似た者同士
「あれ? この音……」
雨の降り注ぐ夜の空を、微かに聞こえる翼のはためく音。
「どうしたの? リル。早く寝た方が良いわよ」
「いえ、外から妙な音が」
「どんな音?」
「えっと、多分フレスさんが飛んでいる音ですね」
「フレスの飛んでいる? この雨の中どうして?」
「それはちょっと判りませんけど……」
「どれどれ」
アムステリアが窓を開けて外を確認しようと、窓に手をかけた時である。
「――うわああああああ!!」
「ん? フレスの声? ……って、ええええーーー!?」
猛スピードで空を翔けるフレスが、窓めがけて突っ込んできたかと思うと。
「――ぐふっ!?」
「ア、アムステリアさん!?」
完全に油断していたアムステリアの鳩尾に、フレスの石頭がクリーンヒットしたのである。
これには堪らずアムステリアも顔を真っ青にして崩れ落ちた。
「て、テリアさん! しっかり!!」
「ゆ、油断したわ……!! まさかこの私を殺そうと企んでいたなんてね……!! 貴方、なかなかやるじゃない……!! ……ぐふっ……!!」
「ご、ごめんなさい! 急いでて!」
「急いでいたら人を殺しても良いということね……。おまけに雨でびしゃびしゃに濡れているから私のドレスもぐちゃぐちゃだわ……!!」
「あわわわわわ……!!」
「覚悟はいいわね?」
「ひぃいいいいいいいい!? ご、ごめんなさああああああああああい!!」
凶暴な殺意のオーラに、事の重大さを忘れてフレスは涙目になりながら土下座していた。
「……全く、私が普通の身体なら死んでいたわよ」
「あらら、残念。くたばってくれたら良かったのに」
「アンタ、寝ていたんじゃないの……!?」
いつの間にかエリクはベッドに腰を掛けていて、含み笑いを浮かべてアムステリアを挑発してきた。
「これだけ騒がしいのよ? ゆっくり眠れるわけがないわ。それより龍の娘、一体何があったの?」
何故かエリクが勝手に話を進めていることに憤慨しているアムステリアを、イルアリルマが「まあまあ」と苦笑しながら宥めている。
フレスは事の重大さを思い出して、ガバッと土下座していた頭を上げた。
「た、大変なんだ! 大監獄が『異端児』に襲われたんだって!!」
「「「……は?」」」
あまりにも突拍子もない話に、一同一度間を置いて。
「『異端児』が現れたの!? コキュートスに!? どうして!?」
「判らないよ!! 今治安局が鎮圧に向かってるの!」
「ウェイルさんはどうしたんですか!?」
「ウェイルは先に監獄へ行ったんだ! テリアさんにもすぐ来て欲しいって!」
「判ったわ! もう、それをどうして早く言わないのよ!」
「だってテリアさん怒ってたじゃない!」
「そりゃ怒るわよ! 死にかけたのよ!?」
「テリアさんって死ねないんでしょ!?」
「気分の問題よ!!」
「お二人とも、言い争いは後です。すぐに対策を練らないと!」
「対策は後でいいよ! すぐに行かないとウェイルが!」
「大丈夫です。ウェイルさんは一人で危険な行動はとらないでしょう。でないとアムステリアさんを呼ぶ理由はありません」
動揺しているフレスに対し、イルアリルマはゆっくりと穏やかな口調で語り、落ち着くようにと肩に手を置いた。
「いいですか? 敵の情報と居場所は分かっています。なので今知るべきは敵の目的です。それさえ掴めれば対策は簡単のはず。ウェイルさんだって、今頃それを考えているはずです」
「そ、それはそうだと思うけど……」
「『異端児』が狙うものか……。仲間の解放が目的かしら?」
アムステリアはちらりとエリクの方を見たが、その視線に対して、エリクは鼻で笑って返した。
「私を助けるために? そんなわけないでしょう? もしそうならもっと早く助けに来たはず。それに私は『不完全』の残党。命を狙うことがあっても助けることは考えられない」
「だとしたら、何が目的なんだろう……」
「簡単でしょ。あそこにある神器が欲しいのよ。それしかないわ」
「神器!? ……そうか、ウェイルもそんな事言ってたよ」
大監獄『コキュートス』には、強大な力を持つ神器が所蔵されていると。
「『封印門』を狙うつもりなのでしょうね……。あそこが突破されるとまずいことになるわよ」
「凄まじい魔力を持つ神器が、沢山置いてあるんだよね! 奴らがそれを手に入れたら、ますます手に負えなくなるよ!」
すでに三種の神器の一つを持つ連中だ。
それだけでも手に負えないレベルであるのに、コキュートスの神器を入手されたのであれば、これ以上の驚異になる可能性は非常に高い。
「私も連れて行きなさい」
「エリクさん!? なんで!? 危ないよ!?」
「危ない、か。まさかアンタに命の心配をされるとは、笑い話ね」
「むぅ、ボクは本気で心配してるのに!」
「その心配は必要ないって言ってんのよ。どのみち私の命はウェイルに握られているんだし。それに監獄内の事は私が一番詳しいわよ。誰かさんのおかげで、当分あそこに住んでいたのだから……!」
エリクはそんな皮肉を吐いてはいたが、その目に憎しみの色はない。
純粋に手助けを申し出ていることが見て取れて、それについてはアムステリアもイルアリルマも頷いていた。
「判ったよ。テリアさん、エリクさん、行こう」
「ええ。すぐに準備するわ」
「急いだ方が良さそうよ。ね、テリア?」
「エリク、アンタにその呼び方をされると虫唾が走るから止めて」
「ふん、呼び名の一つ一つで気分が左右されるなんて、見かけによらず繊細なのね?」
「繊細さで言えば、組織の制裁に怯える小さい肝しか持っていないアンタには負けるわ」
「あ、あの、お二人とも、争っているとこ悪いんだけど、そろそろ終わりにしてくれないかな? 急ぎたいんだけどさ」
「もう準備は出来たわよ」
クイッとメガネの位置を戻すエリクとポニーテールを結び直すアムステリアは互いに悪態をつきながらも、おのおの準備を終えていた。
「私はここで皆さんの留守をお守りしています。どうかご無事で」
「うん! ボクは飛んで先に行ってるから――――……え?」
何故かフレスの身体にアムステリアとエリクが掴まってくる。
「な、何をしてるの二人とも……? 早く行かないとウェイル困っちゃうよ?」
「だからこれが一番早い方法なのよ。飛ぶフレスに掴まって行く方が走るより圧倒的に早いわ?」
「ちょっとテリアさん!?」
「そういうこと。龍の娘、早く翼を出しなさい。急ぐわよ」
「エリクさんまで!?」
そんなわけでフレスはよく似た性格の二人を両方共抱えながら、雨の降る空を飛ぶ羽目になった。
「お、重い……」
「「誰が重いって……?」」
「ひぃ!?」
アムステリアとエリク。
境遇から性格まで、実によく似た二人であった。