因縁にケリを
ティアの持っていた神器。
それは『無限地獄の風穴』という神器であった。
元々は『不完全』過激派リーダーのイングが所有していた神器であったが、彼が捕らわれた際に、大監獄で没収され、厳重に保管されていた。
今回の作戦に必要不可欠なパーツであったため、ティア達は大監獄へと侵入し、そして奪取してきたのである。
「ティア、それの使い方を教えてあげようか?」
「使い方?」
「そそ。使い方。どうせならティアに使って貰おうと思ってね」
「ティアが使って良いの?」
「うん、いいよいいよ。どんどん使っちゃって」
「やったー! メルフィナ、好きー!」
「僕も好きだよー」
無邪気に無限地獄の風穴を振り回して喜ぶティアは、そのままメルフィナに抱きついている。
そんな二人の様子を見守る周囲の反応は様々である。
「相変わらずリーダーは子供の相手だけは上手い」
「だな。自分自身がガキだから波長が合うんだろ」
「イドゥさん、いいんですか? あれをティアに渡しておいて」
「構わないさ。どの道あれを使うにはかなりの量の魔力が必要だ。ワシらがやれば疲労困憊になるだろう。だがティアなら問題なく使える」
「なるほど。それもそうですね」
「るーしゃ、あれ、私もしたい」
「あれって何のことだ」
「抱きついている。私も抱きつく」
「止めろ、暑苦しい」
「るーしゃのけちんぼ」
計画の最終段階に突入するというのに、やはりというべきか緊張感に欠ける面子であった。
「さーて。カラーコインにケルキューレ。それに無限地獄の風穴。殆どが揃ったけど、まだ足りないモノがある。でも、それも時期に届くはず。そうだよね、イドゥ?」
「ああ。全てはこれから揃うことになっている。あの鑑定士達が、必要なモノを全て届けてくれるはずだからな」
イドゥの耳のイヤリングが光っている。
ならばこれはほぼ間違いない情報だろう。
彼は未来の自分から声を聞くことが出来る神器『祖先の記憶の箱船』という神器を持っている。
これにより二日以内の近未来情報ならば、ある程度の誤差はあるものの知ることが出来るのだ。
「ウェイルとかいう鑑定士が、全てを引き連れて来る。この鑑定士はお前さんとも因縁があったよな?」
「そうだね。それにしても運命的だね。僕とウェイルが、再びこのフェルタリアの地で相見えることになるなんてさ」
それは二十年前より続く因縁。
光と影が、ついに交差する時が来る。
「そうだ。クルパーカーの王子様はどう?」
「今はゲストルームにてゆっくりしてもらっている。最も、部屋から出ることは適わないが」
「丁重にお願いね。彼も重要な龍のパートナーなんだからさ。それよりウェイル達はいつ来るの?」
「明日の昼にはフェルタリアに到着するようだ。なんだか大所帯で来ている。龍の数は……三体だな」
「残りの一体は、多分ニーちゃんだろうね。大丈夫。フロリア達もどうせ来るよ。何せお祭りなんだからさ」
「……メルフィナ、シュラディンという名前を知っているか?」
「え? シュラディン!?」
突然イドゥの口から放たれる、酷く懐かしい名前。
「勿論知っているけど、どうして?」
「そのシュラディンというのに気をつけろと、そう聞こえたのだ」
「あちゃー、シュラディンかー。こりゃ少しまずいね」
まずいなーと、眉をしかめるメルフィナに、ダンケルクが言う。
「確かにシュラディン殿は大陸屈指の鑑定士だ。ウェイルの師匠だとも聞いたことがある。だが所詮は引退間際の老人だ。何かまずいのか?」
「いやさ、シュラディンは知っているんだよ。このフェルタクスの事をね。僕は二十年前にもシュラディンとフェルタクスを巡って戦ったことがあるからさ」
「なんと……。流石はシュラディン殿。凄まじい経験も持ち主だ……」
「前はシュラディンとお父様に邪魔されたからね。今回は絶対に邪魔されないようにしたいんだけど。どうしたらいいかな」
「必要なものは龍達と、そしてアテナのみ。ならば後は掃除すれば良いのだ」
「おお、いつにもなくイドゥが過激! 穏健派じゃなかってっけ?」
「ここまで来て邪魔されるのは適わんからな。それに未来の声から察して、奴らは間違いなくワシらの障害になる。ならば必要不可欠な者以外は全て屠らねばならない」
「そうだね。フェルタクス起動にももう一仕事必要だし、ウェイル達が来るまで時間を稼いでもらわないとね」
そう言ってメルフィナは、再び異端児メンバーの方へ向いた。
「みんな、手伝ってくれる? 敵は結構な人数みたいだし、アムステリアもいるし中々に強敵揃いだ。明日は邪魔者を排除しよう」
「それは敵を全て殺していいとそういうことだな?」
「アノエの言うとおり! ただし龍とアテナの使い手はダメだよ。その二つがなければ計画が達成できないし」
「久々にこいつに腹一杯魔力を食わせてやれそうだ」
肩に背負う巨大な剣に語るようにアノエは嬉しそうに呟く。
「血が騒ぐな」
ルシャブテもポキポキと首をならし、伸ばした爪を見てにやつく。
「あ、ルシャブテは王子様の見張りだから。後のみんなは各々自由に暴れちゃってね!」
「ちょ、おい! なんで俺だけが見張りなんだ!!」
「だってルシャブテ、王子様と知り合いでしょ?」
「だからなんだってんだ、俺にも暴れさせろ」
「とにかくルシャブテは見張り番。大丈夫。嫌でも暴れられるよ」
「納得いかん……!!」
ケッと唾を吐き捨てて、ルシャブテは去って行った。
「いいのか?」
「別にいいよ。それよりスメラギ、ルシカ、ダンケルクは、外で彼らを掃除してきて。ウェイル、アムステリア、イルアリルマだっけ? その三人は計画の邪魔でしかないからね。それに三人共、彼らと何か因縁を持っているんでしょ?」
その問いに、三人とも頷く。
「ウェイル達は強い。だから十分気を付けて。そして楽しんできて! この世界での最後の宴なんだからさ!!」
「そうだ、ダンケルク。目当ての一つ、三種の神器の『アテナ』を使う術者もウェイルとやらの近くにいるそうだ。連れてきてくれ」
「俺の所に負担が集中してないか? まあ構わんがな」
スメラギはアムステリア。
ルシカはイルアリルマ。
そしてダンケルクは――ウェイル。
彼らはそれぞれ過去に因縁がある。
新たな世界へ旅立つために、全ての因縁にケリをつける。
「じゃ、行くか」
「ですね」
「帰ってきたらるーしゃに頭撫でてもらう!」
そうして三人は別々の方向へと姿を消していった。
「さぁ、ティアもお仕事お仕事!」
「え? 何するの?」
「この神器を使ってね――」
こそこそと耳打ち。
すると。
「おおおおーーー! すっごく面白いよ、それ! やる! さっそくやるー!」
大げさに驚くティアに対し、イドゥは怪訝な顔でメルフィナに近づいてきた。
「メルフィナ、一体何を吹き込んだ?」
「ウェイル達の掃除、ちょっと手伝わせようと思ってさ。こいつに」
指さしたのは盗み出した『無限地獄の風穴』。
「早速やってみようか、ティア」
「うん!」
トテトテとティアは先程遊んでいた通路へと戻り、そして右手に魔力を込めて、巨大な窓ガラスをぶち破った。
「いっくよー!」
ティアは『無限地獄の風穴』を取り出すと、翼を携え窓の外へ躍り出た。
これから始まる終末への祭りに期待する異端児達が見守る中、市街地の方角へ向かって神器を起動させたのだった。