連続殺人事件
「事の始まりはヴェクトルビア王宮内に、切り刻まれた人の死体が発見されたことでした。四肢を16部にわたって切断された死体が、王宮の庭で発見されたのです。この事件を皮切りに、ほぼ毎週事件が起きているんですよ。次の記事をご覧ください」
ステイリィに促され、次の資料をめくる。
「二枚目の資料には、王宮の事件の次の週の事件が記載されています」
資料にはヴェクトルビアで発行されている新聞が付随されていた。
その見出しには大きくこう書かれていた。
――『王宮の兵士 罪もない市民を虐殺』と。
「この兵士が犯人じゃないのか?」
記事には、その兵士を逮捕、治安局に幽閉したと報じられている。
「実はですね……。その兵士、事件の記憶が全くないのですよ。それどころか、自分自身のことすら判らないみたいで。完全記憶喪失って奴みたいなんです」
「そいつがとぼけているだけじゃないのか?」
ウェイルの指摘に、それは違うとばかりにステイリィは首を横に振った。
「その可能性はまずありません。何故かと言いますと治安局は彼を拷問したからです。三日三晩、ひたすらに拷問を続け今や生きているのが不思議なほどの状態です。私も彼を一目見ましたが……いくら殺人犯とはいえ、あれは少しやりすぎだと思いました……」
ステイリィの顔色に影が差した。彼女にとって、拷問された兵士のそれは衝撃的な姿だったのだろう。軽いトラウマになっているようだった。
「そう、か……」
ステイリィは少しばかり疲れているように見えた。
見ると目の下にもクマができている。
先程のウェイルとのやり取りは、そんな憔悴した自分を隠すための演技だったのかもしれない。
「そして最後の資料です。正直これが一番きついです」
最後の資料を見て、ウェイルは思わず目を疑った。
「――毒殺……!?」
資料に記載されていた事件。
それは毒による大量殺人事件だった。
「ヴェクトルビアは内陸ゆえ、生活用水は全て地下水を利用しているのです。ですから――」
「――井戸に毒を撒いたということか……!!」
人間が生きていくうえで必要不可欠なもの。
それは芸術品でも美術品でも、はたまた神器でもない。
――水である。
この事件の被害者は、何も知らずに毒の撒かれた井戸の水を口にして、死んでいったということだ。被害人数はなんと数十人にも及ぶと記されている。
「……ひどすぎるだろ……!!」
「犯人の動機も、毒の成分も、まだ全て調査中の段階なんです……」
「…………」
ウェイルは怒りで言葉を失っていた。
井戸に毒を撒く。あまりに非人道的で下劣な方法。
真っ当な人間ならばおおよそ想像もつかないほど残虐極まりない手段を、犯人は堂々とやってのけているのだ。
「……それで、これらの事件、一体どう結びついているんだ……?」
ウェイルは怒りを堪え、話を進めた。
「最初の事件、そして最後の事件は犯人が判らない。だが二つ目の事件は犯人が判っているじゃないか。これらは別々の事件なんじゃないのか?」
「はい。治安局上層部もウェイルさんの意見と一致してます。しかし、私にはどうも気になることがありまして……」
「気になること……?」
「はい。これは私個人の考えのなのですが……」
「話してみろよ」
ウェイルが問うと、ステイリィは少し間を開けた後、ぽつぽつと語り始める。
「……ウェイルさん。巷ではこんな噂が流れているんですよ。ヴェクトルビア国王が市民を弾圧している、と」
「つまりヴェクトルビア国王のアレス・ヴァン・ヴェクトルビア公が事件の犯人ではないか、とそう噂があるってことか?」
ウェイルの解釈にステイリィは深く頷いた。
「そうです。考えてみると今回の事件、全て国王絡みなんですよ」
「…………確かにな……」
――最初の事件。王宮内で人が殺されている。王宮とは当然、国王の住まう城である。王宮内の構造には詳しい筈だ。また国王本人が手を下さなくとも家臣に命令することだって可能である。
また家臣全員で口裏を合わせれば、事件は明るみに出ることはない。
例え事件が発覚したとて、家臣全員で口裏を合わせれば無関係を突き通せる。
「二つ目の事件だって、犯人は王宮に仕えている兵士です。そんな兵士なら王に殺せと命令されたなら、どんなに不審に思おうと、命令どおり実行するはずです」
「……そうだろうな」
王に逆らう兵士は皆無といっても良い。軍隊の上下関係ほど厳しいものはないからだ。
そして最後の事件について。
これについてはウェイルも多少の予想は出来ていた。
「国王アレスは井戸建設事業に積極的な王でした。現国王になってからは、国内の水源の数は倍以上になったとされます。ですが最近では水源が豊かすぎるため、水の税金が取れず、国の財政は以前に比べると厳しくなっているとよく小耳に挟みます」
水資源の供給が増えた現在、税金を高く設定すれば確かに国は潤う。
だが国民感情を考えた場合そうもいかない。
満ち足りている水に高い税金が掛かると国民はこう思うだろう。
『誰が高い金を出してまで水なんか買うか』、と。
水資源は豊富なのだ。つまり水に価値がつかない。そして人間は価値のないものに金を出したくはないのだ。
さらに言えば、生きるために必要な水を国が独占していると、悪評を広げられてしまう。
逆に水資源が少ない場合には、井戸を掘るための建設費という名目で税金を掛けられる。
つまり税金と資源はシーソーの関係に近いといえるのだ。誰もが納得のいく徴収理由がなければ、税は信頼を売り反感を買う。
そういった諸々の事情を考えた結果、現在のヴェクトルビアでは水の税金は撤廃されている。
「ですから井戸に毒を撒き、いくつかの井戸を潰して水の価値を上げようとしたんじゃないか、と」
ステイリィの語った内容は、もし国王が仕組んだならば、全て納得のいく説明であった。
――しかし、それはそっくりそのまま反対の理屈にもなりえる。
「ステイリィ。確かにお前の言った通りだ。もし国王が仕組んだとならば、その理由で誰もが納得するだろう。だけどな――それらは全て逆にパターンでも使えるんだ」
「逆のパターンですか?」
「ああ。つまりこう考えてみろ。――何者かが、国王を陥れようとしている、と」
「……あっ!!」
ステイリィはウェイルの助言を受け、はっと気が付いたようだ。
何者かが、この状況を意図的に作り上げている可能性があるということを。
「確かにその通りです! 実際、今回の件で国王に対する国民の不信感は高まっています」
「そうだろ? 何よりも、今お前が言ったような噂が広まっていること自体、国王にとってはマイナスなんだ」
「そうですね。そういう観点を入れてもう一度調査してみます! おい、本部に電信を入れろ!」
ステイリィは部下を呼びつけ、いくつか指令を与えていた。
「ありがとうございました、ウェイルさん。私はこれから少し調べ物をしますので!」
礼を言いながら立ち上がり、部下を引き連れて早々と別車両に移っていった。
「あいつも大変だねぇ……」
しみじみと呟きながらウェイルは隣で眠るフレスの頭を撫でる。
(まったく、のんきな奴だ)
あれだけの騒ぎがあっても、フレスは全く起きることもなく涎を垂らして寝こけていた。
「むにゃむにゃ……。待ってよ、ライラ~……」
フレスの寝言に苦笑するウェイルであった。
―●○●○●○―
――次の日の朝。
「おい、フレス! 起きろ! そろそろ着くぞ!」
「むにゃぁ……、う~ん。もう朝なの……?」
あれから朝までずっと寝続けていたフレスは、重い瞼をこすりながら目を覚ました。
「そうだよ。後小一時間ほどで目的地だ。外を見てみろ」
ウェイルが窓の外を指さす。
「うわあああああああああ!! 何!? あの宮殿!! 輝いてるよ!? なんで!?」
窓から見える景色には王都ヴェクトルビアの王宮が映し出されていた。
光り輝く宮殿を、それ以上に目を輝かせながらフレスがはしゃぐ。
「あの宮殿は全面ガラス張りで出来ているんだよ」
王都ヴェクトルビアの象徴ともいえる王宮、その外装は全面ガラス張りで出来ており、太陽光を反射してまばゆく光輝いていた。
汽車の窓から見ると、それはまさにダイヤモンドのようで、誰もが心を奪われる美しい建造物なのだ。
「フレス。少し落ち着け。翼が出るぞ?」
「むぅ。大丈夫だもん。そんなことよりもウェイル! あの建物、見に行こうよ!」
「何言ってんだ。あれは王族とその家臣しか入れない場所なんだよ」
「えーーー!! 王様ずるい!」
文句を垂れるフレスをよそに、下車の準備を進めるウェイル。
そこにステイリィが姿を見せた。
「おはようございます、ウェイルさん」
「ああ、おはよう」
「ステイリィさん!? どうしてここに!?」
ステイリィを見てフレスが驚く。
「そういえばお前は知らなかったな。昨日この汽車にステイリィが乗ってきたんだよ」
「おはよう、フレスさん」
「う、うん。おはよう……」
ステイリィが求めた握手に、おずおずと答えるフレス。
実のところ、フレスはあまりステイリィが得意ではない。
フレスはステイリィのウェイルへの過剰な行動を思いをあまり好ましく思っていないからだ。
だがそれはステイリィも同じなようで、ステイリィはフレスの耳元にこっそり近づくと、
「フレスちゃん? 抜け駆けしたら――潰すよ?」
「ひぃやあ!!」
とんでもないことを耳打ちしてきたのだった。
「うう……最近怖い女の人ばっかり出会うよ……」
「何か言った? フレスさん?」
「な、なんでもないよ!!」
「……何やってんだ、二人とも。もう駅に着くぞ……?」
そんなやり取りがあったなんて、これっぽっちも知らないウェイルであった。
―●○●○●○―
ウェイル達を乗せた汽車は、無事ヴェクトルビア駅に到着した。
駅にはマリアステルほどではないにしても、相当の数の人で込み合っており、そんな人々向けの商売をする声が飛び交うほど賑わっていた。
「それではウェイルさん。またお会いしましょう」
「ああ」
別れの握手を澄ますと、ステイリィは部下を引き連れて駅のホームから出て行った。
別れ際に一言、
「ウェイルさん、気を付けてくださいね」
と残して。
ウェイルも無言で頷き、手を挙げて答えたのだった。
「さあ、フレス。俺たちもいくとするぞ」
「そういえばどこにいくの?」
「ああ、伝えてなかったっけな。俺たちがこれから向かう場所、それは――ルミエール美術館だ」
――ルミエール美術館。
アレクアテナ大陸最大の美術館で、大陸中の名品、珍品が展示されている。
特に有名なのが『セルク・ラグナロク』と呼ばれる、セルク・マルセーラの生涯最後の作品が所蔵されていることだ。
この絵画を一目見るために大陸中から多くの人が集まり、そのためにルミエール美術館はヴェクトルビアの有数の観光名所になっているほどだ。
そんなルミエール美術館の館長、シルグル氏から鑑定依頼が来たのだ。
だがウェイル自身、これから何を鑑定するのかを知らされていない。
手紙には「とにかく来てほしい」と、それだけしか書かれていなかったからだ。
「すごい美術館だぞ。アレクアテナ大陸に存在する美術品の中でも最高傑作のみを展示している美術館だからな。珍しい神器の所蔵量も大陸一だし、鑑定士を目指すものとしては一度足を運ばないとな。勉強になるぞ?」
「そんなにすごいの!? よし! ボク、頑張って勉強するよ! 早く行こうよ! ウェイル!」
「お、おい! ちょっと待て!」
言うが早いかウェイルの手をとって走りだしたフレス。
ウェイルは懸命に止めようとしたものの、龍の力には到底敵わず、そのまま引き連られるような格好となった。
「待てないよ!! ウェイル、早く!」
「だからちょっと待て!」
「待てないよ!」
「いや、だからさ! ルミエール美術館は反対の方向だ!」
「――……え?」
フレスが足を止めたのは、駅から一キロ以上離れた場所であった。




