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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十四章 司法都市ファランクシア編 『ステイリィ英雄譚』
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ニーズヘッグの涙


 アムステリアが取り出したのは、『セルク・ラグナロク』と呼ばれる絵画である。

 五体の龍が描かれた、セルク最後の作品と言われている一品だ。

 しかし、これは残念ながら本物ではない。


「それ、私が描いたんだけど!」


 フロリアが自慢げに叫ぶ。

 これは以前フロリアがここへ持ってきたものだ。


「あんた、これを適当に描いたの?」

「んなわけないでしょ! バッチリ完璧に写しましたとも! こう見えても私、絵画の腕は一流なんですから!」


 素人目にはおよそ判別できぬほどの高クオリティ。

 フロリアはあのセルクマニアのアレスが気に入るほどの女だ。

 『不完全』に属していた者全てに言えることではあるが、彼女らの芸術に関しての才能は一級品なのである。


「本物はどこ?」

「アレス様のコレクションルームに隠してあるんだってば。だってその絵画、リーダー達も欲しがっていたしさ」

「……どういうことだ?」


 奴らが三種の神器を狙っていることは判っている。

 そんな連中が欲しているという『セルク・ラグナロク』。

 何か裏があると考えるのが必然だ。


「奴らがこいつを欲する理由を、何か知ってるのか?」

「知らないよー。多分ほとんどのメンバーはその理由を知らないよ。ただリーダー達と遊んでいる感覚なだけだから。欲していたのはリーダーと、そしてイドゥ」

「やっぱりイドゥね。となると、何かあるのは間違いなさそうね」

「……アレスの所に置いてあると言ったな。それって危険なんじゃないのか?」


 もしまだ奴らがこいつを欲しがっているのであれば、本物を持っているアレスは危険なことに巻き込まれる可能性があるということだ。

 だが、フロリアはこの可能性については否定的であった。


「う~ん、多分大丈夫かなぁ」

「何故そう言いきれる?」

「だってさ、私リーダーにも描いた贋作あげたもん。物としてじゃなく、記憶として、ね」


 それを聞いてフレスが妙に納得していた。


「確かリルさんの知り合いのルシカって人、感覚を使う神器を持っていたよね。そう言う系統の神器も使えるんでしょ?」

「大正解! 流石はプロ鑑定士になっただけあるねー」


 フレスの推理にフロリアはケタケタ笑う。


「しかし本物を狙う可能性だってあるだろう?」

「多分ないよ。イドゥって、別にそんなにセルクを好きなわけじゃないもん。もちろんリーダーもね。多分、絵画としての『セルク・ラグナロク』なんてどうでもいいんだと思うよ。欲しいのは『セルク・ラグナロク』に隠されたメッセージや情報、それだけだよ。だってさ、『セルク・ブログ』は今ここにあるのに、誰も追ってこないでしょ?」


 そうだ。

 もしセルクの作品自体に興味があるのならば、『セルク・ブログ』を手放す様なことは絶対にしない。

 ましてしばらくウェイル達はラインレピアに置きっぱなしにしてきたのだから、本当に欲しているのであれば、回収するまでの間に取りに来ればいい。


「となると逆に考えれば、この絵画には何らかの意味があると、そういうことになるわね」

「『セルク・ラグナロク』自体、元より何かしらの意味があると言われてきたからな。ここいらでその謎に挑戦してみようじゃないか」


 ウェイルのその言葉に、フレスも力強く頷いた。

 セルクの残したメッセージを読み取っていくという、三種の神器や異端児の目的にも繋がる大切な今回の作業だが、実の所ウェイルは少しだけ楽しんでいた。

 これまで誰も手に入れることが出来なかったセルクのメッセージを、こうして紐解くチャンスを得たわけだ。

 鑑定士の血が疼き、好奇心が溢れるのも無理はない。

 その思いはフレスとて共通なようで、その目は強い信念と興味の光に輝いていた。


「ちょっと、セルクのことなら私にも!」

「ああ。どうせだ。鑑定に参加してもらうぞ、フロリア」


 彼女の知識は武器となる。使えるものは使うべきだ。フロリアも鑑定に参加させることにした。


「……その前に縄ほどいて髪型戻してもらえるとありがたいんだけど」

「縄はほどいてあげるわ。でも髪型は駄目」

「なんで!?」

「だって、その髪似合ってるもの」

「ルミナスのお姉ちゃん、外道すぎる!?」

「貴方もそう思うわよね? ニーズヘッグ?」


 部屋の隅でじっとしていたニーズヘッグにアムステリアが声を掛けると、


「似合うの。フロリアは、ずっと、それがいいの」

「酷い!? ニーちゃんの裏切り者!?」

「本心、なの……」

「ひ、酷い……!」


 表情が乏しいので、冗談か本気か判らない答えを返してきたのだった。


「ぷはーっ! 身体が自由っていいね!」


 縄をほどいてもらって、背伸びをするフロリア。


「プププ、その髪型で背伸びって……! この子、面白すぎる……!!」

「ちょっと! 笑うのはおかしいって!? お姉ちゃんがやったんでしょうよ!!」

「もう少しそのままでいなさい。鑑定が捗るから」

「私の髪と鑑定に何の因果関係が!?」


 恒例のモヒカン頭で盛り上がるアムステリア達を眺めながら、


「フレス」

「何?」 


 ウェイルがちょいちょいとフレスを呼ぶ。


「フロリア達を鑑定に参加させて、ごめんな」


 呟くようにウェイルは謝った。

 何故ならフレスとニーズヘッグは、未だ確執を残したままであるからだ。

 フレスがニーズヘッグを憎む理由も、よく理解出来る。

 同じ部屋で同じ作業をするというのも、苦痛であるはずなのだ。


「…………」


 フレスが少しばかり無言を続けると、


「ニーちゃん? どったの?」

「お外、出てるの……」


 フレスの様子を見ての行動だか判らないが、ニーズヘッグはそう言って立ち上がり、部屋から出ていこうとする。

 微妙な雰囲気が流れる中、フレスはそんな空気を引き裂いて、呟いた。


「ニーズヘッグの知識も、利用した方がいいと思う」

「…………!?」


 その呟きに、ビクッとニーズヘッグの肩が震える。


「ニーズヘッグだって、龍なんだ。神器のことも詳しい筈だよ。三種の神器のことだって、何か知っているかもしれない」

「フレス……。そうだな。その通りかもしれない」


 フレスが、ニーズヘッグの参加を許可した。

 それはウェイルにとってはあまりにも驚くことで、そして、驚いていたのはもう一人。

 当の本人だ。


「……い、いい、の……? ここに、いても、いいの……?」


 ニーズヘッグの肩が震えている。

 ニーズヘッグのフレスに対する気持ちは、彼女の普段の行動を見ていれば、誰もが判るほど露骨だった。

 いつもフレスを目で追っているし、かといってフレスの前には出来る限り姿を見せようとはしない。

 フレスのことを好きとのたまいつつ、自ら大きく近づくことをしない。

 心が不器用なニーズヘッグの事、その距離を保つことは大変だったのかも知れない。

 自らが犯した罪と、フレスへの申し訳なさ、そしてフレスへの愛情と、フレスからの憎悪に挟まれて、ニーズヘッグは苦しんでいたのだろうか。


「さ、多分もうすぐレイアさん達帰ってくるからさ。鑑定の準備しよう。フロリアさんも――……ニーズヘッグも、協力してね」


 フレスは露骨に視線を逸らして、そう言った。

 そっけない態度ではあったが、そんなフレスの態度を見てニーズヘッグは。


「に、ニーちゃん? な、泣いてるの?」

「…………う、うう…………」


 その紫色の瞳から、ポロポロと涙を溢れさせていた。


「ニーちゃん……」


 フロリアが彼女の名を呟くと、ニーズヘッグはゴシゴシと目をこすって。


「フロリア、手伝うの、手伝って、欲しいの……。お役に、立ちたいの……!」


 と、ニーズヘッグの口から、これまで聞いたことがないほど力強くお願いされた。

 そんなニーズヘッグの姿が、なんだか愛おしく感じられたフロリアは、彼女の肩をポンと叩く。


「まっかせて! プロ鑑定士なんて目でもないほどの鑑定っぷりを見せちゃうもんね!」

「……うん!」


 なんだかんだで心が通じ合っていた二人であった。


「ウェイル、フロリアさんもニーズヘッグも協力してくれるって。早く鑑定終われそうだね!」

「そうだな」


 あれほど憎んでいた相手であるニーズヘッグ相手に、この心境の変化は何なのだろう。

 その答えは、なんとなくだがウェイルは判っていた。彼女の過去の話を聞いているのだから。


 そう、やっぱりフレスは根本的に優しいのだ。


 フレスが他人を憎むなんて、似合わない。

 フレスにはいつだって、その純粋な笑顔を周囲に見せて欲しい。

 そんなフレスに、ウェイルはいつだって救われているのだから。


「レイアが帰ってきたらすぐに鑑定を始めるぞ。そのための準備だ。手伝え、フレス」

「うん!」


 うん。やっぱりフレスはこの顔だ。


「あ、あのー、ルミナスのお姉ちゃん? もう髪直してもいい?」

「直したら殺す♪」

「鬼ーっ!?」


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