天才ピアニスト、ライラ
「ウェイルよ、最初に聞いておく。お前達はフェルタリアについてどこまで知っている?」
「俺が知っているのは、昔過ごした幼い日々のわずかな記憶と、そして『不完全』に滅ぼされたということ。それだけだ」
「後、三種の神器がそこにあるということもね」
「なるほど、君は確かテメレイアとか言ったな。君は三種の神器についてどこまで知っている?」
「大抵のことは知っていると言っておきます。名前はそれぞれ『アテナ』、『ケルキューレ』、そして『フェルタクス』。外見や能力も調べました」
「かなり知っているということだな」
「またこのうち『アテナ』は僕がコントロールしています」
「……何っ!? 三種の神器をコントロールしている!?」
これにはシュラディンも声を裏返した。
まさかそこまで三種の神器に関与している人物だとは思ってもみなかったようだ。
「師匠、多少知っているかも知れないが、俺達はあのアルクエティアマインでの事件に大いに関わっている。あれは『アテナ』の力を用いて起きた事件なんだ」
「宗教絡みの大事件だったな。どうしてお前さん達が?」
「色々と事情がありましてね。あの事件の解決後、『アテナ』のコントロールは一度プロ鑑定士協会が預かることになったのですけど、誰も扱うことが出来ませんでして。制御をすることが出来たのは唯一この僕だけでしたので、僕が預かることになった次第なんです」
「な、なるほど……。三種の神器の制御とな……。しかしウェイルよ。実はこのテメレイアという男のことについて、噂程度には聞いたことがある。史上稀に見る天才鑑定士が現れたと。だがまさか三種の神器を扱えるほどの実力だったとは思わなんだ……。驚いて心臓が止まるかと思ったぞ」
「驚くのはそれだけじゃないぞ。今師匠の言った台詞には非常に大きい間違いがある」
「……間違い? 何の話だ?」
「何を隠そう、こいつは女なんだ」
「……へ?」
こんな間抜けな顔をしているシュラディンの顔は初めて見た気がする。
「……ウェイルよ。この老いぼれをからかっておるのか? 止めてくれ。言っただろ、心臓が止まりそうだったと。お前は師匠を驚かせて殺す気か? ……冗談だよな?」
「ウェイルのお師匠様。実は冗談ではありません。僕、改め私は女なのです。証拠をお見せしましょうか? ほら、ウェイル、服を脱ぐのを手伝って」
「レイアさん! 変な冗談は禁止!!」
妙に色っぽく服に手をかけたテメレイアにフレスが抱きつく。
「……確かに男にしては艶やかで美しい顔だとは思ったが……。なるほど、女だったのか。婚約どうこうというのは冗談ではなかったのだな」
「はい♪」
「いや、そこについては冗談だ」
「そうだよ! 冗談だよ! レイアさん、調子乗り過ぎだよ!」
「しっかし驚いた……」
そりゃ驚きもする。
プロ鑑定士協会に属する鑑定士達のほとんどは、テメレイアの正体を妙に女っぽい顔のイケメン鑑定士だと思っているはずだからだ。
あまりにも可愛らしい顔だということで、一部のそっち系が趣味な男性鑑定士からは隠れた人気であったらしい。
「驚きすぎて腰が抜けそうだぞ。次はウェイル、実はお前も女だったとかは言わんよな?」
「馬鹿言うな。何年一緒に暮らしたと思ってんだよ……。隠し通せるわけがないだろうに。話を戻してくれ」
「そうしよう」
脱線した話を無理やり元に戻させる。
テメレイアはちぇっと可愛らしくこちらを見つめてウィンクしてきたが、軽くスルーしてやる。
「驚かせついでに言うと俺達はケルキューレについても知っているし、実際に見たこともある。だから後知らないのはフェルタクスの事だけなんだ。師匠、アンタは何か知っていないか?」
「無論知っている。だからこそお前はワシを呼んだんだろう。フェルタクスについて語るには、やはりフェルタリアのことを話さねばならない。フェルタリアの最後の、全てのことをな」
シュラディンの目は真っ直ぐにウェイルと、そしてフレスに向けられた。
「二十年前。ライラという少女が死んだ日、フェルタリアは滅んだ」
そしてシュラディンはゆっくりと語り始めた。
――○●○●○●――
「ライラという少女がフェルタリアにいた。フレスの親友だ」
「親友じゃなくて、大親友だよ!」
「そうだったな。ワシにとっては娘に近い存在だった。彼女は当時のアレクアテナ大陸の中では飛びぬけた実力を持つ天才ピアニストだったのだ」
「ライラってば、本当にピアノが上手なんだよ。それにピアノだけじゃなくて、作曲の方も天才的でさ! ボク、ライラの作った曲が大好きだったんだ!!」
しみじみとライラのことを語るフレスは、本当に幸せそうだ。
「『フェルタリアピアノコンクール』で優勝したりもしたんだよ!」
「あの『フェルタリアピアノコンクール』の優勝!? ……へぇ、そりゃ本物だね」
テメレイアはその存在を知っているのか、驚きながら感心していた。
「レイア、知っているのか? そのコンクール。俺も名前だけはどこかで聞いたことがあるんだが」
「そりゃ音楽について語る上では欠かせないコンクールさ。今尚プロとして活動している年配ピアニストの大半はこのコンクールで優勝している。音楽家の登竜門的存在だったのさ。フェルタリアが消え、コンクールの開催が無くなったと知り、多くの音楽家が悲観に暮れたと聞いているよ」
「ライラは『フェルタリアピアノコンクール』最後の優勝者だ。ワシもそれまで何度もコンクールを見学したが、その中でもライラはぶっちぎりの才能の持ち主だった」
「師匠がそこまでいうとはな」
「何せそのコンクール、ライラは何と即興で弾いた曲で優勝したんだ」
「即興曲で!? ……一体どれほどの曲だったんだろう……?」
「彼女の奏でる音を聞けば、優勝は誰もが納得できた。皆音を耳に入れることのみに集中し、感動の余り倒れる者まで出る始末だった。それに彼女のルーツを考えれば元々素質はあったんだ」
「素質?」
「驚くな? ライラはあの天才音楽家『ゴルディア』の血を引いている」
「…………は!? ゴルディアだとっ!?」
これにはテメレイアも口をあんぐり開けて、ウェイルと顔を見合わせた。
「ゴルディアかぁ。そう来ましたか」
「天才のルーツには同じく天才がいたということか」
「あのね、ウェイル、レイアさん。勘違いして欲しくないから言うけど、ライラはゴルディアって人の孫だから凄いって、そんな事は一切関係なく天才だったんだよ? ね、オジサン」
「そうだな。ライラの才能にゴルディアはあまり関係はないのかも知れん。彼女もまた、時代が時代なら歴史に名を残す鬼才だった」
ゴルディアの血を引く天才ピアニスト。
もし彼女が今なお生きているのであれば、シュラディンの言う通り、アレクアテナ大陸の歴史に名を残す逸材だったのかも知れない。
「……だからこそ、ライラは殺されたのだ。天才すぎたが故にな」
「…………」
これから先はフレスにとっても辛い話になる。
でも、それでもフレスは顔を上げて、口を開いた。
「ボクがフェルタリアで封印から解放された時にね、ボクはライラの大切な手を傷つけてしまったんだ。その時のボクは、人間なんて大嫌いだったから。でも、ライラは痛みに耐えて、笑いながらさ、『友達になろう』って、そう言ってくれたんだ。その時からね、ボクは人を傷つけることは止めようと、そう誓ったんだよ。ボクはライラをずっと守ると決めたんだ。だけど結局ボクはライラを守ることは出来なかった……」
「嫉妬とは怖いものだと、その時ワシは痛感したものよ。ライラの才能を嫉んだフェルタリアの貴族が、ライラを殺したのだ」
「フレス、ニーズヘッグが殺したのではないか?」
フレスとウェイルが初めて出会った夜、フレスは復讐をしたい者がいると、そう言っていた。
今までの話から、ライラという少女はニーズヘッグに殺されたものだと思っていた。
「ニーズヘッグが直接手を下したわけじゃない。でも、ニーズヘッグはボクがライラを助けるのを邪魔したんだ! ニーズヘッグが殺したようなものなんだよ!!」
バサァと翼が現れる。
フレスの握る拳がフルフルと震えていた。
「殺したのはアイリーンという貴族の娘だ。アイリーンはライラの楽曲を盗み出しただけでなく、彼女の命も直接奪った。貴族のプライドを全て捨てて、『不完全』を後ろ盾にしてな」
「『不完全』……!!」
ついに名前が登場したウェイルの故郷の仇、『不完全』。
「『不完全』がどうしてそんな貴族の娘を!? 貴族という資金と後ろ盾が欲しかったのか!?」
「違う。あの事件は一応『不完全』が関わってはいたのだが、それはとある者が『不完全』を利用していただけだ」
「とある者?」
「そうだ。これを話すには、先にウェイル、お前さんのことを話さねばならない」
「……それは俺が王家の影武者だということか?」
「な――ッ!?」
どうしてお前がそれを知っている。
シュラディンの驚く顔と目はそう告げていた。
「師匠、俺はすでに自分のことをある程度知っている。だからもう何も隠さないでくれ。頼む」
「……そうか。全て知ってしまったのか……。しかしどうして……!? ウェイルのことを知る人物は、もうワシ以外には……」
「いるだろう。俺の本物がな」
「メルフィナのことまで知っているのか!?」
「知っているも何も、奴から全てを聞いたのさ」
「メルフィナが生きているだと……!! ……そうか、お前が唐突にフェルタリアのことを訊きたいと言い出したのも、そういうことか」
「正直に言えば三種の神器のことを訊きたかったんだ。そしてその三種の神器を追った先に、メルフィナはいる」
「ウェイル、お前の故郷フェルタリアを滅ぼしたのは、他ならぬそのメルフィナだ。奴は三種の神器『フェルタクス』を起動させた。天才ライラの作りし楽曲を用いてな。だが、ライラの曲だけでは『フェルタクス』の起動には不十分だった。フェルタリア王は、最後の最後に『フェルタクス』の起動に必要な神器を奪い、それをワシに託したのだ。メルフィナはそのことを知らず、『フェルタクス』を中途半端に起動させた。それが仇となり、結果はウェイルの見た、あの途方もない光の柱だ。光の柱は、フェルタリアの全ての音を奪い去った。フェルタリアは滅びたのだ。全てはフェルタリアの王子であるメルフィナのしでかしたことだ!!」
全てはメルフィナという王子様のしでかした、一都市の消滅。
ウェイルはフェルタリア王家の影であった。
だが、自分自身が育った故郷ということに変わりは無い。
「メルフィナ……!! 到底許すことは出来ない……!!」
「ボクも同じ気持ちだよ……!!」
故郷の仇を憎む気持ち。
それはフレスにとっても同じこと。
大切な親友と共に過ごした思い出の場所を、たった一人の無責任な行動によって奪われたのだから。