大蛇と泥棒猫 スメラギvsアムステリア
「さーて、無事ウェイル達も逃げることが出来たみたいね」
三人の足音が遠のいていった事を確認した後、アムステリアは改めてスメラギと向き直った。
「泥棒猫。決着、つけよう?」
「だーかーらー、その泥棒猫って言うの、止めてくれるかしら? 別に貴方から何も奪っていないじゃない」
「奪った! お前はるーしゃの心を私から奪った! それが許せない!」
「あのねぇ、あの子の心はあの子のものでしょうよ。スメラギ、アンタのものじゃない。はた迷惑なのよ。別に私はルシャブテのこと、これっぽっちも想っていないのに、勝手に好かれ、勝手に嫉妬されて。正直うんざりよ? 私からすればいい迷惑なんだから」
「ふん! 盗人猛々しい!」
「言葉の意味判って使ってんのかしら……?」
ちらりとアムステリアが背後を確認したが、味方は誰一人いない。
どうやらスメラギは本気で自分と一対一の勝負がしたかったようだ。
「邪魔者はいない。前みたいに攻撃が読まれることもない。チャンス」
確かに今、イルアリルマがいない以上、攻撃を避けるのはかなり難しい。
「……本当にチャンスかどうか、その身で確かめてみることね!」
直後、アムステリアが思いっきり地面を蹴る。
凄まじい勢いのまま、スメラギへと近づいて蹴りを放った。
「へへん、直線すぎ!」
目にも止まらぬ速さの蹴りではあったが、スメラギの身体を直撃することはなく蹴りは空を切る。
「もう泥棒猫の蹴りのリーチは見切った。余裕」
「随分舐めたこと言ってくれるじゃない……!」
今度は連続して蹴りを浴びせる。
「何度やっても同じ!」
十秒間に百発近くの蹴りを放っていくが、その十分の一程度しかヒットすることはなく、ヒットした蹴りもスメラギはきっちりガードしていた。
「ほんっと、憎ったらしいほど肉弾戦も強いのね……!」
「今度はこっちの番!」
彼女の両手の手袋から、ジワリと緑色の酸が滲みだすと、すぐさま滝のように溢れ出してアムステリアへと向かってくる。
「く……!!」
すぐさま地面を蹴って、反動を利用して避けたものの、スメラギは矢継ぎ早に次の一撃を放ってくる。
「まるで隙がないわね……!!」
出来る限りギリギリまで引きつけて避けなければ、次の一撃の起動が予測できない。
無論アムステリアの目であれば、それくらい余裕で出来る。
だがスメラギの攻撃の手が一切止まないのであれば避けることだけしか出来ず、反撃に転じることが出来ない。
イルアリルマがいない以上、完全に避けるのは難しいかも知れない。
「ちょこちょこと避けて面倒! さっさと当たって!」
「埒が明かないわね!」
周囲から酸で溶けた影響で発生した煙が立ち込める。
煙で視界もどんどん悪くなり、このままではジリ貧だ。
酸を放っては避ける。
この一連の動きを時間にして十分程度経過した頃だろうか。
「アハハ、そろそろかな!?」
じれったそうに攻撃を続けていたスメラギの手が、ようやく止まった。
「あら、何がかしら?」
余裕そうにそう返すも、彼女の突然の攻撃ストップに嫌な予感は拭えない。
「何って、もうこの戦いも終わりってこと! 泥棒猫、死亡! アハハハ!」
「……だから泥棒猫じゃないってば。それに勝手に殺さないでくれる?」
「死んだも同然! だって、次の攻撃は避けられないから!」
「あら、どうしてかしら?」
「それは喰らってみたら判るよ!」
「だから喰らいたくないんですってば」
次の攻撃に備えて身構えるアムステリア。
スメラギのモーションは、先程と同じように手袋から酸を生み出して――
――と、ここで彼女の動きが変わる。
「この神器『強酸手袋』の、本当の恐ろしさ、見せてあげる!」
スメラギは祈る様に両手をパンと重ねると、その手をそのまま天へと突きだした。
「私も龍が使えるんだ。こうやってね!」
間欠泉の様に空へと打ち上げられた強酸は、空中で集まり一つの塊となる。
そしてその塊は、徐々に形を蛇型の龍の姿へと変えていった。
緑色の液体で出来た、蛇のような龍のが、アムステリアを食わんと空から大きく口を開けて落下してきた。
「名付けて『強酸大蛇』! どう? かっこいいでしょ!?」
「それほど良いとは思えないけどね……!!」
そう皮肉垂れてはみるものの、この技の恐ろしさは、その迫力と経験則でよく伝わってくる。
少しでも当たれば身体は見る見る溶けていくだろうし、その前にその質量で押しつぶされる筈だ。
とはいえこれだけ巨大な技だ。避けるのは至難の業だろう。
ギリギリまで引きつける時間は一切無い。
だから全力で逃げようとアムステリアが周囲を確認した時である。
「……あらら、そう言うことね……!!」
スメラギが言った『次は避けられない』という意味が、今ようやく理解出来た。
「なるほど、最初からこれを狙っていたのね……!!」
彼女が何度も何度も撃ち放っていた強酸は、それら一つ一つが全て生きている。
巨大な壁となって、いつの間にかアムステリアの移動可能なエリアを少しずつ狭めていたのだ。
酸の壁が邪魔となり、この大技を避けるためのスペースは完全に無くなっていた。
「く……!! 避けようがないわ……!!」
「アハハハハハハ!! ついに泥棒猫を! どろっどろのヘドロにする時が来た! アッハハハハハハ!! 溶けちゃええええええええええええええ!!」
背後や周囲には酸の壁。
そして目の前に迫りくる、大蛇の形を象った強酸の塊。
絶体絶命とは、まさにこのことなのだと、アムステリアは苦笑する。
(……久しぶりね、この感覚)
己の死を、恐怖として感じたのはいつ振りだろう。
走馬灯というのはまさにこのこと。
様々な過去の思い出が駆け巡る感覚。
咄嗟に思い出すことが出来たのは、ウェイルと初めて出会ったあの時のこと。
『不完全』が操る、神器の力を弱める神器。
その影響で体から力が抜け、敵になすすべなくやられていた。
ウェイルが助けてくれなければ、今ここに自分はいない。
(そういえばイドゥ達も持っているのよね、あの神器……!!)
ラインレピアにて不意打ちを食らったことも思い出す。
アムステリアの持つ神器『無限龍心』は、イドゥの前で一気に弱まった。
ウェイルやフレスベルグを守ることが出来ず、歯がゆい思いをしたものだ。
(……あの時に比べたら、身体が動くだけましね……!! 幸いスメラギは例の神器を持っていないようだし……!!)
「アッハハハハハハハハ!! みんな、み~んな、溶かしてあげる!!」
勝利を確信し、高笑いを上げるスメラギに対し、アムステリアは、彼女に聞こえないほどの小さな声でボソっと呟いた。
「本気、出しましょうか……!!」
瞬間、アムステリアの胸元に、巨大な光が集まっていく。
「……光? でも関係ない!!」
一瞬、魔力光がアムステリアを包んだので、ドキッとしたが、すでにアムステリアが何をしようが避けられない位置に酸の大蛇はいる。
――そのわずか0.1秒後。
アムステリアの身体を食わんとばかりに、酸の龍は彼女の身体を飲みこみ、そのまま地面に叩きつけた。




