決意の天空墓地
裏オークションの次の日、ウェイルとフレスは最初の約束通りプロ鑑定士協会本部の屋上へとやって来ていた。
「うわー! 凄く高いよ! あんな遠くまで見えるよ!!」
バサァと羽が開くが、もう服が破れることはない。
朝一で服を買いに行こうと急かされ、ウェイルの財布の中を半分にするような服を買い、その服を翼が通るように改良するようにとせがまれ、ずっと作業していたのだ。
新しい服を着て喜びまわるフレスは、微笑ましい光景だったとはいえ、流石に疲れた。
そのまま屋上へ行くと喚き散らすものだから、ウェイルはいい加減くたびれてしまった。
しかしこの景色は何度見ても素晴らしい。
マリアステルの全てが見渡せ、気持ちの良い風が吹いている。
その壮観な景色に、疲れなど消し飛んでしまった。
「フレス、ちょっと来い」
「どうしたの?」
フレスを手招きし、向かった場所には大きなオブジェが建てられていた。
「これ、何だと思う?」
「う~ん、何かの観測台?」
「これはな。天空墓地だ」
「天空墓地?」
「そうだ。ここには違法品絡みの事件に巻き込まれて命を落とした、名前も分からなくなってしまった人達を弔う墓地だ」
「何で屋上にあるの?」
「天に近い、からだろうな……」
ウェイルとフレスは自然と天を仰いだ。
しばらくそうしていた後、ウェイルはポケットから真珠胎児を取り出した。
太陽の光に反射して輝く真珠胎児。見るものを圧倒させる命の輝き。
「この子らを弔わないとな」
「そうだね……」
ウェイルは真珠胎児を木の箱に入れ、オブジェにある小さな扉を開け、中に入れた。
二人は手を合わせ、しばらく黙祷を捧げる。
「……ウェイル、世界にはまだ違法品がたくさんあるんだよね……?」
「ああ、たくさんある。この世界には命よりも違法品の方に価値があると考え、それを求める輩がたくさんいる。俺達プロ鑑定士は、そんな汚い連中のやることを阻止しなければならない」
「ボク、決めたよ。プロ鑑定士になる。こんな酷いこと、絶対に許せないんだ! 確かに『不完全』に復讐したい気持ちもあるよ。でもそれ以上にもう違法品で苦しむ人達を見たくない! イレイズさんだって違法品で苦しんでいるでしょ!?」
憤りを隠せないフレス。
ウェイルは思う。
フレスは、下手な人間以上に、人間らしい奴なんだと。
「――私を呼びましたか?」
「誰だ!?」
ウェイルとフレス以外誰も居ないはずの屋上である。
二人はさっと声がした方へと振り向いた。この声は――
「――イレイズ!? どうしてここに!? ここは鑑定士しか入れないはずだぞ」
「別に内部から侵入したわけではありませんよ? 空を飛んできただけです」
「……なるほど。サラーと一緒に飛んできたのか」
ここには中から来ずとも空からなら飛んで来ることが出来る。これは盲点だった。
妙に感心するウェイルを他所に、イレイズとサラーはオブジェの前へと足を進めた。
サラーはローブから顔を出し、小さな花を取り出すとオブジェの前に置いた。
二人は小さく屈み、拝む。
すみませんでした、と小さな声が聞こえた。
イレイズとサラーは彼らなりに被害者に謝りたかったのだろう。
黙祷を終えたのか、二人はこちらへと振り向いた。
「お礼とお別れを言いに来たんです。この度は色々とありがとうございました」
「だから取引だって。見返りの情報も貰ったからな。それよりも部族の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは言い切れません。急いで戻ろうとは思っています。実はすでに戦う準備も進めてはいるのです。ただやられるのを待つのは癪ですからね。これからは本格的に対『不完全』の準備を進めていこうと思います。これからは私が民を守らないといけません」
ウェイルの故郷はすでに無い。
でもイレイズにはまだ守るべきものがあるのだ。懐かしい故郷と愛すべき民が。
イレイズの顔。それは正に王の顔だ。
『不完全』と敵対する覚悟を決めた王の顔――。
「そうか。……頑張れよ」
それがウェイルにはひたすら眩しく見え、そして羨ましいと思えた。
「はい。ではそろそろ行きます。不法侵入には変わりないですからね」
「サラー、またね!」
「…………うん……」
フレスとサラーは並び立ち、互いに視線を交わした。
フレスの優しい笑顔に、サラーの顔は照れて赤くなっている。
「行くよ、サラー」
サラーは隠してある翼を広げ、イレイズの手を取り宙に浮く。
二人はこちらを一瞥した後、目にも留まらぬ速さで空を翔け、あっという間に空へと溶け込んだ。
「イレイズさん、何とかなるといいね」
「そうだな」
イレイズ達を見送り、再び景色を眺めようとしたとき、屋上の扉がバタンと開いた。サグマールが何かを持ってドスドスと歩いて来る。
「おい、ウェイル! 鑑定の依頼だ。お前指名での依頼が来たのだ。行ってくれるか?」
正直なところ、ここ数日は色々とありすぎて疲れが溜まっていた。いくらか休みを取ろうと考えていたところだ。
しかし隣の相棒にそんな考えは無いらしい。
「鑑定依頼!? やる! やるよ! 早く行こう! ウェイル!!」
そう言ってウェイルの腕に抱き付いてくる。
勘弁してくれ、と心の中で呟くものの、その無邪気な笑顔を見ているうちに、口が勝手に答えを出してしまう。
「わかった。すぐ行こうか」
「うん!」
フレスは抱きついた腕を引っ張る。
「おいおいフレス、そんなに引っ張るな!」
「だって早くウェイルと旅がしたいんだもん!」
今のやり取りを見守っていたサグマールだったが、とうとう堪え切れずプッと吹き出した。
「がははははは、ウェイル、お前本当に変わったよなぁ!!」
暗くてどこか冷徹なイメージ。『不完全』への復讐の為だけに生きてきた男。
それが今までのウェイルの印象だった。
「ああ、変わったかもな。主にこいつのおかげで」
だが今のウェイルにそんな印象を抱く者はいないだろう。
「ボクのおかげ?」
ウェイル自身も変わったと自覚している。そして――。
「ボク、何もしてないと思うけど?」
「そんなことはない。お前は俺の弟子になってくれたろ?」
――そんな自分を案外悪くないと思っていた。
「うん! ずっとお手伝いします! 師匠!」
「ああ、行こうか。フレス、プロになりたいんだったな。厳しく指導してやる」
「お願いします、師匠!」
「おい、走るな、引っ張るな!?」
フレスはウェイルの手を取ると、扉へと走り出した。
ウェイルも満更ではなさそうな顔をしてついていく。
そんな様子を見たサグマールは、フンとため息を吐いた後、大きな声で笑ってくれた。
「お前達、本当に良いコンビだな! 羨ましいよ!」
サグマールが叫ぶ。
そんなサグマールの声を聞き、二人は顔を見合わせ、そして互いに笑い、頷きあった。
二人の長い旅は、まだ始まったばかりだ。
――●○●○●○――
「おい、逃がすな!!」
――治安局の地下牢で、事件は起きた。
「……俺としたことが……クソ、アムステリアの奴、覚えてろよ……!!」
体全身がズキズキ痛む。
カギのコピーを作って何とか牢からは脱出したものの、このままでは治安局員に囲まれるのは時間の問題だ。
「歩くのが精一杯か……」
「いたぞ、そこの贋作士、止まれ!」
「もう見つかったか……!!」
赤い髪の男――ルシャブテは、投獄された治安局からの脱出を図っていた。
しかしアムステリアに蹴られた場所のダメージが未だ色濃く、歩くことすらままならない状態であったため、すぐに治安局員に囲まれてしまった。
「おい、赤髪の男、もう諦めろ」
囲んだ局員の代表がルシャブテに投降を促す。
「……ふん、誰が諦めるかって……」
いつも使っている神器は取り上げられている。
それでも戦闘力だけでいえば彼らより数段上だ。
ダメージさえ残っていなければ、簡単にこの場を切り抜けることは出来ただろう。
(……とはいえ、少しまずいか……)
追ってきた治安局員はすでに10人を超えている。
流石に今の状態で相手をするにはきついにもほどがある。
「さあ、投降しろ。今なら命は取らない」
「…………素直に投降する馬鹿なんざいないさ」
「かかれ」
治安局員の目の色が変わった。一斉確保に乗り出すつもりだ。
そんな瞬間だった。
「――情けないね、ルーシャ」
凛とした声が、暗い裏路地に響き渡った。
聞き慣れたその声の主を探す。
いた。
月明かりに照らされながら、建物の屋上に一人腰掛けて見下ろしている女。
「ボロボロ。大丈夫?」
なんて台詞を吐く癖、その顔は面白いものを見るかのように二ヤついている。
「誰だ!? あの女は!? 奴の仲間か!?」
唐突に現れた女に、治安局員にも混乱が広がる。
しかし流石は鍛えられた治安局員。疑わしきは、とりあえず確保するとの方針を固め、女の確保の指示も行きわたった。
「手伝い、必要?」
この女に頼るのは癪に障るが、今この現状では仕方ない。
この白いおかっぱ頭の女の恐ろしさは、この場ではルシャブテ以外知る由もない。
「頼んだ」
「素直なルーシャ、可愛い」
まるで無邪気な笑顔だが、実質その腹は邪気そのもの。
「治安局員、10人。余裕」
ゴスロリドレスに身を包んだ女は、すらりと身を翻して地に降り立つと、音も立てずに治安局員の方へ向かっていった。
――――
――
その夜は、とても静かだった。
残虐劇が繰り広げられただなんて誰も気づかぬほど、静寂な夜だった。
血塗られた手を隠そうともしない女は、濡れた手でぬちゃぬちゃと手悪さしながらルシャブテに抱きついている。
「ルーシャ、確保しました」
「……さっさと離れろ――スメラギ」
「嫌。助けてあげたんだから、文句、言わない」
「……ちっ」
溢れ出る喜びを体全体で表現している女――スメラギは、ルシャブテの耳に寄り添い、軽く囁いた。
「リーダーからの招集命令」
「贋作絡みか?」
「多分、ね。『異端児』全員集合」
「あいつ、またロクでもない事考えてるんじゃないだろうな」
「どうだろ。でも、結構準備期間は設けるって。だからルーシャ、少し遊んでから行こう?」
「そりゃいいけど。しかし何をする気なんだか」
「行ってからの、お楽しみ」
ルシャブテとスメラギは、翌日には都市から姿を消した。
この時はまだ、ウェイルどころかルシャブテ達ですら知る由もなかった。
彼らがこれから成す事は、後にアレクアテナ歴史史でも語り継がれていく程の大事件であったということを。
読んでいただいてありがとうございました!
第一章、第二章までで、第四章まで続く大きなストーリーの始まりとなります!
是非とも最後までお付き合いくださいませ!