『氷龍王の牙』vs『相思相愛剣』
フェルタリアの街を焼く業火の壁で出来たコロシアムにて、激しく鳴り響き続ける金属音。
その一つ一つが、互いの命を奪うための線を描く音。
そんな生と死の境目を何度も引き合うウェイルとダンケルクは、周囲から見た戦いの激しさとは打って変わって、その表情はどこか楽しげであった。
「やるねぇ、後輩！」
「これでも成長したからな！」
軽口を叩きながら、剣を振るう二人は、まるで剣の舞でも踊っているかのよう。
ウェイルが氷の剣をダンケルクの胸を目がけて突き出すと、ダンケルクはそれを『相思相愛剣』の左で、火花を散らしてスライドさせながら軌道を逸らす。
「はは、楽しいなぁ、ウェイル!!」
反撃とばかりに、今の大振りにより隙の生じたウェイルの身体目がけて、ダンケルクは右剣を投げつけた。
「命の取り合いしているのに、どこが楽しいんだ!?」
ウェイルは剣に魔力を込めて、ダンケルクの身体を思いっきり弾き飛ばし、その勢いでそれを避けた。
「おいおい、そんなこと言って、顔は笑ってるじゃないか!!」
「気のせいだろ!!」
――『相思相愛剣』は右と左の剣が愛し合っている剣。
片方がどれほど離れていても、必ず互いを求め再び一つとなる。
その能力によって、まるでブーメランのように帰ってきた右剣を、ウェイルは全力で剣を振り下ろし地面へ叩きつけた。
それを見てヒュウと口笛を鳴らしながら、ダンケルクは左剣もウェイルへ投げ放つ。
「俺はな、ウェイル。お前さんとアムステリアには感謝しているんだぜ？ あの時も今見たく必死だったよなぁ！ お前は俺を助けようと、証拠を揃えて裁判所まで来てくれて！ 正直泣きそうなほど嬉しかったんだぜ!!」
「じゃあどうしてあの時、もう少しだけ待ってくれなかったんだ！ 後もう少し時間があれば、俺達はお前を助けることは出来たはずだ!!」
「そうだな。お前達のことだ。俺の無実を証明し、助けてくれただろうな。だがな、俺は待てなかったんだ。もう全てがバカらしく思えてな。鑑定士っていう人間達は、お前達みたいに良い奴ばかりじゃないんだ。元々鑑定士業界自体にも嫌気が差してたところもあってな。俺にとっては見切りをつける丁度良いタイミングだったのかも知れんさ。おっとウェイル、軌道には気をつけな」
「くっ……！」
ダンケルクの投げた剣を避けることは比較的簡単だったが、またも愛し合う剣同士の引き合う軌道上に身体が入ってしまう。
その双剣はウェイルを前後から真っ二つに引き裂こうと、左剣は弧を描きながら戻ってきて、また右剣は地面から飛び上がった。
どちらも叩き落とすのは難しいとの判断から、身体を引いて剣の軌道から外れることを試みてみる。
氷の剣を地面へ斜めに向かって伸ばすと、その反動を利用し軌道から逸れることは出来た。
――しかし、その際どうしても一瞬だけ身体が浮く。
その隙をダンケルクが見逃すはずもなく、すぐ目の前まで迫ってきたかと思うと、交差する瞬間の双剣をパッと掴み、体勢の悪いウェイルにそのまま突っ込んできた。
「良い動きだ、流石ウェイル！」
「そっちもな……!!」
伸ばしきった氷の剣を一旦解除して、改めて剣を精製し直して、なんとか双剣を受け止めた。
「やはり便利な神器だねぇ、それ」
「だろ？ 可愛い我が弟子からの贈り物なんだ」
剣に魔力を送り込んで、氷の強度をさらにアップさせる。
無色透明の剣に、ニヤリと笑うダンケルクの顔が写り込む。
「龍の作った神器ってか。そりゃこいつじゃ分が悪いな」
ダンケルクは一旦距離を取る。
通常であればこのままダンケルクが突っ込み、剣を乱舞し続ければ、防御体勢を崩すことの出来ないウェイルにはいつしか隙が出来るだろう。
その隙をついて剣を突き出し、トドメまでを想定することが出来たはずだ。
だがダンケルクはそれをしなかった。
――これは実に賢明な判断である。
「流石にそろそろ限界かね」
今の今まで愛用し続けたその双剣を、ダンケルクは大切そうに鞘へとしまう。
「普通の神器でよくここまで刀身が持ったものだよ。その龍の神器相手にな」
実は『相思相愛剣』の刀身には、幾重にも渡る攻防の衝撃によってひび割れが生じていたのだ。
『相思相愛剣』は、特殊な力を持ってはいるが、ウェイルの持つ『氷龍王の牙』のような上級神器と肩を並べるのはいささか実力不足だ。
龍の魔力が注がれているウェイルの神器に比べ、ダンケルクの双剣は強力な力を有してはいるものの、極々一般的な力しか持たない神器なのである。
あまりにも膨大な魔力差のあるこの二つの神器。
戦い続ければ、当然『相思相愛剣』の方が先に限界が来る。
『氷龍王の牙』の強大な力に何度も何度もぶつかり続けたのだ。こうなるのも必然だ。
むしろよくここまで持ってくれたと褒めてやるべきである。
「楽しかったウォーミングアップも済んだし、そろそろ本番としゃれ込もうか、後輩」
「おいおい、今の今までは全て前座だったってか？ そりゃ無いぜ、先輩」
なんて愚痴を垂れてみるが、彼が今の今まで本気を出していなかったことは判っていた。
『相思相愛剣』も強力な神器に違いはないが、ダンケルクはそれとは比べものにならないレベルの魔力を有した神器を持っている。
昔、彼が裁判所にて、自分の裁判に関わった連中を皆殺しにした時に使った、彼の両手の指にはまる神器群。
もう力を隠す必要も無いと、ダンケルクは両手の指に嵌めている十個の指輪を全て輝かせ始めた。
「紹介しよう。俺の切り札の神器、その名も|『神王の指と魔王の指』《エクス・リング》。本気で行くぜ……？」
ついにダンケルクが、ジョーカーを切り出した。
