サラー、封印
ティアの小さな光球は、サラーの業火を一瞬の内に打ち消した。
「サラーの火って、しょぼーい! たったこれだけで消えてくれるんだもん!」
圧倒的な力の差に、ティアはキャッキャとお腹を抱えて笑っていた。
「……ははははは! 確かに笑いたくもなる」
「…………?」
手足を縛られて圧倒的に不利な状況のはずのサラーが、どうしてか笑っていた。
そのことにティアの機嫌も少し悪くなったらしい。
「どうしてサラーは笑っているの? 負けてるのに?」
「理由を知りたいか? ならこいつとも勝負してみろ!」
サラーの両瞳が真紅に染まり、周囲に陽炎が発生。
立ち込める煙と熱波に呼応し、サラーの髪も逆立っていく。
「炎の龍、サラマンドラの力を舐めるなよ!!」
サラーの真っ赤な髪の毛の先端に火がついたと同時に、彼女の背後から部屋を丸ごと丸ごと飲みかねない巨大な龍の形をした炎が現れた。
「もう一勝負!」
黒煙を上げて燃え盛る龍型の炎は、一直線へティアを飲みこまんと突っ込んでいく。
「うわー! サラーって芸術家! 龍の形の炎だなんて、オシャレ! でも、やってることはさっきと一緒で、芸がないよ! ……あれ? 芸がないのに芸術家? 矛盾?」
そんな冗談を垂れながら、先程と同じようにティアも光球を作り出す。
ただそのサイズはさっきより若干大きい。
大口開けて迫る炎の龍に、エサでもあげるかのように光球を投げつけた。
――ジュン……!!
先程の衝突より音は大きい。
だが同じように反動や爆風は一切ない。
またも完全に打ち消されている。
「アハハハハ! サラーってばおバカだよね! 何度やっても同じことなのにさ!」
大声でサラーをあざけ笑うティア。
サラーの放った炎による黒煙で彼女の姿は見えなかったが、さぞかし悔しい顔を浮かべているに違いない。
そうティアは確信し、煙の晴れた先の、サラーが縛られている方を見る。
「アハハハ、サラー、どう? 悔しい? 悔しいよね! アハハハハ!! ……あれ? いない?」
「そりゃここにいるからな」
ティアの背後から聞こえる、サラーの声。
「い、いない……?」
ティアの視線の先、そう、サラーが本来縛られているはずの場所に、彼女の姿はなかった。
ぽんと左肩に手を置かれる感触。
置いてある手から発する熱で、左肩は焼けるように熱かった。
「サラー、どうしてそこに……!!」
肩に加わる圧迫感に、ティアは振り返らず問うた。
「神器、壊れてる……!?」
宙に浮いているはずのティアの神器は、もうこの部屋のどこにも存在していない。
「今の炎の龍が、食べちゃったの……!?」
「うん。私の狙いは最初からイレイズを縛る神器。わざわざそっちから出してくれるなんて神器を探す手間が省けた。私の出した龍は、最初からティアを狙う気なんて更々なかったから。神器をぶっ壊す為だけに出したのだからな!!」
サラーの放った炎の龍は、ティアに消される寸前に、自分とイレイズを縛り付けていた神器を飲みこみ、消し炭にしていたのだ。
これこそサラーが最初から狙っていたこと。
別に炎の龍があっけなく消されようが問題は無かったのだ。
「実に間抜けな龍だよ、ティアは。こっちの狙いにもっと早く気付けば、私達はまだ自由を取り戻せてなかったはずなのに。そうだ、お間抜けさで言えばフレス以上かも知れないな!」
ぶおおおっとサラーの手から激しい炎が噴き出して、ティアの肩を焼き焦がす。
「あ、あつういいいいいいいいいッ!! 火、消してええええええええええッ!!」
ズンムと握り掴むサラーの手を叩きながら、ティアは大きく体を振る。
だがサラーは一度掴んだ肩を離す気はさらさらないようで、さらに力を入れてティアの肩に指を食いこませた。
「いやああああああああああッ!! ぎゃああああああああああああッ!!」
「どうせ龍は殺せない。火傷もすぐに治る。だけど、痛みはしっかり感じる! しばらく戦闘不能になってもらう! 焼け焦げてしまえ!!」
サラーはさらに炎の勢いを増させる。
ジュウジュウと肩が焼ける音と、龍の再生力が肌を再生させる音が同時に響き渡っていた。
「ぐぐぐ…………!!」
「……何……!?」
ティアが痛みで叫ぶのを止めた。
歯を食いしばり、必死に耐えている。
また顔が燃えることも厭わず、サラーの方へ向かって顔を向けてきたのだ。
悔しそうに、そして痛みに耐えるように目に涙を浮かべながら、ティアは睨んできた。
「てぃ、ティアは、負けないもん……!! イドゥは、メルフィナは、ティアをもっと楽しませてくれるって、そう言ったんだもん……!!」
左肩を掴む燃え盛るサラーの腕を、火傷することも覚悟でティアは右手で掴んだ。
「熱い……!! でも、ティアはサラーになんか負けない……!! サラーもフレスと同じように、ブッ飛ばしてやる……!!」
「は、離せ!!」
「ティア、もう遊びは終わりにする。これ以上痛いのは、もう嫌だもん……!! サラー、捕まえたよ……!!」
「な、何……!?」
ティアの右手も炎に焼かれ、重度の火傷を負っているはず。
それでも彼女の右手の握力は、想像以上に強かった。
「ティアだけ痛いのは不公平……!! サラーにも相応の痛みを受けてもらう……!!」
パアァと彼女の周囲には、光のリングが大量に生み出された。
そのリングの数は百以上を超え、この部屋全体に出現している。
「な、何をする気……?」
不穏な気配に、サラーはティアから手を離して距離を取った。
「やっと手を離してくれた。今度はティアの番!!」
バサアッとティアは二対の光り輝く翼を広げ、龍である証を見せつける。
「サラー、敵の力は未知数過ぎます! 一旦逃げましょう!!」
イレイズはそう叫んだが、サラーは一歩も動けずにいた。
この光のリングが、グルグルと部屋中を動き回り始めたからだ。
不思議なことに、このリングはイレイズの身体に触れても、何も起こらない。
サラーの周囲を取り囲むように、グルグルと回っていく。
「サラー、逃げてください!」
「そうしたいのは山々だけど……!!」
「逃がさないよ。またさっきみたいにサラーを縛ってあげる! でも今回は一味違うよ。だって、今度はとっても痛い筈だから!!」
グルグルと回る光のリングのスピードは、徐々に緩やかとなっていく。
やがてリングは動きを止めると、今度はサラーの方へ向かって一気に向かってきた。
「捕まえちゃうよ!」
「ただ黙って捕まえられるわけがないだろう!!」
光のリングに対抗すべく、サラーは身体を炎で包み込んだ。
周囲に漂う光のリングと、サラーの出した轟炎が激しく衝突した。
「サラー!!」
イレイズの叫び声は、光と炎の衝突音に掻き消される。
「久々にティア、怒ってるから! サラーなんて、封印されちゃえばいいんだ!!」
「クッ……!!」
炎の力が、少しずつだが光のリングに押されている。
それもそのはず、そもそも力の威力自体はティアの方が圧倒的に上回っているのだ。
巨大な炎の龍と、小さな光球が対等で、打ち消し合っていることからも、それは判る。
激しい光と熱を放ちながらも、徐々に収束していく二つの力。
「サラー、無事ですか!? 返事をしてください!!」
今度はイレイズのうわずる声もよく響いた。
だが、その声に返す言葉はない。
いや、返す言葉はないが、甲高い嘲笑はあった。
「……あは、あははは! あははははは!! サラー、いい気味! ティアをいじめるからこうなるんだ! あはははははは!!」
「さ、サラー……!!」
光と炎の対決、それは光の方へ軍配が上がった。
収束した二つの魔力の後に残るのは、微かに残る魔力光の残照と、光のリングに全身を包まれてピクリとも動かないサラーの姿があった。
「サラー、封印完了! これでイドゥの計画も一歩前進。ティア、褒めてもらえるかも!」
ティアがくいっと人差し指を曲げると、光のリングのせいで動かぬサラーの身体が持ち上がり、ティアの隣へと移動した。
「サラーをどうするつもりですか!?」
「どうするって、ティアわかんない。でも、龍が必要なんだって! じゃ、ティアは帰るから」
もう用はないと言わんばかりに、ティアは背を向けサラーを連れて行こうとする。
「ま、待ちなさい!! 貴方方は、私を拘束したいのでしょう! どうしてサラーを!!」
目の前の龍には到底敵わない。自分にはサラーを救う力など皆無だ。
その事実が重すぎて、悔しすぎて、思わずティアの背中にそう叫んでいた。
だがそのイレイズの慟哭にすら近いその叫びを、ティアは鼻で笑って振り向きもせずに答えた。
「別に君になんて興味ないから。最初からサラーが狙いだった。それだけだって。だから君は今すぐ逃げても死んでも、もうどっちでもいいんだ」
「な――」
自分が誘拐されれば、それを助けに来るに違いないサラーの方が、実の所敵の真の狙いだったという。
最初から全て罠。
龍を捕まえるのは困難だからこそ、簡単なイレイズの方を囮に使う。
自分はただ敵に利用され、罠の餌にされ、挙句の果てにサラーを奪われてしまった。
そのことが悔しくて悔しくて、堪らなく悔しく、目からは涙が溢れて止まらなかったが――
(…………まだです……!! まだチャンスはある……!!)
イレイズは怒りに震える身体を抑え、黙ってサラーを連れて行くティアの背中を見送った。
「……ここで挫けるわけにはいきません……!! サラーは今までずっと命を賭けて私を救ってくれた。だから、今度は私が……!!」
とはいえ、純粋な力ではティアやルシャブテには敵わないだろう。
だが、一人でなければ。
心から信頼できる仲間の力を借りることが出来れば。
「サラーがここに来てくれたということは、おそらくはウェイルさん達が来ている……!!」
自分に何かあれば、すぐにウェイルを頼れ。
サラーにはずっとこう言い聞かせてあったから。
「やっぱり、ウェイルさんは親切過ぎます……!!」
ウェイル達の狙いも、おそらくこの城に関係することだろう。
そう、ここはフェルタリア。
イレイズは直接聞いている。
フレスの告白と、そしてウェイルの過去を。
「ウェイルさん達がこの城に来るというのならば……!!」
そうならば自分にも出来ることはまだまだあるはず。
イレイズは涙を拭って立ち上がる。
敵はもう自分への興味を失っている。
ティアが無視して部屋から出て行ったこと、見張りのルシャブテすらもいなくなったことからも、これは間違いない。
今なら自分はノーマーク。フリーに動ける身体となった。
ならば今自分に出来ることは、ただ一つ。
「絶対に助け出しますから……ッ!! 待っていてください、サラー!!」
そう言葉にして念じ、イレイズはすぐさま部屋を出ていったのだった。