王都 『ヴェクトルビア』
芸術大陸――『アレクアテナ』。
そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。
そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。
彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。
アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
――そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、龍の少女フレスベルグと共に鑑定依頼をこなしながら大陸中を旅していた。
――●○●○●○――
「ふああぁぁぁ~~~」
乗客の少ない汽車内に、間抜けにも欠伸をする声が響く。
「眠いのか? フレス」
「う~ん。だって同じ景色ばっかりでもう飽きちゃったんだもん」
フレスはそう言うと汽車の窓に頭を垂れた。
ウェイルとフレスはマリアステルの事件後、サグマールからの指示で王都『ヴェクトルビア』へ向かっていた。
――王都『ヴェクトルビア』。
アレクアテナ大陸の中央に位置する、大陸最大の人口を誇る巨大都市である。
また芸術の都としても有名で、大陸最大の美術館『ルミエール美術館』もここに存在する。
大陸中の有名な美術、芸術品、またセルクを代表とする著名な芸術家の作品も数多く所蔵されている。
ウェイル達がサグマール経由で受けた鑑定依頼。
その依頼主はルミエール美術館の館長、シルグル氏であった。
「……まだ着かないの? ウェイル~」
「まだまだ先だ。そうだな、到着は明日の朝くらいか」
「そんなに!?」
フレスはもうウンザリだとばかりに寝そべった。
その様子を見て苦笑するウェイル。
「今のうちに寝ておけよ、フレス。着いたら忙しくなるからな」
「わかったよ~……すやすや……」
言うが早いかフレスは可愛い寝息を立て始めた。
「…………」
フレスの寝顔を見ながら、ウェイルはマリアステルの事件のことを回想していた。
(……王、か)
――イレイズ・ルミア・クルパーカー。
違法品『ダイヤモンドヘッド』に翻弄された部族、クルパーカー族の王。
彼は不完全に民を人質に取られ、長年忠誠を強いられていた。
王の重責、仲間からの離脱、敵への忠誠。
そのどれも耐え難い苦痛だったに違いない。ウェイルにはそれがよく判る。
そして彼は相棒のサラーと共に『不完全』への宣戦布告を申し立てた。
自らの命、一族の運命を掛けて。
「……あいつら、今頃どうしてるのかな……?」
他人事とは思えない二人に、つい同情の思いを馳せるウェイルだった。
「どうしてるんだろうね……」
唐突に寝ていたはずのフレスから返事が来る。
「寝ていたんじゃないのか?」
「寝たふりしてたんだよ。……ウェイル、あの二人のこと、考えていたんでしょ?」
「ああ。どうも他人事には思えなくてな」
「そうだね……」
マリアステルの事件で、二人は互いに過去をぶつけ合った。
悲惨な記憶、残酷な現実。
イレイズの現状は、まさしくウェイルの過去そのものであった。
だからこそ、ウェイルはイレイズの力になりたいと思っていたし、フレスも同感のようだった。
「……あいつら、大丈夫かな……?」
「大丈夫だよ! イレイズさんとサラー、とっても強かったし! 戦ったウェイルもよく知ってるでしょ?」
気分重く考え込むウェイルに、フレスが力強く微笑んだ。
「……そうだな」
「そうだよ! 二人なら大丈夫!」
「ああ、大丈夫だな。間違いない」
力強く微笑むフレスに、ウェイルは多少心が軽くなった気がした。
―●○●○●○―
「……すぅすぅ……」
今度こそフレスは可愛い寝息を立て始め、それを見て安心したウェイルが本を開いた時である。
先程停車した駅から乗り込んできた大所帯が、ズラズラとこちらに移動してきた。
(……治安局……?)
白を基調とし、金と黒の刺繍がワンポイントになっているローブ。
治安局員の証であるそのローブを羽織った集団が、ウェイルの方へと向かってきたのだ。
「……なんなんだ……?」
ウェイルが警戒を強めたとき、
「やっぱり、ウェイルさんじゃないですかーーーーー!!」
聞き覚えのある声が乗客席に響き渡った。
だが声の主の姿は見えない。
「おい、てめーら、どかんかい!!」
乱暴の言葉使いが治安局の集団内から聞こえてくる。
「おらおらおら!!」
叫び声の主は、ローブを纏う屈強な男の集団から必死の形相で抜け出したかと思うと、そのままの勢いで躊躇いなくウェイルに向かってダイブした。
だがウェイルはそれを難なく交わし、声の主はそのまま窓へと突っ込んでしまう。
幸い窓は閉めていたので外に放り出されることはなかったが、大げさに頭を打つ羽目になってしまったが。
「いてててて、どうして避けるんですか? ウェイルさん……」
「誰だって突っ込まれたくはないだろう? ――ステイリィ」
打った頭を摩っているこの少女(と言っても24歳)の名はステイリィ。
宗教都市サスデルセルに常駐する治安局員である。
「どうしたんだ? ステイリィ。こんなところで」
「イテテテテ、……どうしたって、仕事ですよ。し・ご・と!!」
「いや、だから何の仕事なんだよ?」
「それはですね!! ――…………なんと秘密です!!」
「どっかいけ」
「あわわわわ!」
ウェイルがステイリィをつまんで投げようとすると――
「待ってください、ウェイルさん! 判りました! 話します! 全部話しますから! だから投げないで!」
――と、じたばた暴れながら懇願するものだから、ウェイルはそのまま降ろしてやった。
「さて、教えてもらおうか」
「うう……ウェイルさん、酷いです……」
よよよと泣き真似をするステイリィを、ウェイルは再び無言で摘み上げた。
「ウェイルさん! 冗談ですよ! だから摘み出そうとしないで!」
「……早く話せよ……」
「わかりましたよ……。全く乱暴なんだから……。おい、お前ら、辺りを見張っててくれ」
「「オッス!! 上官!!」」
ステイリィが他の局員に指示を送ると、彼らは迅速に周辺を陣取って監視を始めた。
「大げさすぎないか? ステイリィ」
「これは内密な話ですからね。周りに聞かれると困ることなんで」
ステイリィは、今の今までとは打って変わって真剣な表情で、ゆっくりと語りだした。
「――実はですね。最近、王都『ヴェクトルビア』で様々な殺人事件が連続して発生しているんですよ」
「殺人事件だと?」
「ええ。正しく言えば殺人事件の可能性がある、ですけどね」
「可能性、ということは犯人の見当もつかない状況ってことか?」
「はい、その通りです。ウェイルさん」
ステイリィは鞄からおもむろに資料を取り出すとウェイルに手渡してきた。
「……これは……!」
一通り目を通し、愕然とする。
その資料に記載された事件の内容は、あまりにも残酷な現実だった。
ステイリィは淡々と説明をし始めた。




