意地悪な質問
「ぷっはああああああ!! 食べた食べた~!! 生き返ったよ~!!」
「だからいつも食い過ぎだ、馬鹿……」
ただでさえ四人では少し狭い部屋であったのにも関わらず、フレスのサイズが気持ち1.5倍になったようにも思えたので、さらに息苦しい部屋へと変貌してしまっていた。
「ふわあ、お腹いっぱいになったし、眠くなっちゃった――いてっ!」
「寝るな」
「むぅ、何もデコピンすることないじゃないのさ!」
「さて、腹も満たされたことだし、そろそろ本題に入るぞ」
「うう、無視……」
机の上の空き皿が片づけられ、店員が出て行った段階でウェイルが本題を切り出した。
「これから裁判所と大監獄に行くことになる」
「アポはとってあるんでしょ?」
「無論だ。裁判所と大監獄、ついでに治安局にも連絡を入れてある。プロ鑑定士権限でエリクとの面会の許可を得ることが出来た。その際、司法取引を行う可能性があるが、これも治安局側に承諾してもらっている」
「そ、そんなことまで出来るんですか……」
「司法取引って何?」
「罪人から情報を得る見返りとして、刑期を軽くするという取引の事です。まさかプロ鑑定士にそれをする権限が与えられているだなんて、知りませんでした……」
「一応機密事項だから、内密にね」
プロ鑑定士になったとはいえ、ルーキーたるリルとフレスには知らない事も多い。
実際プロ鑑定士には多くの権限が与えられているが、その全てを知る受験者などいないはずだ。
何せ公開していない権利もいくつかあるからだ。
司法取引を行う権利も、その公開していない権利に含まれる。
罪人仲間を助けるといった、司法取引目当てに鑑定士を目指す者が出てこないようにするためである。
「プロ鑑定士には治安局の介入なしでの、単独での司法取引を行う権利が与えられているの。無論、取引が実際に行われた際には相当数の書類にサインをしないといけないのだけど」
「手続きは裁判所で行うんだが、これが少しばかり時間が掛かる。まあ全て俺がやるから心配するな。それで本題はエリクに話す内容のことだ」
「内容? 『不完全』の目的を訊くんでしょ?」
「それはそうだが、要はエリクにどこまで情報を公開して話せばいいか、それを相談したかったんだ」
「……どこまで、というと?」
「『不完全』がすでに潰れているという話を伝えるかどうか。これが一番大きいだろうな」
「そうねぇ……」
「忌憚ない意見を聞きたいからアムステリアには失礼を承知で訊ねる。お前は『不完全』が潰れたとき、どう思ったんだ?」
「…………」
予想通りではあるが、アムステリアに少しばかり沈黙が流れた。
「……そうね、正直に言えば、少しショックだったわ」
ふぅ、と小さく嘆息して、アムステリアは答える。
「確かにあの組織には全く未練などないし、潰れてもいいと、そう思ってはいたのだけど。でも私にとってあの組織が命の恩人であることには変わりないの。私はもう鑑定士。彼らの敵となる存在。潰れたことを知って残念、なんて思ってはいけない。でも、少しだけ、ほんのちょっぴりだけ寂しいと、そう思っちゃったかな」
プロ鑑定士としては、まずあり得ない感想。
それでも彼女の境遇を考えれば、その考えは普通だとウェイルは思う。
たとえ自分にとっては憎くて堪らない連中であるにしても、この目の前で物静かに佇む女性にとっては、育ての親同然であったのだから。
「ありがとう。アムステリア」
意地悪な質問をしたと思う。
でも、これで十分はっきりした。
「伝えよう。エリクにもこのことを」
「私もそれがいいと、そう思うわ」
エリクだって、アムステリアの様に何らかの事情があって『不完全』にいたのだろう。
無論、理由がどうあれ、彼女のやったことは許されることではないが、それまで経緯を思えば、多少なりとも考える余地はあるとウェイルは思っている。
ウェイルが冷静に、このように考えられる様になったのも、アムステリアやフレスのおかげであると、今のウェイルはよく分かっている。
「奴には全て真実を伝えよう。もしかしたらその結果、俺たちが情報を得るのが難しくなるかも知れない。それでも、伝えた方がいい。俺はそう思う」
ウェイルの提案に、首を横に振る者はいなかった。
「司法取引の内容はどうするの?」
「それについてなんだが、俺も迷っているところなんだよ」
基本的に司法取引の交渉は、相手の懲役年数の軽減を掛けて行っていく。
「『不完全』の情報だもんね……。生半可な年数じゃ難しいのかな?」
「エリク次第だろうが、まあそうだろうな。だが俺としては此度の情報はなんとしても手に入れなければならない」
「ウェイル、もしかして彼女の全懲役を掛けるつもりなの?」
「ああ。そのつもりだ」
「あ、あの、それって結構危険じゃないですか?」
おずおずとイルアリルマが不安を口にする。
『不完全』という凶悪犯罪集団に属していた者を解放するというのだ。
不安にならぬわけではない。
イルアリルマは特に、個人的にも『不完全』を憎んでいる。
どこか思うところはあるのだろう。
「危険だろうな。しかし確かにエリクは危険な存在には違いないが、俺達が今相手にしているのは、そのエリクを遙かに凌駕する危険度を持った相手だ。そうだろう?」
「……その通りですね」
エリク一人の危険性と、『異端児』の危険性を比べれば、それこそ天と地ほどの差がある。
「俺の責任で、奴の全懲役を背負う。無論、情報は必ず手に入れるがな。そのために、皆も協力してくれ」
ウェイルの決心は固い。
皆、固唾を呑んで、頷いた。
――●○●○●○――
その後、司法取引の際の細かな役割分担を決めて、準備を整えた御一行はというと。
「さっさと裁判所と監獄に行って片をつけましょうか」
というアムステリアの一言で、未だジュースをちびちび飲んでいたフレスの不満そうな顔を無視しつつ、部屋から出ようと扉に手をかけた、その時であった。
「――ビャクヤ! 面倒だ! 私と代われ! 命令だ!」
「――無理です」
どこかで聞いたことのある、無駄に偉そうな声。
「何? 言うこと聞かないと出世させるぞ!?」
「脅し文句としては最弱ですよ、それ」
「……ウェイル、ボク、なんだかこの声に聞き覚えがあるんだけど」
「残念ながら、実は俺もそう思っていたところだ」
扉を少しだけ開けて、こっそりと酒場の方を覗いてみると。
「ええい、面倒すぎて酒でも飲まねばやっとれんわ!」
「これから会議なのに飲酒とは、やはり英雄と呼ばれる人の行動は理解不能ですね。お酒は厳禁です」
ビャクヤと呼ばれた部下が、偉そうげな声の主からグラスを取り上げる。
「……どうしてこんなところにステイリィがいるんだよ……」
「ここは司法都市よ。治安局員がいて何もおかしいことはないわ」
「今かなり出辛いよね……」
「どうしたんですか?」
扉の隙間から様子を覗く三人に、事情を知らぬイルアリルマが声をかけてくる。
「いやな、ちょっとした知り合いがいてな」
「今の会話からするとステイリィさんですよね? 私、挨拶してきます!」
「ちょっと待て――」
ウェイルの制止の前に、イルアリルマが扉をバンと開ける。
「ステイリィさん!」
「私を呼ぶ声? その声は――ウェイルさん!?」
「……いや、どう聞いても違うだろ」
「うわあ、私、もう一度ステイリィさんに会ってお礼を言おうと思っていたんですよ! スフィアバンクでは本当に助かりました!」
「私もウェイルさんに会いたくて会いたくて、死にそうだったんです! ここで会えて助かりました!」
凸凹ちぐはぐな会話を交わしながら、ひしっと抱き合う二人。
「会話が噛み合ってないにも程があるよ……」
「あの子、本当に馬鹿なのね……」
「イルリルマのキャラが違うような気もするがな……」
何とも奇妙なハグを苦笑してみていた三人である。