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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十四章 司法都市ファランクシア編 『ステイリィ英雄譚』
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驕り過ぎた心の報い


 ――数分前。

 長い長い階段を下りて、『ネクスト』の三人とその部下達は四階へとたどり着いていた。


「あらら、閑散としてやがる」


 囚人達が逃げたのだ。当然人の気配はない。


「死体ならたくさん落ちてあるな。はっは、中々にエグイ殺され方だ」


 ラクサールの指摘の先にあったのは、腹に風穴の空いた死体。

 周囲に内蔵が落ちていることから、何者かにえぐり出されたのだと判る。


「気をつけなさい! ステイリィさんも忠告してくれたのですし……!!」

「アルセットなぁ、あんな運だけであの地位へのし上がった馬鹿の言うことを一々真に受けるなよ。馬鹿が移るぞ。なぁ、ネイカム」

「う~ん、悪い人じゃないんだけどねぇ、ステイリィ殿は。でも、人の上に立つ器ではないね。子供っぽいしさ」

「……そうでしょうか。確かにあの人は運が強いです。しかし実際に功績を残したのも事実。クルパーカー戦争やアルクエティアマインでの宗教暴動の際は、率先して行動したと聞きます。我々より遙かに経験値が上です。そんな彼女の感です。気に止めない方がおかしいでしょう」

「そうかい。でも結局あいつの言うことを無視してここに来ちゃったんだから、同じ事だ」


 ラクサールもネイカムも、アルセットから見たら非常に危うい。

 自分がエリートであるという自覚が、彼らの才能を引き延ばしもしただろうが、逆に潰している面もある。

 今だって、彼らは比較的楽観視しながらここへと来たはずだ。


(……嫌な予感がする……!!)


 アルセットは二人を前にしてそう思いながらも、ゆっくり慎重に廊下を歩いて行く。


「おい、誰だ、お前は!?」


 突然ラクサールが叫ぶ。

 ラクサールの視線を追っていくと、そこには一人の男が、床に腰を下ろしていた。


「名前を言え!」

「ダンケルク」

「……囚人リストにその名前はない。お前か? 今回のテロリストは」


 ラクサールは一歩前に出て、剣を抜きながらダンケルクに問う。


「さてな。そうかも知れんし、そうでないかも知れん」

「…………馬鹿にしているのか?」

「さてな。そうかも知れんし、そうでないかも知れん」

「腹の立つ野郎だ……!!」


 ダンケルクの復唱に、ネイカムのこめかみに血管が浮かぶ。


「安っぽい挑発だ。ネイカム、落ちつけ。奴は俺が先に見つけたんだ。俺の獲物だ、手を出すな」

「判ったよ」


 こいつを捕まえて手柄を立てたい。

 そんな思惑が二人の表情から見て取れる。


「お止めなさい! ラクサール!! もっと慎重になりなさい!」

「おいおい、止めてくれるな、アルセット。そんなに手柄が欲しいか?」

「違う! 油断するなと言っているの! あいつは十中八九テロリストの一人よ! しかも五人いるはずなのに単独で我々を待っていたということは、相当の実力があると言うこと! それでも多分彼はただの見張り役。奴らの危険性の証明だわ! 一人でやるのは危険よ!!」

「おや、君は頭がいいね」


 ひゅーと口笛を吹きながら、アルセットを褒めたダンケルク。


「君の言うことはとても大切なことだ。己の実力と相手の実力の差が判らぬうちは、そうそう簡単に攻めに出るべきではない。戦うことが大切なのではない。勝つことが大切なんだ。その為には何だってすべきだからな。時として観察するというのも重要な戦略の一つだ」

「よく喋るテロリストだな……!! その口、塞いでやる! お前ら、行け! 奴を取り囲め!!」


 剣を構え、部下に指示を送るラクサール。

 部下がダンケルクを取り囲み、逃げ道を塞いだところで正面から自分が奴の心臓を突く。

 これがラクサールの思い描くビジョンであったが――


「観察力が薄いぞ、お若いの」

「なに!?」


 バタバタと、ラクサールの部下達は次々に倒れていく。


「お前ら、何をしている!? 立て!」

「あんまり部下をいじめるのは感心しないな。すでに意識がないのだから尚更だ」

「ラクサール、下がって!!」


 ラクサールを庇うように、アルセットが前に出ると、彼女は盾型の神器を展開し結界を貼った。

「……クッ!?」


 直後、盾にぶつかる強力な何か。


「へぇ、気づいたのか」

「ええ、少しだけ空気の流れがありましたからね……!! 空気の弾丸、ですか……!!」

「ご明察。やはり君は頭が良い」


 アルセットは彼の光り輝く指を見た。


(指輪が光っている……!? なるほど、あれが神器ですか……!!)


「どけ、アルセット! 邪魔だ」

「きゃっ!?」


 アルセットを押しのけて、ラクサールが前に出て、一気に走り始める。


「空気の弾丸か、見えない分厄介だが、俺には通用しない!」


 ラクサールは己の持つ剣へと魔力を込めた。

 すると剣は彼の身体へと融合していく。

 銀色に輝く数百本の剣が、彼の全身に纏い始めた。


「神器『聖剣甲冑』グラムキャリー・アーマメント!! この鎧は盾にも剣にもなる! 甲冑に触れただけで、触れたところは真っ二つだ!」

「へえ、面白い神器だな」

「面白がっている状況ではないだろう! 一気に切り裂いてやる!」


 ダンケルクが空気の弾丸を放ってみると、弾丸はいとも簡単に弾かれた。


「なるほど、実に堅い装甲だ」


 空気の弾ごときでは傷一つ付きそうもない。


「空気ではダメか。なら、次へ行こう」


 ダンケルクは、今度は中指の神器に魔力を込め始めた。


「空気の次は、水だ。属性は『水陣』、特性は『集中』」

「何を出そうとも、この鎧の前では無駄だ!!」


 ダンケルクの魔力が溜まるより早く、ラクサールの鎧がダンケルクに正面から激突した。


「口先だけだったな」


 数百本からなる刃の鎧が直撃したのだ。

 死は当然免れない。


「口先だけ? そりゃ君のことだろう?」

「……なっ!?」


 だが、ラクサールは気づかされた。

 自分が今まで騙されていたことに。

 何せ一切の手応えがなかったのだ。

 肉を割く感触、血の滴る臭い、身体がバラバラになる音。何一つない。

 自分が激突したと思っていたのは、全て幻であったと言うことだ。


「やっぱり君は若い。若いが故に未熟だ。だが残念だ。君はこれ以上成長はしないだろう。一生を未熟のまま終えることになる」

「ど、どこにいる!?」

「ラクサール、上に奴の姿が!!」

「上!?」


 ラクサールがすぐさま天井を見上げた時。


「下だよ。本当に見るべきはな」


 その声と共に、彼の足下には巨大な水の渦が発生していた。


「敵の姿なんて、いつでも確認できる。それこそ味方から教えてもらえばいいだけだ。本当の危機に気づくこともなく、無駄に俺の姿を探した。そこがお前の未熟なところだ」

「う、うわああああああああ!?」


 水の渦はラクサールの刃の鎧ごと包んでいく。

 やがて水は球体となりて、すっぽりとラクサールを包み込んだ。


「いくらその刃が鋭かろうと、水を切ることは出来ないだろう? むしろ鎧が仇となったな。重すぎて水の中を泳げまい」


 ボコボコとラクサールから空気の泡が立っていく。

 このままでは数分と経たないうちに溺死してしまうだろう。


「ネイカム、ラクサールを助けないと!! ……ネイカム!?」


 そういえば先程から声が聞こえない。


「あ、ある、せっと……!!」

「あららー、ばれちゃったね!」

「ネイカム!?」


 ネイカムの姿は、空中にあった。

 翼を持つ金色の髪の女の子に胸ぐらを捕まれて、力なくうなだれている。

 それだけではない。

 彼の身体はすでにボロボロだ。

 何があったかはよくは判らないが、彼の着ている衣服は真っ黒に焦げている。

 全身火傷を負っているのは間違いなさそうだ。


「お! ダンケルクもそろそろトドメを刺すみたいだし! こっちもやっちゃおうかな!」

「や、止めなさい!! もう止めて!!」


 アルセットの制止を求める叫びも、


「やだよー」


 と、ティアの軽い口調で拒否された。

 溺死が間近に迫ったラクサールと、墜落死の危機のネイカム。

 この時、アルセットはようやく身に染みて痛感した。

 英雄と呼ばれるステイリィの、心からの忠告の意味を。


(ステイリィさん、ごめんなさい……!!)


 もう為す術も無く、出来ることもないアルセットの膝は、無意識のうちに落ちていた。


「…………助けて……誰か……」


 ラクサールもネイカムも、あまり好きではなかった同僚だけど。

 数年間、同じ時間を歩んだ二人。

 常に近くにいた二人の死が、こんなに簡単にやってきたなど、考えるだけで震えが止まらない。


「助けて……、二人を助けて……!!」


 忠告を無視した報い。

 それが今形となって襲いかかってきている。

 だから誰も助けに来るはずもない。

 でも、それを知っても、アルセットは二人の為に叫んでいた。


「――二人を助けて! ステイリィさん!!」


「――うおおおおお! 助けに来たぞおおおおお!!」


 突如響いてきた幻聴。


「す、ステイリィさんの声……!?」

「ウェイルさん、フレス、お願い!」

「ああ」

「お任せあれ!」


 アルセットの横を、一気に冷たい風が通り抜ける。

 その冷気はラクサールを包む水球を一気に凍らせていった。


「うりゃああああああ!!」


 フレスは水球へ向かって飛ぶと、腕に精製した氷の剣を、氷の塊となった水球に突き立てた。

 ピキッと亀裂が走り、そして氷は一気に砕け散る。

 残ったのは鎧が解除され、意識を失っているラクサールの姿だけだった。


「ら、ラクサール!?」

「ステイリィさん!!」


 フレスはラクサールの身体を持ち上げて、ステイリィの元へ。


「おっけー! 皆の衆! すぐさま倒れている連中を外に運べ!」


「「「イエッサー!!」」」


「ステイリィ、剣を借りるぞ。アムステリア! 頼んだ!」

「はいよ!!」


 丸腰のウェイルは、ステイリィから剣を借りて、いつかのようにアムステリアの足の上に手を掛けた。

 アムステリアはそれをカタパルトの様に蹴り上げる。


「返して貰うぞ、ティア!」


 蹴りの勢いを利用して、ウェイルはティアを叩き斬らんと突っ込んだ。


「ひゃん! 危ない!? ……あ」


 恐れを為して、ひょいっとウェイルを避けた時、手が滑ったのかティアはポロっとネイカムを落とす。


「テリア!!」

「うん、やっぱりその呼び方、いいわぁ♪」


 がしっと落下したネイカムをキャッチしたアムステリアも、彼をステイリィの元へと持って行く。


「ありがとうございます。よし、お前ら急げ!」


 ステイリィの部下達は次々と負傷者を運び出していく。

 その様子を見送りながら、ステイリィはアルセットの元へとやってきた。


「……幻聴じゃない……!? ステイリィさん……!!」

「アルセットって言ったっけ? さ、逃げるよ。後はこの鑑定士さん達にお任せしよう」

「……はい……」


 ステイリィに肩を借りて、アルセットは立ち上がる。


「急ぐよ!」

「はい」

「ウェイルさん、後はお任せします!」

「ああ、任せてくれ。後上に上がったら囚人達の確保とビャクヤへ連絡を取れ」

「判りました!!」


 テロリスト達の目は全てウェイル達が引き受けてくれたので、比較的安全にステイリィ達は逃げ出すことが出来た。

 地下三階まで上がり、ようやく一呼吸ついたとき。


「申し訳ありませんでした……」


 崩れるように涙を流しながら、アルセットがステイリィの肩で泣く。


「…………気にするな。同僚じゃないか」


 そんな彼女を、ステイリィはゆっくりと抱きしめて、彼女の涙が止まるのを待つことにした。


 その様子を見た部下達は、ステイリィという上官を持ったことを誇りの思い、彼女の後をついて行ったのであった。




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