卑怯なお人好し
フレスとイレイズのやり取りの間、ウェイルは注意を引くために一人クランポールと戦っていた。
口から吐き出す体液に毒性は無いものの、非常に粘着性がある。
当たったしまえば動きが鈍くなるため、とにかく避けるしかない。避けるべきものはそれだけにあらず、頭と尾が鞭のように襲ってくる。あれだけの巨体だ。一発一発が致命傷になることは間違いない。
それでもウェイルはクランポールの攻撃を全て紙一重で避けて、隙を見つけては氷の刃で反撃していた。
頭に直撃した一振りの斬撃が、クランポールの頭を吹き飛ばす。
苦痛で暴れるクランポールから距離をとりつつ、尾の口に飲み込まれたサラーを、救出できる方法を考え、タイミングを窺っていた。
そこでウェイルに大きな誤算が出来る。
クランポールに意識を傾ける余り、エリクの行動を制することが出来なかった。
エリクはウェイルがクランポールに致命傷を与える短時間の間に、神器を用い召喚印を描き、新たなクランポールを召喚することに成功したのだ。
「くっ、流石にもう一体を召喚するのはきつかったわね……。でもこれでチェックメイトよ」
――●○●○●○――
フレスが聞いたのはここからになる。
「あははははははは、これでどう? いかに貴方が強いからって、クランポール二体は同時に相手出来ないでしょう?」
「く、この状況で新たなクランポールを召喚だと? やってくれる……!」
召喚されたクランポールはウェイルへ激しく敵意を向けている。
サラーを飲み込んでいる奴を含めた二体のクランポールが、尾を振るい止め処なく攻撃を重ねてくる。
「ちっ、流石に躱し続けるのは限界か……!」
必死で攻撃を受け流すウェイルだったが、それ以上のことは出来なかった。
クランポールの皮膚は、それこそ精錬された鋼鉄以上の強度がある。並みの攻撃では傷一つ付かない。
そしてクランポールの中には飲み込まれたサラーがいる。うかつに攻撃することすら出来ない。
「ウェイル! 危ない!」
「フレス? ……何だと!?」
フレスの声が聞こえたので振り返ると、そこにはクランポールの尾が迫っていた。だが不運にも守備の体勢が悪く、避けるどころか動くことさえ出来なかった。
――バチィィィン!!
激しい打撃音が響いた。
「あはははは、二体もいるのよ? 死角が出来て当然でしょ!」
エリクの高笑いが会場に響き渡る。しかしその笑いはすぐに虚空へと消えた。
「ふう。私の大切なウェイルに傷が付くところだったわ……」
「――アムステリア!」
ウェイルの前には、すらりと伸びた片足を前に出したアムステリアが立っていた。
「ちっ、アムステリアか……。まさか無事だったとは。ルシャブテ、使えない男」
先程フレスが見た影、それはアムステリアだったのだ。
クランポールの尾に蹴りを浴びせ、軌道を逸らすどころか、他のクランポールを巻き添えにするようにクランポールを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたクランポールは互いに絡まり、しばらくは動けない状態になった。
「危なかったわね、ウェイル。もう大丈夫よ? お姉さんが来たからね!」
「むぐ!」
アムステリアに抱きつかれ、息ができない。せっかく助かったのに今度はアムステリアに殺されそうだ。
「テリアさん、無事だったんだね!」
「あんな雑魚にやられるわけないでしょ、と言いたいけどね。無傷じゃないの」
アムステリアの服にはベットリと血が付いている。誰の血かは想像に容易い。
「あれ、サグマールのとこにいたエリクよね。成程、そういうことね」
元『不完全』の勘なのだろうか、エリクが『不完全』であったとすぐに理解した。
「それよりウェイル、何故あの魔獣達をさっさと殺さないの?」
「やりたくても出来ないんだ。あいつの中に、俺たちの仲間がいる。助けたい」
「要するにその仲間を傷つけず、クランポールだけ倒したい訳ね。……難しいわね」
「いや、方法はある。それにはアムステリア、そして――イレイズ、お前の力が必要だ」
ウェイルがイレイズの方へ振り向く。だいぶ回復したのか、歩いてこちらへ向かっているところだった。
「フレスちゃんにも言いました。『不完全』である私が、貴方方の力を借りる訳にはいかないと」
その言葉には、はっきりとした拒否が孕んでいた。そんな状況ではないことも理解しているはずなのに。自分の傲慢が死へと繋がることを分かっているのに。
でもウェイルにはその傲慢を理解できた。フレスと出会う前の自分がそうだったから。
だからこそウェイルはイレイズの背中を押してやる。
「勘違いするなよ? イレイズ」
「勘違い……ですか?」
「取引だ」
「取引?」
「そうだ。お前には『不完全』について色々と聞きたいことがある。元『不完全』としてな」
「そうだよ! ボクも聞きたいことがあるんだ。サラーの事とか!」
あまりにも幼稚な理屈だ。お人好しすぎる。
その反面、卑怯でもある。
だってイレイズには、もう他に縋る物が無いのだから。
選択の余地は無いのだから――
「フフ……」
――こんな卑怯なお人好しに出会えた自分は幸運だ、とつい笑みが零れてしまう。
「分かりました。その取引、お受けいたします」
そこにもう拒否の気持ちは無かった。
「では先払いでお願いします!」
「任せろ!」
この光景を見ていて、アムステリアは思った。
今までは非常に冷徹な印象のあったウェイル。
しかし、彼女――フレスが現れてから、ウェイルの印象は驚くほどに変わった。
以前のウェイルなら、この男を逮捕して終わりにしていたはずだ。
しかし不思議と違和感はない。多分これが本来のウェイルなのだろう。私を変えてくれたあの時のようなウェイル――
「ウェイル、それで作戦って一体どうするの? 私はこの怪我だし、出来ることには限界があるわよ?」
アムステリアはもう少し感傷に浸っていたかったが、それどころではない。急がねばその仲間とやらが危ないのだろう。傷はだいぶ癒えたがベストとは程遠い。
ウェイルが説明を始める。
「クランポールという神獣は変温動物と同じ性質を持つんだ。周りの温度が下がれば体温も下がり動きが鈍くなる。だから奴らが動けなくなるように凍らせよう。フレスベルグの力なら奴ら完全に凍らせる事が出来る」
「確かに出来るけど、それじゃサラーが危ないよ!」
いくら龍といえども、フレスの冷気をまともに浴びて助かる保証はない。
「分かっているさ、フレス。確かに凍らせるだけでは中のサラーまで凍ってしまう。だからクランポールが凍った瞬間、中のサラーが凍る前に助け出す」
「凍った瞬間? どうやって?」
「砕くんだ。奴らが凍結した瞬間に。ただクランポールの皮膚はそこらの岩盤より硬い。だがこちらには岩盤よりも硬いものがあるだろ?」
ウェイルはそう言ってイレイズを見た。だがイレイズは無理だと首を振る。
「理屈は合っています。しかしそれは出来ません。威力が足りないのです。いくらダイヤといえ、私の腕力程度では凍った瞬間に砕くどころか穴さえ開ける事は出来ないでしょう」
「それは問題ないさ。要するに威力があればいいんだ。クランポールを蹴り飛ばす程の威力がな」
今度はアムステリアの方を見た。薄々気が付いていたのか、アムステリアも笑みを返した。
「私がこの男をカタパルトのように蹴り飛ばせばいいわけね。大丈夫。それくらいなら出来るわ」
イレイズも先程のアムステリアの蹴りを見ていたのだろう。異論はないと答える。
「後は俺がエリクの注意を引く。いいか? チャンスは一度きりだ。俺が合図をする。気を抜くなよ!」
全員がゆっくりと、そしてしっかりと頷く。
「サラーは助ける。必ずな!」