ステイリィ出世の秘密
――大監獄『コキュートス』。
地下含め全九階建てのこの建物は、大陸の治安を維持する上で、裁判所、治安局本部と並び最も重要な施設の一つに挙げられている。
犯罪者を一同に管理し、更正を促し社会復帰の手助けをする施設であるが、反面凶悪な犯罪者にとっては、ここは墓場と言える場所でもある。
地上四階部分は、全て『更正門』と呼ばれる機関である。
先にも言ったように、更正の見込める犯罪者だけを収容しており、内部の治安も比較的良い。
むしろ貧困都市リグラスラムと比べると、命の安全が保証されている分、生きていく上では楽であると言える。
だが、地下部分に話が移ると、一気に内容は厳しいものとなる。
地下一階~地下四階に当たる部分、これを『懲罰門』という。
大陸の治安を根本から覆すような罪を犯した者はここへ収容される。
ここでの取り組みは更正門とは一線を画すもので、『生まれてきたことを後悔させる』をスローガンに掲げている程の、徹底した厳しい懲罰が課せられる。
かくいうエリクもここへ収容されており、収容中はずっと独房にて監禁されていた。
『不完全』を中心として、凶悪な犯罪組織に荷担した者は、大抵ここへ収容されることになっており、犯罪者から恐れられている場所でもある。
「更正門の方は問題なさそうだな……」
『コキュートス』に入獄すると、まずは外部向けの大きなロビーに出る。
ここには地獄の番犬と呼ばれる神獣、ケロベロスの巨大な彫刻が置かれてあり、ここへ来る者を畏怖させる。
「局員も沢山いるし、何とかなりそうかな」
「いや、油断はしない方が良い。奴らは懲罰門の方へ行ったんだ。影響が出るならそっちだし、逃げてくる犯罪者もそちら側の者だ。正直に言うと更正門で働いている平和ボケした局員達に抑えが効くとは思えない。ビャクヤに任せた方が良い」
「そうね。あの局員達、私達を見て声すら掛けてこないもの」
「負抜けた局員もいたものね。なるほど、上はこんなに温かったのねぇ……」
治安局の制服を着ていないウェイル一行に対し、更正門の局員達はちらちらと視線を送るだけで、事実上無視を決め込んでいる。
ウェイル達がプロ鑑定士だと知っているのならば、この対応も判らなくもないが、おそらくは関わりたくないだけだ。
「責めてやるな。彼らだって本当は逃げたいが、一応の使命を果たすために残っているんだ。むしろ勇気がある方だと思う」
見るとロビーには血の痕もある。
ここで奴らによる殺戮が起きたに違いない。
自分達では止められぬと知り、情報だけは外へと伝達し、後は更正門の囚人達を守るという名目で深く介入をしなかったのだろう。
「ボクから言わせてみたら、彼らは立派だと思うよ。それに正しい判断だ。命を無駄にしないってのは大切なことだからさ」
「だな」
ケロベロスの彫像を抜けて、地下へと続く巨大階段へと足を運ぶ。
巨大階段への入口は鉄格子と、その上には有刺鉄線まで張り巡らされているはずだが、今はその鉄格子は破壊されている。
「鉄が溶けた後だな……。火を使う奴か」
「ダンケルクかしらね。確か持っていたでしょ。火を出す指輪を」
鉄をも溶かす炎を出す神器なんて、早々お目にかかれる代物ではない。
ダンケルクがここに来ている。その可能性は非常に高い。
「おい、そこのお前」
「え!? は、はい!?」
様子をこっそり窺っていた若い局員に声を掛けた。
怯える彼に、ウェイルは落ち着くように促した
「心配するな。俺達はプロ鑑定士だ。加勢に来たんだ。聞きたいことがある。この下へは誰が入っていった?」
「え、えっと……、テロリスト達が、巨大な炎をぶつけて鉄格子を破壊して入っていきました……!! それと『ネクスト』って言う人達と、そしてステイリィ上官達です……!!」
「やっぱり入っていったか。まあ、あいつは立場上仕方ないな……」
嫌々連行されていくステイリィの顔が目に浮かぶようだ。
「お前、すぐさまコキュートス入口にいるビャクヤという女の指示を仰げ。ビャクヤはステイリィの秘書で、ステイリィ直々の命令を預かっている。ここの連中に命令があるのだとよ」
「す、ステイリィ上官の命令!? わ、判りました!!」
ここでもステイリィの名前は絶大な効果を持つようで、聞き耳を立てていた局員達は一斉にビャクヤの元へと走り出した。
「後はビャクヤが上手いことやるだろう」
「ウェイル、ステイリィさんって何か指示を出してたの?」
「ありゃ嘘だ。ま、嘘も方便って奴だろ」
「なるほど、これだからステイリィは出世してしまうわけね……」
「そのステイリィっていうのが誰かはよく知らないけど、手柄が勝手に降ってくるなんて羨ましいわ」
「ステイリィさんにとっては迷惑なだけなんだろうけどねー……」
ステイリィ出世の秘密を、目の前で見てしまった三人である。
「いいから行くぞ」
そしてウェイル達は懲罰門へと足を踏み入れたのだ。