか、はたまた自分が死んだのか。

 それがどちらなのかは分からない。


 ――だが一つ言えることがある。


 それは、二日以内には確実に決着がついているということ。


「さて、我が息子達の仇を取りに行こうか。ティア譲ちゃん、行こう」

「うん! 次はフレスかな? それともミルかな? どっちがいいかなぁ!?」


 イドゥは静かな怒りを胸に、ティアは躍動する期待を胸にして、書斎を後にした。


 

 メルフィナは一人フェルタクスのピアノ鍵盤前で、手に入れたサウンドコインをコントロールパネルに設置していた。


「これで良しっと。後はパーティを始めるだけだね」


 そう呟いて、メルフィナは静かに動かぬアイリーンへと向き直る。


「パーティでは会場を盛り上げてよね? お願いだよ――アイリーンお姉ちゃん……!!」


 メルフィナは愛おしげに、時の流れから置いていかれたアイリーンの肩を抱きしめたのだった。




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