大監獄内で
――大監獄『コキュートス』――『封印門』
「ここが封印門ですか。噂には聞いていましたが、やっぱり暗いところですねぇ」
地獄の底とまで称されるここ封印門は、牢屋内・廊下含めて全体的に非常に薄暗い。
灯りと言えば、廊下に点々とする蝋燭の光のみ。
そもそもここに収容されている囚人自体もほとんどいないため、フロア全体はとても静かで、閑散としていた。
「あ、この扉ですよ」
厳重にいくつもの南京錠でロックされている、巨大な鉄の扉。
「大砲を使っても壊せそうにないな」
ここにいるイドゥやルシカの力では、到底開くことの敵わない重厚な扉であった。
「スメラギ、よろしく頼むぞ」
「はーい」
イドゥに依頼されて、スメラギは白い手袋をする。
そして手袋をした両手を鉄の扉に押し付けた。
「ちょっと、離れてて」
「言われなくてもそうするわい」
少なくとも十メートル以上距離を取る。
ここまでせねば、命の保証はないからだ。
「全部、全部溶かしてあげる……!!」
スメラギが目を鋭くしながら魔力を放出し始めると、手袋からは黄緑色の光が放たれた。
ボコボコという音が響き渡り、同時にシューっと鉄の溶ける音が聞こえてくる。
「もっと、もっと、もっと!!」
スメラギの身体の周囲に強酸の渦が発生。
強酸の渦は、勢いをさらに強め、そして扉全体を飲みこんでいく。
「うぐ……凄い臭いですね……」
「相変わらず恐ろしい神器だな……」
スメラギが強酸の渦を纏い始めて五分くらい経った頃だろうか。
シューシュー音を立てていた酸の量が、段々と少なくなってゆき、そして次第に消えていった。
「イドゥ、多分扉開くよー」
「よくやったぞ、スメラギ。良い子だ」
「えへへー、イドゥに褒められたー」
流石にあの扉を丸々と溶かすことは不可能だったようで、表面に溶けた痕跡はあるものの、扉は依然としてドッシリとそびえたっている。
ただスメラギの酸は、扉の巨大な南京錠を綺麗さっぱり消し去っていた。
「後は開けるだけだが、扉が重すぎてワシには無理だ。引き続き頼むぞ、スメラギ」
「うん。……――えいッ!」
ズゴンとスメラギは扉に一発、蹴りをかます。
馬鹿怪力のスメラギの蹴りを浴びた扉はひとたまりもなかったのか、ついにテロリストの侵入を許す格好となってしまった。
「ルシカ、どこにあれはある?」
「ちょっと待ってくださいねー」
早速部屋の中に入って物色をするルシカ。
「うわ、ここ凄い神器がたくさんありますよ! いくつか盗んでおきましょう!」
ここは封印門の神器保管庫だった。
「好きに持って行け。スメラギ、お前さんもな」
「いいの!? やったぁ! るーしゃを永遠に縛り付けるような神器、ない?」
「精神隷属系の神器ですか……?」
そんな神器があったならルシャブテは極めて可哀そうなことになるが、もしそうなった場合はどうせスメラギを止めることは出来ないし、諦めて放っておこうとイドゥとルシカは互いに頷き合ったのであった。
「あ、ありましたよ! イドゥさん!」
「うむ。これだ。これに間違いない」
ついに目的の神器を発見した。
この神器を欲するがためにだけに『コキュートス』に侵入したのだ。
これさえ手に入れれば、こんな薄暗い場所に用はない。
「さて、後はルシャブテの迎え次第だな」
「ですね。予定ではもうすぐですけど」
「後はるーしゃが来る前に、るーしゃ用の神器を見つけておかないと」
(……ルシャブテ、早く来た方が身の為だぞ……)
どうかスメラギの望む神器は見つからないでくれ、とそう願うしかない二人であった。
――●○●○●○――
――懲罰門 地下一階。
「うわ……、酷いね、これ……!!」
ここの看守であったものの死体が廊下に散乱していた。
いくつか牢屋も破壊されており、その中に囚人はいなかった。
「逃げたのかな?」
「いや、ここに来る途中では見なかった。とすると、先に行った『ネクスト』の連中が捕まえたんじゃないか?」
捕まえて、破壊されていない牢屋に突っ込んだ可能性もあるが、
「これ見て」
上半身がなくなっている死体が落ちていた。
「囚人服よね、これ」
「……だな」
「うげぇ、気持ち悪い……!」
下半身部分には囚人服が着せられたままだ。
「これ、上半身は酸か何かで解けているわね」
「……スメラギね」
エリクとアムステリアは顔を見合わせ頷いた。
「あの娘、かなり容赦なくやるから気をつけておいた方がいいわ」
見れば廊下のあちらこちらに溶けた痕跡がある。
「ステイリィがスメラギと出くわしたらまずいわ。あの馬鹿娘、スメラギにケンカ売りそうだもの……!!」
「誰彼構わず売るのがあいつの特徴だからな……!!」
「近道を案内するわ、急ぐわよ」
エリク先導で、ウェイル達はそそくさと先に進んでいく。
――●○●○●○――
「ラクサール、お止めなさい」
「え? ああ、ごめんよ、アルセット。君には少し残酷すぎたかな?」
『ネクスト』の一人、茶髪のポニーテールの男局員ラクサールは、握りしめた囚人の胸ぐらを突き放した。
捕まれていた囚人の顔は、無残にも腫れ上がっており、意識もすでにない。
「やりすぎよ」
「いいんだってば。彼はここに収監される前はもっと卑劣な事をやっていたんだから。これくらいの罰は当然だよ。ここは懲罰門だ」
「……上に知れたら面倒ごとになるわ」
「上に知られる? 大丈夫だよ。部下達は絶対に喋らないからね、そうだよね?」
ちらりと背後の部下達を一瞥した。
「「「…………」」」
皆無言で、目を背けている。
「ほら、みんな喋る気はないってさ。後は君達が喋らなければ問題ないよね」
「それは脅しですか? 一般の局員とは違い、同じ『ネクスト』である我々には脅しは利きませんよ」
憮然とした態度で臨むアルセット。
ピリピリとした空気が、この場を支配していく。
「まあまあ、二人とも! その辺にしておこうぜ!」
そんな空気の中、二人に割って入ったのはネイカム。
『ネクスト』の一人で、二人とは違い爽やかスポーツ系の男である。
「どのみち俺らは皆将来十六人会議に入るんだからさ! 今回はその順番を決めるだけと、そう思ったらいいじゃねーか。それよりも任務に集中しようぜ」
「ですがネイカム、ラクサールのやり方は人道に反します!」
「それも含めて、後で議論すればいいさ。今はテロリストの確保が先だ。――そうだろ? 英雄のステイリィ殿?」
「ふぇええ!? 私!?」
実は今のやりとりをこっそりと後ろで見ていたステイリィとその部下。
突然名前を呼ばれたので驚き素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ステイリィ殿も、テロリストの確保が先だと思うだろ?」
「え、えっと、……ハイソウデスネ」
別にどうでもいいなんて言っていい空気ではない。
「ほらほら、英雄殿もそう言ってるんだし、ここは仲間割れはよそうぜ。ラクサール、お前ももう余計なことはしなくていいからさ!」
「余計なことではない。敵の情報を聞いていただけだ」
「もう少し穏便に出来ないのですか、全く……!!」
「ま、全部後回しと言うことで! ステイリィ殿も今のやりとりは見なかったことにしてくれ!」
ラクサールが、鋭い視線でステイリィを睨んでくる。
話したら殺すと言わんばかりの視線だった。
「上官、私はあのラクサールという男が許せません……!! 本部へ報告した方が良いかと思います!」
ステイリィの部下達はどうも正義感が溢れている。
その気持ちはステイリィも応援したいし、筋が通っていて好きなことだが、部下達の今後を考えれば支持はしがたい。
「別にいい。何も言わなくてな」
「しかし上官!」
「私に考えがある。だから君達は黙っていてくれないか。君らの言わんとすること、君らの熱い気持ちは判っている。私も同じ気持ちだ。だが、今はただテロリストの確保を目指してはくれないか」
「上官……!!」
ステイリィの部下達の目にはどうも涙が溢れている。
妙に熱く正義感のある連中ばかりがステイリィの部下になっている。
こうした運が良いことも、ステイリィの昇進に一役買っていることにステイリィは薄々感じていた。
ちなみに。
(やべー、こんなこと言っちゃったけど、何も考えてねー!!)
口だけは偉そうなステイリィであった。