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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十四章 司法都市ファランクシア編 『ステイリィ英雄譚』
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大監獄入口前で


「……何なんだ、あれは」


 一足先に大監獄へ到着し、入り口前で雨宿りをしていたウェイルの前に、妙にむさ苦しい連中が姿を現した。


「上官! 我々はいつまでもついていきます!」

「こらー! 降ろせ―!」

「はっはっは、上官はすぐにでも馬車から降りて現場に向かいたいと、そう仰るわけですな!? なんと勇気溢れるお方!」

「上官! 我々、一生貴女についていきます!」

「そうじゃない! 早く帰りたいだけだー!!」


「この声、ステイリィか……」


 集団の中心にある馬車から聞き慣れた声が響いたかと思うと、バンっと扉が開いて、その人物が飛び降りてくる。


「なんで私がこんなところに来なければならないんだ!! 早く帰ってウェイルさん抱き枕を作ろうと思ってたのに!!」

「なら今からでも帰った方がいいぞ。危ないだけだ。……それとその抱き枕は止めてくれ」

「ちっ、やっぱりウェイルさんがいる」

「珍しい反応をする奴だ」


 顔を合わせただけで嫌な顔をされるのは、鑑定士を長くやっていればよくある話であるが、まさかあのステイリィからされるとは思いもしなかった。


「ウェイルさん、監獄に入るつもりですか!?」

「さっきそう言っただろうに」

「そうですか。私には貴方を止める権限はありません! なのでこれ以上は何も言いませんが、一つだけ言っておくことがあります!」

「言うのか言わないか、一体どっちなんだよ……」

「やかましい! 一つだけ言っておく! 耳の穴かっぽじってよく聞けぇいっ!!」

「な、なんなんだ?」


 ずびしっと力強い指さしに、軽く後ずさるウェイル。

 あまりいい助言を聞ける気はしない。


「いいですか!? 自分で立てた手柄は、きっちり責任を持って自分のものにしてくださいね! 決して手柄を私に押し付けることはしないでください!」

「……お前の言っている意味が全く判らんが」

「判らなくてもいいんです!! とにかく! 私をこれ以上出世させることは控えてくださいね!」

「……あ、ああ」


 ……なるほど。

 ステイリィの言わんとしていることがようやく見えてきた。


「全く、本部直々の命令だから仕方なく監獄に行くっていうのに、こんなところに手柄の塊であるウェイルさんもいるし……!! 実に迷惑な話だ」

「お前って結構不幸な星の元で生まれているのな……」


 出世することが不幸である人間も、この世の中には少なからずいるということである。


 ブツブツ口の形を『3』にしながら文句を呟くステイリィの背後から、突如として声が掛かる。


「おやおや、これは治安局が誇る英雄、ステイリィさんではありませんか?」

「ん? 誰だ!? 私を出世させようとしても、そうはいかんぞ!」

「……また変な奴らが来ているな。フレス達、早く来てくれ……」


 ステイリィとは気迫も眼つきも全く違う、妙にかしこまった三人が現れた。

 あまり関わりになりたくない雰囲気の連中だ。

 ウェイルはさっさとフレス達が来てくれることを祈るのみであった。


「流石はステイリィさん、もう到着しているとは、実に耳が早いですね」

「今回の事件は互いに名を上げるチャンスですな。英雄殿にはお手柔らかにお願いしたい!」

「ネイカム、監獄のテロ事件をチャンスだなんて、不謹慎ですわ」

「ゲゲッ!? 『ネクスト』の連中!?」


 現れたのは治安局員のラクサール、ネイカム、アルセットの三人。

 いずれも『ネクスト』所属で、時期十六人会議のメンバー候補でもある。


(へぇ、こいつらが噂に聞く『ネクスト』か)


 話は聞いたことがあるが、実際に見たのは初めてだ。

 ウェイルは口元に手を当て、一人ひとりを舐めまわすように観察した。


(……どいつもこいつも、ステイリィと比べて遙かに優秀そうだな)


 ステイリィには悪いが、出世するならこの三人の方が治安局の為だ。


「ステイリィさん、私達は先に監獄へ入らせてもらいますよ。テロリストの粗暴行為はすぐに制圧せねばなりません。こんなところで遊んでいる暇はありませんからね」

「ま、そうだな。ステイリィ殿! 悪いが先に行かせてもらう!」

「貴方はここで留守番をしていて下さっても構いません。どのみちテロリストは私の手で捕まるのですから」


 性格は違えど、三人とも敵意剥き出しの視線でステイリィを突き刺しながら、部下を引き連れて堂々と監獄へと進んでいった。


「あーーーー、めんどーーーーーー」

「……だな。俺は今初めてお前の気持ちが判ったような気がする」


 心の底からの声とは、今のステイリィの台詞を差す言葉なのだろうと、ウェイルは苦笑する。

 『ネクスト』の連中は勝手にステイリィに対してライバル心を燃やしているが、当の本人は本気でどうでもいいと思っている。

 三人とステイリィの温度差は、フレスの氷とサラーの炎くらいあると断言できる。


 ――しかし、ここにはサラーの炎くらい熱い連中もいた。


「じょ、上官! じ、自分は非常に、猛烈に腹が立っております!」

「……何言ってんの、君」


 ネクストの三人の姿が見えなくなったところで、ステイリィの背後に控えていた部下達は、雨にずぶ濡れになりながら拳を握りしめ、歯を食いしばり、涙を流しながら悔しんでいた。


「尊敬する英雄ステイリィ上官に対してあの態度! 我々、やはりネクストの連中のことは好きにはなれません!」

「あ、そ」

「上官! 悔しくはないのですか!」

「うん」

「そうでしょう! 悔しいに決まっています! ただ頭が良いというだけでここまで調子に乗って! 証明しましょう! 十六人会議にふさわしいのは、ステイリィ上官しかいないと!」

「あの、聞いてる?」

「皆の者! 我々もこれより監獄へと向かおう! ステイリィ上官は我々がお守りするのだ! いいな!?」

「「「「おおーーーーッ!!!!!」」」」

「そろそろパターンが読めてきたんですけどーーー!! ウェイルさん、ヘルプ!! ヘルプミー!!」


 またもやひょいと屈強な男局員に担ぎ上げられたステイリィは、まるで神輿にでも乗せられたかのように連れ去られていった。


「あいつも苦労が絶えないんだな」


 ステイリィにもステイリィなりの苦労があるのだな、と嘆息一つ。


「……ん? フレス達……ではないな」


 ステイリィの去った後に、こちらへとやってくる一つの影。


「ビャクヤか」

「鑑定士さん! ステイリィ上官はいずこへ!?」


 一足遅く辿り着いたビャクヤが、息を切らせながら聞いてくる。


「たった今監獄へ入っていったぞ」

「……入っていった? 『入れられた』の間違いでは?」

「……正解。その通りだよ。部下に担がれて持ってかれた」


 流石秘書。主のことをよく理解していなさる。

 とはいえ、呆れながらも彼女の目は心配の色が濃い。


「……鑑定士さん、この事件のテロリストのこと、知っているんですよね?」

「ああ。間違いなく知っている連中だ」

「何者です? 確か贋作士って言っていましたけど、まさか……」


 贋作士と聞けば、誰もが思い浮かぶのはあの集団。


「『不完全』……!?」


 想像してしまったのか、ビャクヤの顔が青ざめる。


「まあ『不完全』の残党であることは確かだ。だが、実際はもっと厄介でな」

「『不完全』より厄介なんですか!?」

「『不完全』を潰した張本人達だ」

「ななな……っ!?」


 初めて知らされる事実に、ビャクヤは絶句してしまった。


「これはおそらく治安局上層部も知らない情報だ。しかし、だからこそまずい」


 この度の事件、おそらく治安局上層部は、どんなに見積もっても警戒レベルを対『不完全』程度に設定しているはずだ。

 だからこそのこの程度の局員派遣。

 英雄たるステイリィや『ネクスト』の連中を送り込む辺りに、多少の本気度が伺えるが、ウェイルからすれば、それだけでは到底足りるレベルの相手ではない。

 警戒クラスは、超巨大戦艦オライオンと同等であるとの見込みであるからだ。


「上官は大丈夫なんですか!?」

「このままでは無事では済まないだろう。正直治安局の現状の戦力では話にならない」

「そんな……ッ!! ステイリィ上官……!!」


 ビャクヤは監獄を見上げる。

 見慣れていたはずの妖しくそびえたつ監獄が、今は彼女を押しつぶさんと見下してきているようだった。


「わ、私は、どうすれば……!?」

「ここにいたらいい。君には君のやることがある」

「え……?」

「君はここで治安局員を配置して指示を送れ。おそらく監獄内は今、大混乱になっているはずだ。非常事態に乗じて脱走を企てる囚人もこれから現れるだろう。そんな連中が一気に出てくれば、出入り口に殺到するはずだ。君らは囚人達の脱走を阻止し、ここで確保しろ」


 中にいる看守や局員達に期待はしない方が良い。

 誰も彼も混乱の中、事態を冷静に捉えて行動することが出来る者はほとんどいないだろうし、何より相手は『異端児』だ。看守らの命も無事かどうか定かではない。

 そんな大きな隙を、更生門はまだしも懲罰門にいる囚人達が見逃すはずもない。


「囚人達の脱走を許しては駄目だ。この大陸の治安維持が困難になり、下手をすれば崩壊する。だからこそここで脱走を阻止する責任は非常に重い。やれるだろ?」

「……はい……!!」


 落ち着きを取り戻したのか、ビャクヤは冷静にウェイルの話を聞いている。


 雨音の中、三つの足音が聞こえた。


「ステイリィのことは心配しなくていい。俺達が行くんだからな。なぁ、フレス?」

「そうだよ! ボクらがステイリィさんを助けてあげるよ!」

「気に食わない娘だけど、一応ライバルだからね」

「……フン、私には別にどうでもいいんだけど」


「皆さん……!?」


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」 


 雨に濡れた三人の娘――フレス、アムステリア、エリクがここに到着した。


「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった。テリアさんとエリクさんが喧嘩ばかりするから」

「いいさ。俺としても敵の目的について推理する時間が欲しかったしな」

「ま、答えは比較的簡単に出たけど。そうでしょ?」

「ああ。簡単だった。エリクも来たのか?」

「奴らを追うことに私も混ぜる。これが司法取引の条件の一つだったでしょ? 文句はある?」

「いや、ないさ。むしろ助かる」


 四人は、改めて監獄の前へと立つ。

 中に入れば、熾烈な戦闘が待ち構えているに違いない。

 でもウェイルとフレス、そしてアムステリアは妙な高揚感を覚えていた。


「敵は五人。目撃情報からゴスロリ娘、エルフ、そして金色の髪の少女がいるとのことだ」

「スメラギとルシカと、そしてティアね」

「奴らに仕返しするチャンスが、こうも簡単に訪れるとはな」

「ええ、きっちり借りは返さないとね……!!」

「ボク、今度は負けないから……!!」


 ウェイルが戦闘で、一歩前に出て、皆がそれに続いていく。


「ウェイルさん!!」


 ビャクヤの声に、足を止める。


「貴方の言う通りに行動します! ですから……ステイリィ上官を、絶対に連れて帰って下さいね……!」


「任せとけ」


 雨に濡れるビャクヤを背にして、四人は監獄の中へと入っていった。


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