ゾンビ軍団襲来
滅亡都市フェルタリアは、王宮前の大きな広場に向かって伸びる三つのメインストリートがあり、その内の真ん中のストリートの先端には駅が建設されている。
ウェイル達を乗せてきた汽車は、そのまま駅で待機することになっている。
勿論、脱出が必要になった時に備えて、すぐさまに出発が可能なように準備もなされている。
運転手に手を上げて行ってくると挨拶した後、一行は駅を出て中央ストリートへと足を踏み入れた。
「この道を真っ直ぐに二キロほど歩けば、王宮前広場だ」
「……行こう」
案内役のシュラディンを先頭に、一行は周囲を警戒しながら進んでいく。
「不気味ね」
アムステリアの何気ない呟きであるが、一同同じことを考えていたのだろう。無意識に頷いている。
「ここは音が消えた都市だからな……」
あの日、フェルタクスの放った光の柱は、神の歌を奏でながら全てを消し去った。
幽霊街と化したフェルタリアは、あれ以降、犯罪者すらあまり近づかぬほど、異様な雰囲気となっている。
都市に残された当時の住民達の私物が未だに残っており、ここだけ時間が止まっているかのような錯覚すらある。
風化、錆びの痕跡だけが、時間の経過を教えてくれていた。
ただ建物の間を通過する風の音だけが、この場に響くBGMだ。
(……音が消えた都市かぁ……。……あれ……? でも、なんだか変な音が……!?)
――わずかだが、何かが蠢く音が聞こえる。
誰も言葉を発さないまま、ゆっくりと歩みを進めていた一行だが、ここに来てフレスと、そして超聴力を持つイルアリルマが異変に気づき、そして叫んだ。
「何かいるよ!?」
「皆さん、気をつけて!! 周囲を囲まれています!!」
「なにっ!?」
すぐさま戦闘態勢を整えるように、おのおの神器を構えていく。
そして道の先や、脇道より、ウェイル達を囲む者達の姿が現れる。
「ウェイル、あれは……!!」
「……ああ……!! この光景、一度見たことがあるな……!!」
「何度見てもいい気分にはなれないわね……!!」
鼻が曲がる程の腐臭を漂わせ、現れたのは命亡き者の大群。
「『無限地獄の風穴』の力だ!!」
「ついにお出ましだね……!!」
部族都市『クルパーカー』にて、『不完全』過激派を率いていたイングという男がこの神器を使い、死者の大軍を作り出していた。
その時と同じ――いや、それ以上の数で、再びウェイル達の前に姿を現す命亡き者、ゾンビ達。
「馬鹿みたいな数がいるぞ……!!」
「ウェイル! ゾンビだけじゃないみたい!」
フレスが指さしたその先、ゾンビ軍団の先頭に立つ、今ウェイルが最も憎むべき者。
「メルフィナ……!!」
ゾンビ達を従わせて、顔に不気味な仮面をつけた男――メルフィナが、ウェイル達の前に飄々と姿を現したのだ。
「皆、よく見ておけ。こいつが敵『異端児』のリーダーだ!! 油断するなよ、奴は『ケルキューレ』を持っているんだから……!!」
ウェイルの忠告に、皆一斉にメルフィナから間合いを取る。
周囲には大量のゾンビ軍団に、メルフィナの存在。
一触即発の空気が周囲を支配していく中、当のメルフィナがその空気を弛緩させるようにプッと吹きだした。
「あはははははっ!! いやー、そんなに警戒しなくてもいいじゃない! それにしても皆、よく来てくれたね! ウェイル、大歓迎するよ!」
「ゾンビの群れを引き連れている癖に歓迎とはよく言ったもんだ」
「おやおや、懐かしい顔もいるね。ねぇ、シュラディン?」
「本当にお懐かしゅうございます、メルフィナ殿。神器を求めるあまりにトチ狂ったお姿は相変わらずですな」
恭しい言葉づかいではあるが、シュラディンのこめかみには血管が浮き出ている。
二十年前のフェルタリアの惨劇。
シュラディンはその瞬間を、その目で見ているし、何よりその事件に大いに関わっている。
目の前に現れたフェルタリア王の仇に対し、冷静ではいられなかった。
「龍達は~……。いたいた! そこの懐かしいのがフレスで、そっちがこの前まで仲間だったのがサラー、そして……えーと、君は緑色だからミルだっけ? 僕らは君達龍族を求めているんだ。是非力を貸してくれないかな?」
神経を逆なでするような言い草に、三人の目は怒りの色に染まっていく。
「お前なんかに力を貸すくらいなら死んだ方がマシだ!!」
「あらら、嫌われたもんだね」
残念と言わんばかりに手を両手を竦めるメルフィナの態度。
それがサラーの怒りに火をつける。
「貴様ぁ! イレイズは一体どこにいる!?」
「イレイズ? ああ、王子様ね。君の人質になった彼ね」
「もしイレイズに傷一つ負わせてみろ! 生まれてきたことを後悔する程の地獄を味あわせてやる……!!」
髪の毛の先まで真っ赤に輝き、周囲に火柱を作り出すサラー。
それでもメルフィナはどこ吹く風だ。
「おお怖い。でも大丈夫、心配しないでね? あの王子様に興味はないんだ。今頃はゲストルームでのんびりしてもらってるよ。君が力を貸してくれたら五体満足で返すよ」
「サラー、信用するでないぞ。こいつらはレイアも狙っておる、わらわ達の敵じゃ!! 絶対に無事に返してくれるわけがない!」
「そんなこと判ってる。こいつに手を貸す気など毛頭ない!! こいつら全員を焼き殺してイレイズを助ける!!」
「あらら、なんだか信頼されていないなぁ、僕。まあいいよ。どっちみち一緒だからね。協力してくれないなら、無理やりにでもやってもらうだけだから。あ、それと君達龍と、そして『アテナ』のコントローラーさん以外の人達はここで帰ってもらっていいかな? 他の人達は僕達の計画には必要ないからね。ね、ウェイル、君も余計な人達を傷つけるのは本望じゃないでしょ? お願い! 無駄な人達には帰ってもらって! ほら、この通り!」
大げさに両手を合わせて頭を下げるメルフィナに、ウェイルは鼻で笑う。
「下手くそな挑発だ。それにお前はダンケルクの作り出した幻影だろうに。本人が直接出てきて頭を下げるならまだしも、一人安全な場所からのんびりふざけて言っているのだから、考慮する気すらおきんぞ。まあお前の言う通り、これもどっちみち一緒だ。こっちは何があってもお前達をぶっ潰す気でいるからな」
「あらあら、影の癖に言うようになったねぇ」
「影だからこそ、だ。それに俺は父親の願いを叶えねばならんからな。どこぞのバカ息子とは違って忙しいんだ」
「アハ! 確かにそうだねえ! バカ息子だしね、僕! それでどうするの? 父上の意思を継いで、ついでに父上の最後と同じように、このフェルタリアで無惨に死んじゃう?」
「いやいや、継ぐのは意思だけでいい。ここで最後を迎えるのは本当の息子であるお前に譲るぞ。俺は鑑定士として色々と忙しいんだ。今は死ぬ暇すらないのさ」
「そっか。判ったよ。なら僕達は全力で君達を殺しに行くだけだ。今必要なのは龍と、そして『アテナ』のコントローラーだけ。後は必要ないから――」
そこでメルフィナの幻影が消え去る。
「うるさいハエだ。思わず火が出てしまった」
業火を身に纏っていたサラーが、幻影に炎を放ったからだ。
「敵は無関係の者は一切容赦なく攻撃してくるはずだ。ならば我々もそうするだけ」
「サラーの言う通りだよ! ウェイルやギルはボクが守るんだから!!」
「そうじゃな。手始めにこのゾンビ達を一掃してくれようぞ!」
ウェイル達を囲むゾンビの数は百体どころの騒ぎではない。
その十倍はいるはずだ。
これだけの数、本来ならひとたまりもない。
大した抵抗も出来ずにやられる。
だが一行に不安の色は一切無い。
「フレス、サラー、ミル! 頼むぞ!」
「まっかせて!」
「目に物見せてやる!」
「わらわの力、特と見るがいいのじゃ!!」
その掛け声と同時に、天まで伸びる火柱、絶対零度の吹雪、全てを薙ぎ払う大木が出現。
「「「うらあああああああ!!」」」
人知を超えた龍の力が、フェルタリアの空気を揺らす。
灼熱の業火はゾンビを焼き尽くし、絶対零度の吹雪はゾンビの存在を許さず、生命力の権化である大木は、死者の魂諸共、大地に返してやった。
彼女たちの放った魔力の後には、敵の姿は一欠けら残ってはいなかった。
「さすが龍、反則的ね」
「フレス達、すっごーい!!」
「さあ、先に進もう。このまま何事もなく先に進めればいいけど……」
テメレイアのちょっとした願望。
その願望はすぐさま叶わぬものとなる。
「……待ってた」
突然、妙に幼い声が響く。
サラーの焦がした真っ黒な建物の上に佇んでこちらを見下ろして来ているのは、純白のゴスロリドレスを身に纏う少女。
「全部、ぜーんぶ、溶かしてあげる!!」
彼女の背後から現れたのは、巨大津波の如き強酸の壁であった。