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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十四章 司法都市ファランクシア編 『ステイリィ英雄譚』
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何もしません。



「うわあああああああああああああん、ビャクヤああああああ!! 私出世しちゃうよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「おお、よしよし、いい子だから泣かないでね! 上官は絶対に出世しません! 代わりに私が出世してあげますからね!」

「うう、ほんと?」

「ええ。必ず貴方は私のことをビャクヤ上官と呼ぶ日が来ますから!」

「やったぁ! 早くしてね!」

「一体どういう励まし方なんだよ……」


 裁判所での予定を終えて、予め予約をしておいた宿屋へ行ってみると、何故かそこでステイリィが大声あげて泣いていた。

 それをビャクヤがいつものように慰めているのが、今の状況である。


「何故お前がここに!?」

「いやー、私ってほら、ストーカー体質じゃないですか。だからウェイルさんがこの都市に来ていることが分かった後、すぐさま部下に宿を調べさせてですね。今に至るわけです」

「今に至るわけです、じゃねーだろ!? お前まさかここに泊まる気か?」

「もちろんです! 夫婦が同じ屋根の下で泊まるのは当たり前のことです!」

「誰が夫婦だ誰が! ――……!?」


 突如、この場の重力が二倍くらいになったような気がする。

 押しつぶされそうなほどの殺気の圧力と、凍えそうな寒気が周囲を包んでいく。

 比喩でなく、それは本当に冷たかった。


「ウェイル、この娘、そろそろ殺していいかしら?」

「あ、テリアさん、実はボクも似たような事考えていた。殺す気はないんだけどさ、なんだか急に凍りづけにしたくなっちゃって」


 アムステリアだけでなく、フレスまでもが、バシュバシュとオーラでウェイルを縛り付ける。


「お、おい、二人とも、落ち着け! ……いやアムステリアはいつも通りだが、フレスは一体どうしたってんだ……」

「あれ? お二人も泊まるんですか? なら私の部屋使ってもいいですよ? 私はウェイルさんと同じベッドでいいんで。遠慮しないでくださいね?」


 火に油を注ぐ、いやこの場合は氷に塩を撒くといった感じか。


「て、天井から氷柱が……!?」


 室内は冷え切り、酒を煽っていた客達も、これには酔いが覚めるというもの。

 二人の殺気に当てられて、皆凍ったように動けないで居る。


「お前ら、いい加減にしろ! フレスもさっさと魔力を止めろ!」

「ふぐっ!?」


 フレスの脳天にチョップを食らわせ、冷気の発生を止めさせる。


「な、なにすんのさ、ウェイル!」

「やりすぎだ、お前」

「仕方ないでしょ! ステさんが変なこと言うんだから!」

「ステさん言うな!? ……てか初めて言われたわ!?」

「別にいいじゃない、ね、テリアさん!」

「……一度認めたとはいえ、やっぱりその呼び方されると腹立つわね……」

「どうして!?」


 女三人寄ると喧しい。

 その法則に則って、騒ぎ立てる三人に、いい加減宿の店主の堪忍袋も限界のようで、ピキピキと額に青筋を浮かべていた。


「喧しい! これから仕事だろ、いい加減静かにしろ!」


 店主の爆発を寸前で止めるべく、三人を静かにしたのは良かったのだが。


「これを」


 怒りの笑顔を浮かべるマスターからウェイルが受け取ったのは、一枚の紙切れである。


「え、えーと、弁償代として……八千ハクロア!?」


 ニコニコと静かに怒る店主が指を指したのは、店の食器棚。


「あらら……こりゃまずいよな」


 一気に伸びた氷柱で粉々に砕けたグラスの山がそこにあった。


「弁償、してもらいますからね」

「……あ、ああ、申し訳ない……」


(どうして俺なんだ……)


 弁償代に少し色をつけてから店主へ渡し、そして。


「フレス、お前は晩飯抜きだ」

「うぇえええええええええええええええ、ごめんなさいいいいいいいい!!」


 ――号泣。


「ステイリィ、帰れ」

「うぇえええええええええええええええ、ごめんなさいいいいいいいい!!」


 ――号泣。


「アムステリア」

「?」

「別にいいや」

「何もないの!? ねえ、何かあるでしょ!? ねえってば! ちょっとウェイル、何か言ってよ! 私も泣けばいいの!? お望みなら泣くわ! だから何か言って!!」


 ――号泣(演技)。


「はぁ……」


「頭の悪い騒がしい連中ね。こんな連中に逮捕されたなんて、自分自身に嫌気が差すわ」

「今ならお前の気持ちが判るかも知れんな……」


 ただただ白い目で見ていたウェイルとエリクは、揃って大きな嘆息をしたのだった。







 ――●○●○●○――







 話は仕切り直し。

 せっかくなのでステイリィ達にも同席してもらい、これまでの話をまとめることに。


「で、ステイリィ、お前達の方から話せよ」

「私ですか? 私はただ、十六人会議のメンバー候補になってしまったといいますか」

「はぁ!? 十六人会議のメンバー候補!?」


 事情を知らなかったビャクヤが、声を大にしてステイリィに詰め寄る。


「出世するかもって、十六人会議に入ることだったんですか!?!?」

「うん、ま、そゆこと」

「そゆこと、って、つまりそういうことですか!? つまりはそういうことですか!?」

「驚きすぎて言葉が繰り返されているぞ……」


 ビャクヤが狼狽えるのも無理はない。

 事実、この話を聞いたフレス以外の者全員が驚いている。

 アムステリアすら絶句しているのは非常にレアな光景だ。


「へぇ、あんた、最高幹部になるのね」

「なんだかそういうことになったみたい。……あんた誰?」

「初対面だったか、そういえば。まあエリクの事は後でいい。さっさと続きを話せ」

「それがですね。非常に面倒なことに、今の私はあくまで候補ということらしくてですね。正式にメンバーになるためには、他のライバルを蹴落とさなければならないらしいんですよ」

「ライバルですか? 誰かいたかな……?」


 ビャクヤが脳内で治安局員名簿を検索していくが、ステイリィと同等かそれ以上の経歴を持つ者など、トップであるレイリゴア以外思い浮かばな――。


「――あ、いましたね、そういえば」


 検索の最後に引っかかった、とあるエリート集団。


「『ネクスト』の連中でしょ? あの高学歴インテリ軍団」

「そそ、そいつら。そいつらと勝負しろってさ」

「それは……うん、厳しいですね」


 プロ鑑定士は治安局ともそれなりに繋がりがあるため、内部事情にはいやでも精通する。


「聞いたことあるわ。次期幹部候補のエリート達。高学歴って言っていたけど、結構半端じゃない学歴だったと思うけど。確かヴェクトルビアの主席クラスじゃなかった?」

「俺も聞いたことあるな。多分それだ」


 ウェイルとアムステリアも、治安局にはある程度の顔が利くし、情報も共有している。

 だからこの『ネクスト』という連中のことも、噂程度には知っていた。


「ヴェクトルビア魔法律大学の主席と、このちんちくりんでしょ? 勝負にならないじゃない」

「ケンカ売ってますよね!? いいでしょう。このステイリィ、そのケンカ、買いましょ――」

「買わんでいい」

「ふぎゃ!?」


 今日はよくチョップの炸裂する日である。


「ですが上官、ネクストなんて相当相手が悪いですよ。どうなさるんですか?」

「え? どうするって? そんなの決まってるでしょ」

「何か秘策でもあるのか?」


 皆がこぞってステイリィを見る。

 その視線を受けてか、ステイリィはやけに自慢げである。


「知りたい?」

「知りたーい! 教えてよ、ステさん!」

「うむ! 知りたがりのフレスに免じて、教えて進ぜよう!」


(呼び方についてはもういいのか……)


「私の秘策、それは――」


 ふふんと胸を張り、目を輝かせるフレスにステイリィが叫んだのは。




「――何もしない!!」



「「「――は?」」」


「だから、何もしないの!」


「え、えーと、え?」


「何もしなーい!」


「…………」


 ついにステイリィが壊れたと、ビャクヤ以外の者は思ったであろう。

 そのビャクヤはというと、やっぱりねと苦笑していた。


「だって、もし『ネクスト』の馬鹿達に勝っちゃったら、私また出世してしまうんですよ!? そんなの嫌ですもん、面倒ですし」

「ああー、なるほどー……」


 これにはウェイルらも納得である。

 そう、ステイリィはそもそもが出世する事など考えていないのである。

 ステイリィが何もしなければ、他の連中は勝手に手柄をあげて出世する事だろう。

 話を聞けば、『ネクスト』の連中はステイリィを勝手にライバルだと決めつけて勝負するつもりでいたのだろうが、等のステイリィには全くその気がない。

 つまり『ネクスト』という高学歴連中は、揃いも揃ってアホな勘違いをしているわけである。


「『ネクスト』の奴らはむかつくけど、出世したくないもんね! 何もしない!」

「ほんと、実に上官らしいひねくれたバカ解答です。百点!」

「いえーい!」


 パチパチと拍手を送るビャクヤに、ステイリィはどうだとサムズアップ。

 どう見ても馬鹿にされているはずなのだが、気づかない方が幸せであろう。


「ステイリィさんって、強い人だよね。こんなに白い目で見られても、全く動じないとか、もうその精神は植物の領域だよね」


 フレスが一番冷たいことを言っていた。

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