ステイリィ英雄譚
――さて、それではそのステイリィが大声で叫びを上げた事件とは。
その話はウェイル達が去った後から始まる。
――治安局、ファランクシア第三支部。
「ふいー、やっぱりウェイルさんの事情聴取は最高やね~」
「これ見よがしに色んなところをベタベタ触っていましたね……。変態ですか」
「いいんじゃい! こんな機会でもないとウェイルさんに堂々と触る事なんて全然ないんだから!」
「いや、事情聴取はベタベタ触る機会じゃないんですけど」
「うるしゃい! 恋する乙女の気持ちはビャクヤみたいな無愛想女には判らんのだ!」
「はいはい。私には判りませんよ」
「よし、当分この手は洗わんぞ!!」
「止めてください、汚いです」
白い視線を送る部下達を尻目に、いつも以上にギャーギャーと漫才染みたやり取りで騒ぐ上官二人。
そんな中、このファランクシア支部に電信が入る。
「電信が来たようですよ?」
「誰か見てくれー!」
「は、はい! え、えーと、ステイリィ上官宛てですね。上官、電信です!」
「え? 私?」
部下の一人が電信を受け取り、ステイリィの元へやってきた。
「あれれ、本部からだ」
「招集ですか?」
「うん、そうみたい。あれ? なんかビャクヤも一緒に来るようにと書いてある」
「私ですか!? 一体どうして……」
「とはいえ呼ばれたからには仕方ない。いこっか」
「了解しました」
本部からの召還命令とのことで、ステイリィ達はすぐさま準備をした後、すでに空も赤く染まったこの時間から本部へと出向いて行った。
――●○●○●○――
本部に辿り着いたステイリィとビャクヤ。
名前を受付に告げると、その受付嬢は少し驚いた様子を見せると、慌ただしく他部署と連絡を取り始めた。
「一体何事なのだ? 妙に騒がしいぞ? それにビャクヤも一緒に呼び出されるなんてちょっと変だ」
「私、嫌な予感がしますよ」
「ビャクヤも? 実は私もそんな気がする」
受付が連絡を取りあっている最中、二人は周囲から注目されていることに気づく。
チラチラと見られ、コソコソと噂されている。
これはもう、何かあるのは間違いない。
「な、なんなんだ!?」
「判りませんが、いい気はしないですね」
「こちらです、どうぞ」
連絡作業を終えた受付嬢がやってくると、彼女に案内されて二人は移動床に乗り、とある場所へと連れて来られた。
「この部屋、まさか!?」
――●○●○●○――
「上官、もしかしてここは!?」
「……ヤバイ……。嫌な予感がひしひしと伝わってくる……!!」
二人が案内されたのは、先日訪れたばかりのこの部屋。
そう、ここは十六人会議を行う会議室の入り口前である。
「レイリゴア様、ステイリィ上官とビャクヤ秘書官を連れてまいりました」
「おお、待ったぞ、入ってくれ」
部屋の中から聞こえてくる弾んだレイリゴアの声とは対照的に、ステイリィの顔は青ざめていた。
会議室には、すでに十六人会議のメンバーが勢ぞろいし、値踏みをするように入ってきたステイリィとビャクヤを見つめてくる。
(……な、何事?)
(わ、判りませんよ、私には……)
「さて、主役も揃ったことだし、会議を始めようか」
コソコソとした相談すらも、すぐにレイリゴアによって打ち切られた。
「これよりステイリィ上官の十六人会議参加について議論したい」
「なななな、なんだってーーーーーーー!?!?」
大幹部連中の前というのに、ステイリィは驚きの余りそう叫んでしまった。
(しっ! 上官、落ち着いて!!)
(だって、意味わからんよ!? この前候補になったばかりだよ!?)
「ハッハ、ステイリィ殿が驚くのも無理はない。何せこの前候補としたばかりだからな」
(まんまそのまま言われた!?)
(とりあえず話を聞きましょう)
「実はこの度、ステイリィ殿を正式に十六人会議メンバーに加えることになった」
「…………は?」
何とも間抜けな一言だが、ステイリィはこの言葉を最後に意識が遠のいていくのを覚えた。
(また出世してるーーー、なんでーーーー???)
(上官、お気を確かに!?)
「実はすでに現役メンバーは皆、ステイリィ殿の会議参加に賛成しているのだ」
「え? ………えええええええええええええ!? …………ふへへ」
(あ、上官ったら、ついに異世界へトリップしちゃった!)
立ったままエヘヘと涎を垂らしている辺り、しばらく現実逃避から戻ってきそうにない。
「一体、急にどうしてこうなったのですか?」
代わりにビャクヤが質問することに。
「先日の大監獄『コキュートス』での事件で、ステイリィ殿は英雄にふさわしい活躍を見せたと聞く。テロリストは『不完全』の生き残りだったそうだな。しかも相当危険な神器も持っていたとか。下手をすれば、監獄は壊滅的な被害を出すところであった。だが、監獄はステイリィ殿のおかげで守られた。貴殿の迅速かつ的確な指示がなければ、被害者はもっと大勢出たことだろう。テロリストは逃がしてしまったものの、これは監獄の警備体制が甘かった故。ステイリィ殿は最悪のシナリオとなるはずだったファランクシア全体を救ってくれたのだ」
(……あー、あれ全部上官がやったことになっているのね)
「ビャクヤ氏も素晴らしい働きであった。ステイリィ殿の指示があったとはいえ、貴方のおかげで罪人を一人たりとも逃がすことは無かった。この武勲を本部は非常に高く評価している」
「えっと、ありがとうございます」
(なるほどー、上官はこうやって出世したんですねー)
転がり落ちてくる手柄とはこういうものなのかと、ビャクヤは初めて実感していた。
「あの、他の『ネクスト』の皆さんは何と仰っているのですか?」
ステイリィが出世するというのならば、あの連中は黙ってはいないはず。
しかし『ネクスト』の三人の姿は、この場には無い。
「実はあの三人は会議参加を辞退したのだ。今はまだその時ではないと。自分達は未熟であったと、そう言ってな。そうだ、ステイリィ殿に言付けを預かっておるぞ。三人ともステイリィ上官に感謝していると。特にアルセットはステイリィの下で働いて勉強したいと、そこまで言っておった。いやはや、あの三人にそこまで言わせるとは、我々はステイリィ殿のことをまだまだ過小評価しておったみたいだ」
(凄まじい褒められっぷりですね……。上官にとっては悪夢ですよ、これ。……ちょっと上官! しっかりしてください!)
「――イデッ!? はっ!? ここは!?」
ステイリィが頭を軽く小突くと、ステイリィは現実世界へと帰ってきた。
「ウェイルさんはどこ!? あの逞しい胸筋はどこ!?」
(どんな妄想していたんですか!? 上官、しっかり!)
(えっと、それでどうなったの?)
(自分の耳で現実を受け入れてください)
ようやく現実へ帰ってきたステイリィに対し、十六人会議のメンバー全員が立ち上がった。
そして――
「ステイリィ・ルーガル氏を、今日この時を持って十六人会議の正式メンバーとして迎え入れる!!」
レイリゴアの宣言と共に拍手が沸き上がる。
廊下で控えていた他の局員達も新たな大幹部の誕生を祝福し、惜しみない拍手を送っていた。
そんな拍手の中心で、顔を引きつらせるステイリィと苦笑するビャクヤ。
「ステイリィ上官……。やっちまいましたね……」
「う、うわああああああ!? な、なんなんだ、この状況はあああああああ!?」
今日、ステイリィはついに、治安局最高幹部へと出世してしまった。
これによりステイリィは、英雄としての地位を確固たるものとしてしまったのであった。
このステイリィを十六人会議のメンバーへと押し上げた『コキュートステロ事件』は、ステイリィがどれほどの英雄であるかを語る上で最も例に出される話となった。
――のちにこの話は『ステイリィ英雄譚』と呼ばれることになる。