神器『神王の指と魔王の指』(エクス・リング)
「俺の切り札、|『神王の指と魔王の指』《エクス・リング》。右手の指輪は属性を、左手の指輪は特性を司っている。それらを自由に組み合わせ、攻撃に転ずることが出来る代物だ」
両手の指輪全てが光輝いていたが、突如フッと光が消え去る。
しかし今度は両手の親指と人差し指だけが輝き始めた。
「この指輪は指毎にそれぞれ力が違うんだ。人差し指の属性は『炎舞』、特性は『放出』。さあ、クイズだ。どんな攻撃になるか、予想してみな」
「ふざけた野郎だ……!! しかし放出と聞けば予想は簡単だが――……クッ!!」
人差し指を立てて、指先をこちらへ向けてくるダンケルク。
その人差し指より三センチ程離れた空間に炎が逆巻き、そしてウェイルめがけて一気に放出してきたのだ。
事前のヒントより、炎がこちらへ向かってくることは判っていたので避けること自体は可能であったが、問題はその威力。
「想像上に強いぞ、あの神器……!!」
避けることは出来る。
だが、その威力は凄まじく、直撃でなくても逆巻く熱波は避けられない。
「あがっ……!?」
高熱がウェイルの身を焦がしていく。
肺まで焼けそうになるほど空気が熱せられていた。
氷の剣を顔の近くへ寄せることで、空気を冷やし、何とか呼吸できるレベルであった。
「ハァ、ハァ……!! 息が……!! 周囲の酸素まで奪っているのか……!?」
「おやおや、ウェイル、苦戦しているじゃないか。次いくぞ?」
光る指輪が変わった。
今度は両手の親指と、右手中指、左手小指が光り出す。
「右手中指の属性は『水陣』。そして左手小指の特性は『流動』。さあ、今まで熱かっただろ? これで少し冷えた方がいい」
「…………!?」
少しばかり地面が揺れる。
ゴゴゴと音を立てながら、地鳴りが起きていた。
「一体何が……!?」
「――ウェイル! 敵を見て!!」
離れた場所で見守っていたテメレイアが叫び、声にハッと反応しウェイルはダンケルクを見た。
正しくいえば、ダンケルクの背後に迫ってきていた――水の壁。
「み、水か……!!」
それはまるで津波が、ダンケルクの背後に出来た目に見えない壁に、せき止められているかのような光景。
そしてその津波は、ダンケルクが手をこちらへ挙げたと同時に襲い掛かってきた。
「水なら凍らしてやれば――!!」
氷の剣は周囲へ冷気を送り込む力がある。
それを利用すれば、あの程度の水なら完全に凍らせることが出来るはずだ。
「幻想、流動……!!」
何かダンケルクが呟いていたが、今は目の前の脅威に集中だ。
『氷龍王の牙』を地面に突き刺して、魔力を剣に送り込んだ。
半透明な剣身から青い光が漏れ出すと、その光は津波の方へ突き進んでいく。
光と津波がぶつかった瞬間、津波は一気に凍り付いて、ピタリと動きを止めた。
「ウェイル!! まだだ! 後ろだ!!」
「なっ!? 津波がもう一つ!?」
今の今まで無かった津波が、今度は音も立てずに出現していた。
「間に合わな――!!」
氷の光も間に合わず、ウェイルの身体は津波に飲みこまれ――
「――なっ……!?」
――飲みこまれたと思い身構えたのが仇となった。
想像すらしていなかった死角からの一撃。
それによってウェイルのガードが下がったところに、さらに強烈な衝撃が連続して走った。
「ガハッ……!!」
一体どういうことか、目の前に迫った津波は姿を消していた。
(……後の津波は幻だったのか……!!)
横腹や鳩尾を殴られたのか。
視界が白くなり、呼吸すら厳しい。
力が入らず、胃液が逆流してくる。
堪らず身体を折り曲げて、地に伏した。
「ウェイルーーー!!」
テメレイアが溜まらず飛び出して、ウェイルの身体を起こす。
「は、はぁ、はぁ……!! な、なにが……鳩尾を……!?」
「復習が足りてないぞ、後輩」
二人の前に悠々と、そして指輪を輝かせながら現れたダンケルク。
「俺の幻想を何度も見た癖に、また騙されたか。正直、俺は落胆したぞ」
二人を見下すダンケルクの視線には、失望の色が濃い。
その色が濃くなるにつられて、彼の両手の指輪も輝きを増していく。
「右薬指、属性は『疾風』、左中指、特性は『集中』……!! ハアッ!!」
ダンケルクが手を突き出した瞬間、ウェイルとテメレイアは強烈な衝撃を受けてはじき飛ばされた。
「今、見えなかったぞ……!!」
二人の目には見えぬ弾丸。
おそらくその正体は――空気。
「疾風って事は風……!! 集中というのは、空気を固めたということなのか……!!」
「おお、お連れさんは賢いね。その通りだ。属性と特性を俺は自由に扱えるのさ。今までお前達に見せ続けていた幻ってのは属性『幻想』、特性『流動』によって生み出したものだ。次はこいつと行こう。属性は『疾風』、特性は『拡散』!!」
――フッと、一瞬風が止む。
「う、うわああ!?」
すると今度は二人の周囲から唐突に突風が吹いた。
――『拡散』。それは二人の足下に強烈な風の塊が破裂する特性。
足をすくわれ、さらにバランスを崩して、再び二人は地面に転がされた。
「情けないぞ、ウェイル。次行くからな?」
「ウェイル、しっかりするんだ! また来る!」
「あ、ああ……!!」
テメレイアに肩を借りて何とか立ち上がり、次の一撃を避けるために移動する。
「無意味だな。『疾風』、『集中』!!」
「いつっ……!!」
今度は鳩尾ではなく、右肩に風の弾丸が直撃する。
「くそ……!!」
衝撃が強すぎて肩が痺れてきた。
これではしばらく剣をまともに振るうことすら厳しいだろう。
「……あの神器……!! うん、やっぱり……!!」
テメレイアはウェイルに肩を貸して逃げながらも、ジッとダンケルクの指輪を観察し、何やら思案していた。
ダンケルクの神器に、また光が集中していく。
次の一撃を放ってくるに違いない。
(やっぱりそうだ。あれほどの神器なんだから、制御するのも神器の役目か。なら……!!)
「ウェイル、君はそこで休んでいて。後は僕がやる」
「な、何言ってるんだ! ダンケルクは俺が!」
「君こそ何言ってるんだ! 君はもうボロボロじゃないか。ここで全てを使い果たすつもりか!? 僕らにはまだやる事がある。こんなところで力尽きてもらっては困るのさ! 君には君の因縁があるかも知れない! 自分一人で決着をつけたいと、そう思っていたんだろう!? でも僕にだって、意地があるのさ!! 君の我が儘ばかり聞いてはいられない! いいから黙ってそこで休んでいることさ!!」
ドサッと、ウェイルを地面に落とす。
そしてテメレイアは神器『神器封書』を開いて、ダンケルクに向き合った。
「おや、お連れさんが今度は相手か? 大丈夫なのか?」
「ダンケルクさんって言ったかな? 僕の事を知らないのかな? テメレイアって言う名前なんだけどさ」
「知らんなぁ。俺はあまり他のプロ鑑定士に興味なんてなかったからな」
「そう、だったら知っておいた方が良いよ。僕はね――」
ポケットから三つガラス玉を取り出して、そして叫ぶ。
「――世界で一番、ウェイルを愛している者だからね。だからウェイルを傷つけた君を、決して許さないよ……!!」