英雄と書いて、ステイリィ、もしくはアホと読む。
司法都市『ファランクシア』の中央部より少し離れた路地にある、隠れたように佇む飲食店で、ばったりと再会を果たしてしまったウェイル一行とステイリィとその仲間達。
「どうしてここにいる?」
「それ、こっちの台詞ですよ。ここは司法都市『ファランクシア』ですよ? 治安局本部のある都市です。治安局員がいて当たり前じゃないですか!」
「お前の言うことは至極もっとも。まさにその通りだが、ステイリィという人間に関して言えば、俺が驚くのも無理はないということだ。どうして今日に限って仕事をサボっていないんだ」
「ちょっと! さも私が普段は仕事をサボりまくっているみたいな言い方! あんまりです! なぁ、ビャクヤ!?」
「……………………………………………………………………え、ええ。クスッ」
「間、長っ!? そして笑うな!?」
部下から失笑を受けているところを見るに、やはりステイリィはステイリィということだろう。
「本題に戻れ。どうしてこの都市にいるんだ?」
「判りましたよ。答えますよ。それはですね。私が無駄に偉いからです」
「自覚あったのか。無駄だということを」
「無論ですよ。偉すぎるのも困りものです」
腕を組みながらフンフンと意気揚々とそんなことを言うものだから、周りからの視線はあまりにも白い。
それに気づかぬステイリィは、やはり大物である。
「お前の現在の地位が無駄なことはよく知っている。そう言うことを聞きたいんじゃ――――……そっちの秘書に聞いた方が早そうだ」
ステイリィとの会話を早々に諦めたウェイルは、ビャクヤと呼ばれたステイリィの秘書へ目を向ける。
「何かあったのか?」
「お答えできません。一応、機密事項と言うことになっておりますので」
ビャクヤはニッコリと笑みを浮かべて、ウェイルにそう返す。
「そうか。判った」
「……え?」
しかし、ウェイルがあまりにも簡単に引き下がったので、かえって拍子抜けしてしまい、変な声が出てしまっていた。
「聞かないんですか? ほら、ステイリィ上官を利用して脅すだとか、俺はプロ鑑定士だぞー、偉いんだぞー、とか言って威張るとか」
「……フレス、ステイリィには近づくな。こんな優秀そうな秘書ですらアホになっている。感染するぞ」
「うえええ! 判ったよ、ボク、もうステイリィさんには近づかないよ!」
心の距離と比例するようにフレスがサーッと距離を取る。
「上官、凄まじく馬鹿にされていますよ。ついでに私も」
「別にいいんですって。これはウェイルさんにとって私への愛情表現ですから。照れちゃって、本音が言えないんです。だから可愛い私をついつい苛めちゃうんですよ」
「実に幸せな頭をしてるよな、お前」
「褒められた!?」
「フレス、やはり近づくのは止めておいた方がいい」
「そうするよ!」
さらに距離を取るフレス。
もう店から出ていきそうだ。
「あの、流石にそろそろ上官が可哀そうな子になってきたので止めてあげてください」
「アンタも結構酷いこと言っているぞ」
「ウェイルさんに久々に褒められた……!」
話の中心たるステイリィであるが、なんだか幸せそうなので放っておくことにした。
「えーと、話を戻しますけど、どうして何も聞かないんです?」
「機密なんだろ? ということは治安局で何か大切な会議でもあるんだろ。知られてはまずいようなものがな。無駄に偉くなってしまったステイリィのことだ。大方強制的にそんな会議に招かれたのだろうさ」
「……流石はプロ鑑定士。鋭い推理力」
「でしょ? ウェイルさん凄いでしょ!?」
「ええ。惚れてしまいそうです」
「ななっ!? ビャクヤ、もし本当にそうなってしまったら、私はお前を昇進させねばならない……!」
「脅し文句としては限りなく最弱ですよね、それ。冗談です、安心してください。この方には興味はありませんから」
「なっ!? 我が愛しのウェイルさんに対して興味がないと!? それでも貴様女か!?」
「ええ。立派に女の子していますよ。上官より出るとこ出ていますし」
「胸のことは言わない約束にしよう」
ステイリィはこんな形でこんなアホであるが、それでも治安局内では英雄として扱われている。
そんな英雄が呼び出される会議だ。何か大切なことを決める会議なのか、或いはステイリィに何か特別な役目が出来たのか。
真相は判らぬが、ここへ彼女がいる理由としては十分納得できるものである。
「では今度はこっちが訊きますよ。鑑定士さん達は、一体ここへ何しに来たんです?」
「それはな――」
「もしかして私に会いに!? なんだ、それならそうと早く言って下されば――むぐっ!?」
「ビャクヤとやら、こいつが暴走しはじめたら、こうすればいいぞ。オススメだ」
ステイリィが暴走を止めるには、口を押えるに限る。
「強引ですね。参考になります」
「もごもご……、ぷはぁ、死ぬかと思った……。判りましたよ! 普通に聞きますから!」
「さっさとそうしろ。俺達はな、裁判所と、監獄に用があったんだよ」
「監獄? 知り合いが捕まっているんですか?」
「一応そういうことになるな。欲しい情報を手に入れたくて来た」
「司法取引に来ましたか。なるほど」
簡単にだがステイリィにも事情を話してみる。
「なるほど。『不完全』の残党から情報を、ですか。う~む」
話を聞いたステイリィは、少しだけ考え込むと、そして閃いたかのように顔を上げた。
「ならばビャクヤをお貸ししましょう」
「はい?」
唐突に名前が出てきたので驚くビャクヤ。
無論、驚いているのはウェイルも同じ。
「どういうことだ」
「ビャクヤはですね。治安局に入ってまだ日が浅いんですよ。で、その前はずっと裁判所に務めていまして。そうだったよな、ビャクヤ」
「ええ。そうですけど」
ビャクヤは英雄たるステイリィの秘書であるため、一見ベテラン治安局員にも見えるが、実際には我侭で自由奔放なステイリィの秘書をやりたがる者がいなかったため、トントン拍子に今の地位についているという背景がある。
ほんの数ヶ月前まで、彼女は裁判所に勤めていたのである。
「司法取引を申し出る手続きって、結構面倒でしたよね。いくらプロ鑑定士が相手でも、書類は簡略化されないはずです。ウェイルさん達がわざわざ情報をこの都市へ得に来たってことは、よほどのことがあるんでしょうし、時間もないんですよね? だったら、裁判所のことは何でもござれのビャクヤを利用してやって下さい」
「……いいのか?」
「……ねぇ、ウェイル。今の、ホントにステイリィさんの提案なの……?」
「どうもそうらしい」
ステイリィが、凄まじく魅力的かつ、真面目な提案をしてきたものだから、思わず面を喰らってしまうウェイルとフレス。
「ビャクヤ、お前は今日ウェイルさん達に付き添え。命令だ」
「いいのですか? 上官だって今日は大変な仕事があると言うのに」
「どの道会議にお前達の発言権はないだろう? 側にいるだけというのであれば、今回に限っては必要ない。私だけで十分だ。ウェイルさんを助けて差し上げろ」
「……了解しました」
話はまとまったのか、ビャクヤがウェイルの元へとやってくる。
その顔はなんだか渋々といった様子ではあったが、
「上官命令を受けました。しばらくの間、よろしくお願いします」
と、ペコリと知的な雰囲気には似合わず可愛らしい礼をしてくれたのだった。
「よし、者共! そろそろ会議の時間も近いし、本部へ参ろうではないか!」
いいことをしたとばかりにしたり顔をしたステイリィが高々とそう宣言して店から出て行く。
それに続いて、彼女の部下たちも、なんだか申し訳なさそうに出て行く姿が妙に笑いを誘う。
「あの娘、ウェイルにちょっかいかけてこなかったわね……」
「何か狙ってるのか……?」
「ええ、ウェイル殿の言うとおり、あの顔は何か狙っていましたね」
「「「はぁ……」」」
あれが治安局の英雄だと考えると、揃って嘆息をシンクロさせてしまう三人である。
「ステイリィさん、かっこいいです……!!」
「か、かっこ、いい……?」
一人心をときめかせているイルアリルマを、信じられないものを見る目で見ているフレスであった。
――●○●○●○――
「……――決まった……!」
「……え? 何が決まったんです?」
「そりゃ見たろ? 私が颯爽とウェイルさんの手助けをする姿を!」
意気揚々と背中でそう語るステイリィに、部下達は笑いを必死に耐えていた。
「いやあ、今の私かっこよかったなぁ! これはウェイルさん、私に惚れたに違いない!」
「そ、そうですか……」
(ビャクヤさん、そんなことのために利用されて可哀想……)
ビャクヤに対して同情するしかない部下達である。
「よし、会議いきますか! 一体何の話なんだか判らないけど!」
ご機嫌でルンルン気分なステイリィ。
無駄に英雄と持て囃される彼女を待ち受けていたのは、これまた想像を絶する無駄であった。
――その無駄な武勲は、幸か不幸か、次なる武勲を立てるために駆り出されるのであった。